第28話 竜王
「くッ……ケイ、もう少しだからな……」
リノンは人型になり、熱くなったケイを何とか休ませられる場所へ向かった。
もうとっくに日は暮れて、街の灯りも点いている場所は少ない。
だが、領主の屋敷は明るく、松明を持った衛兵が忙しなく出入りしている。
(ここなら大丈夫そうか)
入り組んだ路地裏の、奥の奥。
そこは暗がりでは分かりづらい、細い道を幾つも抜けた場所だった。
リノンはケイを寝かせ、魔力を吸い取る事にした。
ケイの怪我は運ぶ最中にとっくに治っていて、血痕も残していない。魔力が高まった状態だと、彼の怪我の治るスピードが段違いになるのだ。
「くあっ、熱い……」
ケイの体温はおおよそ人間が発して良い温度では無い。リノンは火傷してしまいそうになった。
(ケイ、ああ駄目だ。吸い取ってもどんどん魔力が集まってしまう……)
「ぐぅぅっ、うああぁ!」
リノンは全力で魔力を吸い取るが、ケイの体温は上がるばかりで、焼け石に水状態。
クラー領は魔力の豊富な土壌の山に囲まれた盆地という地形もあり、空気中の魔力が多い。
そんな街の魔力が、ケイに集中してしまっている。
(熱い熱い熱い……)
ケイは既に熱した鉄板ほどの熱さになっており、リノンが触れる度ジュウジュウと音が鳴った。
ケイの着ている服も、もう駄目になっているだろう。
「あ、かッ」
「ケイ! 聞こえるか?! お前からも魔力を込めてくれ!!」
ケイは少し声を発して、リノンはそんなケイに必死に呼びかけた。
「熱い……あつ、い…………」
ケイはリノンの冷たさに縋りつくように、リノンにしがみついて魔力を込めた。
……
「ふぅ……くはっ、ケイ……おれが何とかするから……」
安心して寝ていてくれ、とリノンは優しくケイに語りかけた。
リノンの顔にはケイに触れた事による大きな火傷があるが、それは目に見える速さで治っていった。
リノンの魔力が高まった証拠だ。
暗がりで見えないが、リノンの額には竜王の角が立派に顕現していた。
ケイの透明に近い透き通った銀色の魔力の影響か、目の輝きも一段増しており、今のリノンは竜王に相応しい貫禄を放っている。
「さて、そこに居るのはイシュタだな」
リノンは身体も顔もケイに向けたまま、静かに鋭く、建物の影に潜んでいたイシュタに話しかけた。
「バレちゃいましたか」
続きを話そうとしたイシュタを、リノンが遮った。
「要件は分かっている。お前は殺しはしないさ」
リノンがケイに好意を抱いていたのは、ケイが持つヴィスタの記憶が理由だ。かつての思い出は無くとも、剣の構え、言葉の発音など、ヴィスタと全く同じ部分だけを、リノンは都合よく愛していた。
(そんなんじゃ駄目だ。それはケイを愛しているとは言えない。俺がケイに抱いている本当の気持ちは……)
リノンはケイを結界で優しく包み込み、慈愛と庇護欲に満ちた眼差しを向けた。
リノンのケイに向ける眼差しが、そのまま彼に対するリノンの感情を表していた。
(ケイはおれの面倒を見てくれるヴィスタとは違う。彼はおれが守るんだ)
最後にケイの髪をそっと優しく撫で、リノンはイシュタに向き直った。
「ケイさんは何かの病気なのですか? それは貴方しか治療出来ない物なのですか?」
イシュタはケイにのみ視線を向けて、純粋に心配をするように話す。
「お前が知る必要は無い」
リノンは一言そう言うと、イシュタに向けて一直線に覇気を放った。
「ふぅ……。なかなか辛いですね……」
イシュタは冷や汗をかいた。実際に魔力も低く弱っていると思っていたが、まさかこんな一瞬で強くなるのは予想外であった。
「身重なのだろう? 護衛はどうした」
「ああ、本当は私とエルンストだけで充分なんですよ。あれは只のお飾りです」
(真っ向からリノンさんに立ち向かうのは悪手ですね……。先にケイさんを狙って人質にすれば……)
イシュタはリノンに正攻法で勝つのは諦めていた。まずはケイを狙う事にしたらしい。
「それっ」
イシュタは着けていた指輪の魔導具で自身を強化し、同時に結界で守った。
次に、髪飾りを抜いて魔力を込めて、それを大きなメイスに変化させた。
そう、彼女の髪飾りやアクセサリー、身に付けているほとんどの物は魔導具だ。
「貴方は準備は大丈夫ですか?」
イシュタはリノンに聞いたが、リノンは余裕そうに答えた。
「お前如きに不要な事だ。寧ろ魔力を無駄にしてしまう」
(ケイに貰った魔力だ。無駄には出来ない)
リノンは敵と対面しても、ケイの事ばかり考えていた。
「大層な自信ですね!」
イシュタはそういいながら重たそうなメイスを片手でひと振りして、ずっと上の雲まで照らす、強力な光を出した。
(リノンさんは動かない! これは行ける!)
イシュタはリノンに攻撃する素振りは微塵も見せず、ケイに一直線だ。
イシュタの靴は魔導具になっていて、それを活用して素早くリノンの真横を走り抜けた。
イシュタはケイを人質にして時間稼ぎをしている間に、兵士を呼んで何とかするつもりだった。
「ぐっ」
だが、イシュタはリノンを通り過ぎて直ぐ身体が何かに引っ掛かって動きが止まった。
(柔らかい……バネの入った絹の袋?)
イシュタは魔導具の助けを借り、大きく後ろに下がった。
「お前は一応身重だからな。手加減してやる」
リノンは振り返らず、身動きもしない。
「一応って……。私、もう立派な六ヶ月目ですよ」
「そうか」
(気付いていないのか? それともおれを混乱させる為の嘘……?)
リノンはある事をイシュタに告げるべきか一瞬悩んだ。だが、もしこれがリノンを混乱させる為の嘘だったとしたら、正に相手の思う壺だ。なのでリノンはこの疑問は直ぐ脳から取り除いた。
「えいっ」
イシュタは再びメイスを振るい、今度は雷をリノンに落とした。
「効かないぞ」
(そろそろ魔力が無駄になり過ぎてしまう。どうにかイシュタを傷つけず勝てないものか……)
リノンは考えていた。
ケイの魔力を無駄にしたくは無いが、リノンはそれ以上にケイの魔力で人は極力傷付けたく無いと思っているのだ。
「かなり丈夫な結界ですね。国宝級の魔導具ですか?」
「いいや。おれが使った魔法だ」
リノンは確かに詠唱も魔導具も、魔法書すら使っていない。
もちろん、魔法を使うには詠唱や魔導具も、魔法として発動させるには決まった回路に魔力を込めるしか方法はない。
「無詠唱……? ま、魔法陣がある服装なんですか?」
イシュタは指先の方から血の気が引くのを感じた。
無詠唱で魔法を使えるなど、それだけで国王に物申せる立場になれる。彼女はリノンが国から派遣された調査機関の内の一人である可能性を考えた。
「いいや。無詠唱だ。そうか、お前にはおれの角が良く見えないな」
リノンは戦闘中に話ているとは思えない、緊張が感じられない声のトーンでイシュタに語りかけた。
そしてイシュタに遠慮なく近付いて、小さな光を出す魔法を、また無詠唱で使った。
「え、そんな……。ありえない…………」
イシュタはリノンの角を見て、自らの死を覚悟した。彼女はリノンの正体に気付いたのだ。
(でも、それでもケイさんを諦めるのは……)
「分かったか。だからこんな茶番は……」
リノンはイシュタに背を向け、ケイの方へ歩きながら話そうとした。
「……でも、ケイさんは諦めきれない! 竜王様、失礼致します!!」
イシュタはメイスを全力で振るい、リノンの結界を何とか破壊し、決死の覚悟でケイに向かって走った。
リノンは勢い良く振り返る。
「ふんッ!」
(あぁっ、耐えられん。せっかくケイに魔力を分けて貰ったというのに……)
リノンは結界を破壊された直後、柔らかい結界で止めようとするが、魔導具を全て全開にしたあの速さでは無傷で止めるのは難しい。
「リノン様! 退いて下さいな!!」
「くそっ」
リノンが咄嗟にイシュタの前に出たが、イシュタが全力でメイスを振るう。
「せいッ!」
リノンは尾も使う、竜族の格闘術で応戦する。
イシュタの攻撃を華麗に避けながら、魔力を込めた尾の一撃でメイスをほとんど使い物にならなくした。
だが、イシュタはリノンと戦うのは一瞬で諦め、再度ケイに向けて走った。
(あの数の魔導具を同時に動かすのは、彼女自身にも負担が大きい。何もしなくとも倒れるだろうか)
イシュタはそのままケイの近くで減速し、リノンはそのタイミングを見計らってイシュタを完全に拘束する魔法を使った。
「止まれ!」
(いいや、あの自信、まだ何かあるかもしれない)
「くぅッ……! これでも……」
リノンは自らの正体を明かすのもイシュタを止めるのには弱いと思い、先程疑問に思った事を伝える事にした。
リノンはイシュタを威圧するように、敢えて口調を仰々しくした。
「イシュタよ。もし先の発言が偽りでは無いのなら、落ち着いて聞け」
(言葉の使い方を間違えて無いと良いが……)
「な、なんでございますか」
イシュタはこのまま殺される事と思い俯いて目を瞑ったが、リノンの放つ優しい雰囲気に顔を上げた。
「お前の腹の子は既に死んでいるぞ」
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