第27話 油断
出口に向かう途中、リノンの指示で立ち止まり、ある部屋に入った。
『ここはお前の腕輪のある部屋だ』
『腕輪は別に良かったのに』
腕輪には全財産が入っているが、別に絶対に優先すべきという訳では無いのだ。
『いいや、そういう訳でもない。経路的にも通るのでな。屋敷を透視していた時点で、ここは通る予定だった』
腕輪はついでだったらしい。透視していた時点という事は、リノンはかなり早い段階からこの作戦を考えていた訳か。
『ここは魔導具の保管部屋が近く、近接戦闘の苦手な魔道士が多いからな。爆発もさせたし、対人戦闘より、防御結界の発動に慣れた者しか居ないだろう』
『なるほど』
そして、リノンの合図で俺は腕輪を持って部屋から出た。誰一人居ない。
俺はそのまましばらく人と合わずに廊下を走った。流石はリノンだ。
……
『ケイ、この戦闘は避けられん! 強い相手だ!』
しばらく走った後、俺はリノンの指示で曲がり角に隠れていた。
リノンによると、対人戦闘に慣れた者が一人、絶対に通らなければ出られない場所に立っているらしい。
『双剣使いだ。両袖と懐に剣を隠し持ってる』
また戦うのか。しかもリノンが強いと言うから、多分ベックとは比べ物にならない。
リノンに言われながら、俺は震えるのを堪えて歩いた。
「大丈夫だ。強化魔法を掛ける。これで剣の反動にも余裕で耐えられるぞ」
リノンが安心させるように声を出して話してくれた。
魔法を掛けてもらうと、力が漲るような感覚がある。
リノンの唱えた呪文は長くて複雑だった。強化魔法は難しいのだろう。
リノンは自分の一人称の滑舌は怪しいが、こういうときの滑舌は良い。この言語は竜族には発音しにくいものなのだろうか。
『ありがとう』
『まずはあいつの剣から説明する。あれは魔法の付与された魔導具……』
後ろから足音がしたので、とりあえず角を曲がる事にした。
リノンも進めというように尻尾で叩いて来たので念入りに胸に固定し、俺は曲がり角を曲がろうと動いた。
大丈夫、もう一つ曲がり角があるから、ここを進んでも直ぐには気付かれない。
『ケイ!』
視線を胸元のリノンから前に移した瞬間、もの凄い速さで何かが目の前に迫った。
咄嗟に左斜め後に下がったが、左腕がおかしい。
「ゔあっ」
「ケイ! 大丈夫か?!」
腕が無い。気づいたと同時に、飛ばされた腕が地面に落ちて音がなった。
同時に魔力も高まり、体が急に熱くなった。
「チッ、首は落とせませんでしたか」
エルンストだ。血のついた剣を眺めながら、機嫌が悪そうにしている。
彼が俺を斬るとき、俺の首と胸元のリノンを狙うように斜めに切りかかって来た。
俺は痛くて今自分が立っているかも分からない状態だが、近くに落ちた自分の腕を拾い、無意識に斬られた断面に押し付けていた。
「は、治った……?!」
俺の腕が治るのを見て、エルンストは目を見開く。
彼はしばらくこちらを注意深く見つめた後、警戒をするように隙の無い構えをした。
ああ、腕が落ちたとき腕輪も外れてしまったのか。今はエルンストの足元にあるので、これも後で回収しないといけない。
俺が落ちた腕輪の方に一瞬だけ目を向けると、エルンストが腕輪を蹴って、後に下がって離れた。
この間にリノンが更にもう一つ強化魔法を掛けてくれた。
エルンストが離れた事で彼の全体の様子を一目で確認する事も出来る。
エルンストは持っていた剣をしまい、反対の腰に差してある細剣に替えて再度構え直し、先程とは違う構えになった。
右足を後側に置いて体を斜めにし、剣先をこちらに向けているというシンプルな構えだが、尖端をこちらに向けた針のように、全く付け入る隙が見つからない。
どうやら細剣という武器は護身用という意味合いが強いらしいが、エルンストはこちらを舐めて細剣に持ち替えた訳では無いだろう。
細剣は耐久性はともかくすり抜けるように攻撃を当てるならば一級品だ。
実際に相対してみれば、俺の使うロングソードとも相性が良いように思える。
俺がエルンストに集中していると、急にこちらに剣が来る。
喉元に向かってきれいな一直線だったが、俺は何とか避ける事が出来た。
「そんな強化魔法頼りで私に勝てると思いますか?」
攻撃を避けられたエルンストだが、むしろ余裕そうにしている。実際、動ける隙は大分ある筈だが、わざと動かず構えを見せつけるように静止している。
彼のレイピアは突き技しか出来ない物だが、この屋敷の廊下では有利だろう。何かに引っかかる心配が無いのだ。
「なんで人を呼ばないんだ?」
俺は気になって聞いたというより、エルンストの気を逸らす為に言った。
「だって、強化魔法まで使われたらそこらの捨て駒じゃあ歯が立たないでしょう」
エルンストは崩した構えのようにして、こちらに切りかかって来るよう誘った。ずいぶん余裕そうにしている。
どうする。手元に一瞬で戻せるし、剣に全力で威力強化をして投擲? いや、投げる動きで狙っている場所を悟られて、弾かれる。
「はっ」
俺は結局エルンストの隙の真ん中を突くようにして斬りかかった。
「遅い!」
エルンストは苛ついた様子で怒鳴って来た。もの凄い速さで反撃をしてきて、俺の剣を滑らせてリノンごと心臓を一突きにするつもりだ。
「ふんっ」
だが、そんな事は細剣と戦う時点で想定済みだ。
俺は手に貯めておいた魔力を一気に剣に込めて、威力強化した剣をエルンストの細剣の尖端にぶつけた。
別に剣が壊れなくとも構わない。絡めて、そのまま離させるのも狙いの一つだ。
剣が当たった瞬間、レイピアが弾けるように割れる。
「!?」
しまった。
想定していた割れ方と違う。
案の定、割れた破片は異常なまでに散らばり、魔力が込められた魔石のように光って、俺の周りを取り囲んだ。
まずい、これは剣が砕ける前提で作られた魔導具だ。
エルンストが狙い通りというように、ニヤリと微笑った。
『大丈夫だ!』
焦りと恐怖で卒倒してしまいそうだったが、リノンのその言葉で俺は正気を取り戻した。
俺を取り囲んだ剣の破片が激しく光り、もう来るという所で、俺は黒い布に包まれた。
リノンの結界だ。
破片は結界に飲まれ、そのままきれいさっぱり無くなった。
「チッ」
「ケイ、お前はおれが結界で守る。守りは気にせず戦え」
リノンは俺の気が散るのに配慮していてくれたのか。
「ありがとう」
俺は姿勢を正して、一番しっくり来る構えをした。きっとこれは前世の俺がしていた構えだ。
「まぁ、そんなに簡単だったらつまらないですよね。貴方は技術や勘より、頭脳で戦っているようなので私もそうしてみたんですが、やはり慣れないやり方では上手くいかない」
エルンストはもう片方の剣を抜き、先程の細剣の構えとは真逆にも思えるような、力技をするときの構えをした。
剣は反り返っていて片刃で、刀に似ているが、それよりは短く太い造りになっている。
純粋に力技をする為の、丈夫で叩き割る使い方の剣だろう。
「行きますよ」
エルンストは考えるのを辞め、勘と力技で来るようだ。
俺も、感覚的な動きを重視して戦う事にしよう。
「はッ!」
先に仕掛けたのはエルンストだった。
俺も構えた状態から自然と体が動いていて、エルンストの攻撃を受け止めた。
前世の俺とはいえ、知らない誰かの技術をそのまま使うのは避けたかったが、勘でやっても意外にも何とかなるものだ。
「ハハッ」
エルンストは笑っていた。こんな表情は想像もつかなかったが、何故か今の状況下では彼にぴったりの表情に思える。
こんなに楽しんでいるようだが、エルンストは完全に考えなしという訳では無い。
リノンに結界を発動させて消耗を狙っているのか、攻撃範囲が大きくなるように、振りかぶる攻撃を良くして来る。
「ずいぶん丈夫な魔導具ですね! こんな物この屋敷にありましたかぁ?」
俺も負けじと何とか隙を見つけてやり返して、軽々と受け止められるのを何度も繰り返した。
「ぐあッ! 中々やりますねぇ!!」
何度か繰り返す内に、段々と攻撃が当たるようになり、向こうから攻撃されるときも、ちゃんとした受け方が出来るようになった。
相手の動き一つ一つに対し脳が勝手に情報を処理して反射して、何も考えずとも自然に体が動いている感じだ。
「ぐッ……! あぐッ」
「すまないケイ!」
だが、そう上手くいかない。攻撃が当てられてしまう事がほとんどだ。
リノンに結界で防いでもらうが、俺が下手なせいでリノンの消耗が激しく、彼ももう限界そうだ。
俺はむしろ魔力が集まって体が熱くなっているので、これを何とかしてリノンに譲りたい。
「ハハハハッ! 効いてますかぁ?!」
「かはッ」
右の肋骨にエルンストの剣が刺さった。地獄のような痛みが襲って来て、エルンストが刺さった剣を更に蹴って追い打ちを掛けた。
「ケイ! すまない! 今回復魔法を……うあっ」
「ぐぅッ」
俺が痛みと過剰に分泌されたアドレナリンでふらつくと、エルンストはリノンの居る場所を思い切り蹴って、俺に刺さっていた剣を力ずくで引き抜いた。
「もう終わりです」
俺の剣も弾き飛ばされて、直ぐ攻撃を当てるのは難しい。
両脚に剣を刺して動かせないようにされ、エルンストはリノンごと倒れた俺を踏み付けて、剣をゆっくりこちらに向けた。
駄目だ。トドメを刺される。
「あああぁぁぁ!!!!」
悔しい。すごく悔しい……! 俺が弱いせいでリノンが踏み付けにされている。
「んん? どうかしましたぁ?」
エルンストは煽るように気持ち悪くニヤニヤとして、わざと見下すように顔を上げた。
「ゔがああぁぁぁ!!」
筋を断ち切られた脚を気合いで何とかして動かし、エルンストの股間を蹴り上げた。
エルンストは衝撃で身体が浮き、俺達から足を退けざるを得なかった。
「くはッ?!」
「ゔぐっ、ケイ? 何を….うわあ!」
リノンに今込められるだけ魔力を譲って、思い切り宙に放り投げた。リノンが魔法を使っていなくて、戦闘中でなければ咄嗟にある程度か魔力を操作できる。
リノンはエルンストのずっと後に飛んで行き、あの距離なら直ぐには攻撃されないだろう。魔力も込めたし、竜族なら魔力さえあれば回復は直ぐ出来る。
「リノンにげろ!!」
「あっ!」
エルンストはリノンを目で追って慌てた顔になり、俺は即座に剣を手元に戻して一撃入れた。
「ヴッ、危ない危ない」
やはりエルンストには止められた。だが構わない。
俺はエルンストの剣が当たるのを気にせず、剣を持つ手から力を抜いてエルンストに近付いた。
「ハッ?! おい! 正気か?!」
エルンストの攻撃を完全に無視して、彼の懐に入り込んだ。
喉に噛み付き、剣でメッタ刺しにしてやろうとまずは腹に思い切り剣を突き刺した。
そうだ。俺は首が落ちても死ななかったじゃないか。痛みを無視すればこんな奴どうという事は無い。
エルンストも抵抗する。大きな剣で何度も俺の脇腹を刺したり、袖に隠していた剣で俺の右目や喉、心臓をぐちゃぐちゃに刺した。
「じねぇぇ!!」
「離れろっ! クソッ」
夢中で剣を刺して、エルンストを本気で殺すつもりだった。
気が付くと興奮で魔力が高まり過ぎて体が熱くて、もう痛みとかそういうのはどうでも良いくらいだった。
きっと屋敷中の魔力が俺に集中しているだろう。
「ケイ! 正気に戻ってくれ!」
リノンが必死で俺をエルンストから引き剥がそうとした。
喉の刺されまくってぐちゃぐちゃの場所から出血して、口に溢れた血がエルンストの物なのか俺の物なのか分からない。
「ケイ! ケイ!!」
リノンの叫び声だけ頭に響いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます