第26話 彼女の計算




 俺はイシュタに地下から出され、ベッドや暖炉のある、少し豪華な部屋に居た。


 俺は半ば無理矢理ベッドに座らされて、隣にイシュタがゆっくりと腰掛けた。


「私は貴方にこの子の血肉となって欲しいのです。貴方がこの子の一部に成れば、この子の容姿はきっと貴方、ケイさんに似て美しくなる。あいつの遺伝子だって、塗りつぶされて無くなるはず……! お願いします、この子の父親になってください」


「……」


「あぁ、急がなくても大丈夫ですよ。私の夫になるのですから、心の準備も必要でしょう」


 イシュタは優しく微笑んで、俺の頬をそっと撫でて立ち上がった。



「んふふ。旦那様になる前に、まずは私の身体を知って欲しいし、ケイさんの事も沢山知りたいです」


 イシュタは立ち上がったあと、紅潮した顔をして俺を押し倒して来た。細い指で俺の腹部をそっと撫でて、ニヤリと笑う。


「顔はこんなに可愛らしいのに、体は引き締まっているのね。護衛の方は、起きたら大変だからと言ってケイさんを触らせてくれなかったの」


 イシュタは馬乗りになって、俺の体をじっと眺めた。

 俺は筋肉が育ちやすいとはいえ、まだ鍛えて数日なのであばら骨が出ているし、がっしりした体型とは程遠いヒョロガリ体型には違いあるまい。


「何処から頂こうかしら……。ここにあの包丁を刺して、ここをこんなふうに切り取ろうかしら」


 イシュタは俺の腹部を指でなぞって、楽しそうに一人呟いていた。

 気味が悪い。


「そろそろ離れてくれ」


 俺は突き放す様にそう言って、イシュタを立ち上がらせた。


「ふふふ。

後でご飯をお持ちしますね。一緒に食べましょう。無理な食材は無いですよね?」


 俺が幾ら敵意を剥き出しにしようと、この女は勝手に脳内で都合の良いように変換して、きっと意味が無いのだろう。


 イシュタは俺の頬にキスをすると、満足して出て行った。




 「ん?」


 俺はイシュタが居なくなった部屋で、如何しようか考えていた。さっきは余裕に振舞っているが、相手からすれば動揺しているのは丸分かりだっただろう。


 そんなとき、リノンの声が頭に響いた。


『ケイ、聞こえるか? おれだ。リノンだ』


 リノンが話しかけて来ている。本で見た念話という魔法なら、頭で考えるだけで伝わるだろうか。


『リノン?』


『聞こえたか! ケイ、何かされて無いか?』


 リノンはまず俺の心配をしてきた。リノンの方は大丈夫なのだろうか。


『無事だよ。リノンは大丈夫なの?』


『問題無い。お前に着いている魔導具の壊し方と、脱出する作戦を伝える。おれは音は聞こえ無いが、屋敷の全てを透視していた』


 そういえば、リノンは目が良かった。人体も魔力も透かして見えるなら、壁を透視する事も出来るのだろう。


『まず聞きたいんだが、お前から何か情報はあるか?』


『ああ、それなんだけど……』


 俺はリノンに、地下牢にいる男達についてや、イシュタの目的を話した。


『なるほど。まぁ、そんなものだろうとは思っていたが……』


 続いて、リノンは魔導具の壊し方と、脱出の作戦について話した。


『魔力をこう流す……覚えた』


 作戦の決行はイシュタが俺を部屋から出したタイミングだ。

 急がないと、俺はもう体が熱くてたまらない。






……




 あれから数時間後。たまにリノンと念話をして、時間が過ぎて行った。


 ドアがノックされて、ゆっくり扉が開いた。


「ご飯をお持ちしましたよ」


 イシュタはメイドと来た。

俺をテーブルの椅子に座るよう促し、イシュタが座ると食事がテーブルに置かれた。



「ほら、毒は入れてませんよ」


 料理に手を付けない俺にしびれを切らしたイシュタが、俺の料理を少し食べて安全性を示した。


「今はそんな気分ではない」


「あら、じゃあお散歩でもしましょうか」


 俺はイシュタを睨みつけたが、軽く流された。

 リノンと会話をした事で、俺には余裕が生まれている。もう震えも無い。


 イシュタはメイドに料理を下げさせて、衛兵を呼んでから俺を部屋から出した。


 多少余裕になったのが勘付かれたのか、イシュタは先程より慎重な気がする。


「これからは貴方の家になるのだから、少しは知っておいた方が良いですよね」


 イシュタは俺の腕に抱きつきながら話している。


 外に出たチャンスだ。リノンが言っていた作戦はもう少しで始められる。

 俺はその瞬間を、剣を手元に戻すシュミレーションをしながら待った。



「ここはさっきのテラスです。結構私のお気に入りで、色々思い入れがあるんです。夫を殺したのもここでしたし……」


 イシュタの夫は既に亡くなっていたらしい。道理で好き勝手出来る訳だ。


『リノン』


『ああ』


 イシュタが俺の腕を離して、薔薇を触っている瞬間、俺はリノンに合図をした。


 次の瞬間、屋敷のどこかで爆発が起きた。


 リノンが一つの魔導具を爆発させ、それに連鎖して近くの別の魔導具も爆発したのだ。

 爆発は部屋の中で完結するので怪我人は出ないらしい。


「きゃあ!」


 イシュタが驚いて声を上げると、着いてきていた衛兵が彼女を守ろうと、俺から離れた。

 俺はその瞬間を待っていた。リノンに教えられた方法で、装着された魔導具を壊した。


 そしてあの剣を手元に戻す。素早く衛兵達から離れ、そのまま走って逃げた。

 

 もちろん、逃げるのは考えなしでは無い。透視が出来るリノンに、なるべく人が居ない場所を教えてもらって移動する。

 地下にいる男達ついては、残念ながら今すぐ助けるのは難しいので、逃げた後、セルゲンなどを通して国に報告するつもりだ。

 それまで生きていてくれるのを願って、今は自分達が逃げるのを優先して、集中しよう。


 俺はリノンを助ける為に地下に向かった。




……



 リノンのお陰で人に会わなかったが、最後まで全く会わないという訳にはいかない。


 俺は仕方なく兵士二人と鉢合わせた。

 この二人が笛を鳴らす前に、剣を振って二人を失神させた。横並びだったので一撃だ。

 とりかえしのつかない事になっていないか気になるが、そんな確認をしている場合では無いので、俺はそのまま走った。

 筋トレの効果か、面白いくらいに全く疲れない。


「リノン! 鉄格子壊すね」


 リノンのいる部屋に辿り着いた。鉄格子を剣でなんとか壊して、リノンに抱きついた。


「リノンー!」


「ケイ、体内の魔力がそろそろ危険値になりそうだ」


「吸い取ってくれる?」


 俺は地下に来た事で、また体が熱くなった。だが、リノンによって直ぐに熱が引いていく。

 一日振りにリノンに会えたのだと実感して、俺は恐怖が薄まった。


「口を開けろ」


 リノンは呪文を唱えて、水の玉を出した。飲めという事だろうか。


「ムグッ?! ガボカボボグ」


 リノンは水の玉を俺の口に放り込み、口内で激しく動かした。溺れてしまう。


「ケホッケホッ! リノン?!」


「毒があったんだ! そろそろ衛兵が来るぞ」


 リノンはそっぽを向いてそう言うと、あの小さい姿になって俺の懐に潜り込んだ。


 そしてそのままリノンの案内通りに、たまに衛兵を相手して屋敷の出口に向かった。


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