第22話 イシュタ





……翌朝、ドアを叩く音で目覚めた。

 リノンは胸元に居る。来客だろうか。


「あ、はーい。ちょっとお待ちくださいね」


「構いません」


 俺が寝ぼけた声で言うと、来客は静かに答えた。

 声は低い男のものだ。誰かと話している声が聞こえるので、一人では無いだろう。



 ……服を着替えて荷物をまとめると、ドアを開けた。

 

 そこには鎧を着た衛兵が三人立っていた。


 え? なんかやばい事しちゃったかな。もしかして、あの怪しい露店の件……?


「あの、どうされたんですか……?」


「ご同行願えますか」


 衛兵は俺の胸元を見ると、逃げないよう道を塞ぐように動いてそう言った。

 胸元には昨日検問官に渡された首飾りがある。


「はい……」


 腕を掴まれ、俺が何を言っても、まずは屋敷で話そうとしか言われなかった。





 ……しばらく衛兵に連れ歩かれると、大きな屋敷についた。おそらく立地的に領主の屋敷だ。


「あ、あの。竜族の人が竜の形態で服の中にいるんですけど」


 衛兵に言っても相手にされなかったので屋敷の案内人にそう言うと、屋敷の人たちは相談を始めて、奥から人を呼んできた。



「竜族の方が居るのは本当ですか?」


 出てきたのは隙の無い壮年の男だ。何を考えているのか読めない。


「はい。ほらリノン、出ておいで」


 胸を軽く叩くと、リノンが顔を出した。


「……おれはリノンという名だ」


 リノンは人間に囲まれて緊張しているのか、ぎこちなく喋っていた。


「本当だ。でも、その姿という事は弱っているようだ」


 男はニヤッと哂うと、後ろを向いて俺達を部屋へ案内した。


 嫌な予感がする。




 ……部屋は窓の無い屋敷の奥の方にある部屋だった。出入り口には見張りが二人居て、部屋の中にも衛兵が三人居る。おそらく廊下の角にも人が配置されているだろう。

 厳重だ。


「俺はなんで呼ばれたんですか?」


「ああ、その説明がまだでしたね。失礼しました」


 男は全く申し訳なく思ってなさそうな態度でそういうと、まずは自己紹介から始める。


「私はエルンスト・ライニシュと申します。

ここクラー領の領主であらせられる、イシュタ・ローゼ・クラー様の秘書です」


 エルンストは丁寧に自己紹介をした。


「さて、貴方をこの屋敷にお呼びした件ですが、貴方はこの町の敷地内に入る際、犯罪を犯した可能性があって、それを調査する為です」


 町に入るときって事は、馬車のおっちゃんが何かやらかしたのだろうか。


「犯罪……? それは馬車の操縦者に関する事ですか?」


「今は詳しくご説明出来ません。たまたま領主様が顔を見ていた可能性があるので、その確認をさせていただきたいのです」


「そうですか」


 

 ……問答を続けていると、どうやら誰かが来たようだ。

 背後の衛兵が槍で俺を牽制すると、エルンストは合図を送ってある人物を部屋に招き入れた。



 部屋に入って来た人物は、赤色の髪をした女性だ。とても美人で、ゆったりとしたドレスを着ている。


 だが、何かおかしい。部屋の扉が開かれた瞬間、体が火照った。これは魔力だ。



「私はクラー領領主の、イシュタ・ローゼ・クラーと申します」


 イシュタはまるで薔薇の咲くのを早送りで再生したかのような、非常に美しいお辞儀をした。


「あ、お、僕はケイ・ヒガノです」


 エルンストに合図された後ろの衛兵に、俺は無理矢理頭を下げさせられた。

 まだ犯人と決まっていないのだからもう少し丁寧にしてほしい。


 俺が顔を上げて恐る恐るイシュタの顔を見ると、彼女は紅潮した顔でこちらを見つめていた。


 美人さんにうっとりした顔で見つめられたのだが、俺は嬉しいとかよりも気味が悪いという感情が湧いた。

 何故かは具体的に説明出来ないが、俺はこの女にその顔をされてはいけないと感じたのだった。


「イシュタ様、この少年はどうですか」


「あぁ、犯人ではなさそうです」


 イシュタは心底どうでも良さそうに答えた。

 それが本題ではないかのようだ。


「なら僕は帰って大丈夫ですか」


 無礼だとは思ったが、俺はとにかくこの屋敷を出たかった。


 この女は何かがおかしい。まるでアークブラッドベアに睨まれているかのような感覚がするのだ。

 どうしても目を合わせられないし、体が熱い。


 大人に歯向かうのは怖い。エルンストには睨まれたが、それでもここを出たくて仕方がなかった。


「まぁ、そんなに慌てないで。貴方には失礼な疑いをかけて時間を無駄にさせてしまったのだし、私に償わせてほしいわ」


 イシュタは何かを思い付いたような顔をして、衛兵の静止も聞かずに、こちらに近付いてくる。

 左手の手袋を外すと、その手で俺の頬を撫でて来た。

 彼女の手は指が長くて爪の形もきれいだった。


 イシュタに触られると、俺は途端に魔力が高まって体が熱くなった。

 イシュタからは無生物に含まれる魔力、つまり無色透明の魔力がこもっているらしい。


 まるであの小屋の扉を開けたときのようだ。

 死骸が積まれた空間の、脱色されたてのしめったような魔力。


 俺は鳥肌が立った。この女からは死臭がする。


「なんて美しい肌。きめ細やかで、お化粧もしてないのに、粉雪のようにキラキラしてるわ」


 イシュタを近くで見て分かった事があるが、どうやら彼女は妊娠しているようなのだ。ゆったりとしたドレス越しに、お腹が出ているのが分かった。

 彼女は腕も細く、化粧も香水もこだわっていそうで、そんな彼女が自分の体型を気にしない筈が無い。図書館で見た情報だが、貴婦人は普通こだわるという、コルセットも付けていない。

となると妊娠していると考えるのが普通だ。


 リノンに説明されていたが、俺の体質でも妊婦に影響は無いみたいだ。どうやら赤子の段階で魔力に色はついているので、俺の体は引き付けないそう。


「償って頂くのは結構です。すぐに帰らせてください」


 俺はイシュタの手から顔を背けた。本当に嫌な予感がする。

 リノンも断れというように、控えめに胸を尻尾で叩いてきていた。



「そうだ! 私の小姓になって頂けませんか? もちろんお給金は言い値で構いませんよ。好きなときにやめて頂くのでも大丈夫です」


 小姓とは付き人のような扱いだ。

付き人と言っても、アクセサリー的な意味合いが強く、作法が出来て見た目が良ければそれで仕事になる。


「すみません。俺……僕は急いでまして。何事も無かったならそれで大丈夫ですよ」


「まぁまぁそう言わずに」


「貴族様のお誘いを断れば後々面倒ですよ」


 イシュタは俺を帰らせる気は無いようだ。

 エルンストも畳み掛けるように言って、俺は断れなくなった。


 イシュタは手袋を付け直すと、衛兵に何かを頼んだ。



「ケイさん……でしたね。まずはお茶でもしましょう?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る