第21話 魔法陣





 今俺は商店街に居る。本屋や図書館を探しているのだ。

 転移に関する情報ならば何でも良いので、怪しげな露店で売っている紙切れも見て回った。


 リノンは寒くて話すこともままならなくなって、今は寝てしまっている。

 リノンが本当に冬眠したら俺はどうすべきだろう。


「本当に誘拐が多いのよ。気を付けてね」


 パン屋以外にも誘拐についての話をされた。ここの住民は子供に対して親切な者ばかりだ。


「その首飾りの効果が出ても攫われる事がよくあるのよ。前なんて衛兵さんに扮した誘拐犯が大きな音がなって目立っていたのに、平気で攫って行っちゃったんだから」


「ありがとうございます。路地裏は絶対入りません」


「衛兵さんと同じ格好だからって安易に信用しちゃダメよ」


「分かってますよ」


 おばちゃんはすごく真剣だった。






 露店の安いものなども買って気づいた事があるが、どうやらこの街には独自の硬貨が作られているみたいだ。


 クラー銅貨と言って、普通の銅貨よりも小さく色も銀色味が強い。おそらく銀色の金属と銅を混ぜて使っているのだろう。


 クラー銅貨の値段は、だいたい十枚で普通の銅貨と同じくらいだ。


 新しい物を触ると魔力を感じるので、おそらく加工には魔法を使っているのだろう。

 ハイリードルフにいたときでも、加工に魔法を使っている新しい金属を触ると指先の細胞が魔力を吸い取った事があった。


 あと、サラマンダーという火を吐き出し、火山に生息するという魔物の魔石を使って、冬でもお風呂に入る事が出来るらしい!

 当然俺はワクワクしたのだが、どうやら専用の湯船が必要らしく、値段も金貨千枚レベル。

 俺は諦めたのだった。




「おい、そろそろ宿を借りたらどうだ」


 色々見て回って、今は夕方だ。確かにそろそろ宿を探そう。


「そうだね。一人分で良いかな?」


「ああ。雪が解けるまでこのままで居たいのだが……お前は大丈夫か?」


「大丈夫だよ! こうやって常に密着してれば急に体が熱くなってもリノンがなんとかしてくれる」


 実際に今日の昼時、座り込んでしまうほど魔力が高まって体が熱くなった事があったが、なんとかリノンが魔力を吸い取ってくれた。


 にしてもこの街に来てから体がおかしい。

今まで無かったのに、急に体が熱くなったりするようになった。地形が関係しているのだろうか。

 情報を集めたらすぐにここを出よう。





……



 ……宿を借りた後、買った本や紙切れを見て魔法の勉強や転移について調べた。


「魔法の基礎ってやつは読んだから、それぞれの属性ごとに勉強していくよ」


「その本を見せろ」


 俺は言われた通りリノンに本を見せた。


「なんだこれは! 魔法の何たるかを全く理解していない!! 特に火の属性の理論がめちゃくちゃすぎる!」


「そうなの?」


 リノンは呆れて、歴史よりもこちらを見るべきだったと言っていた。そんなにひどい内容なんだろうか。

 同じ著者の本を買い揃えなくて良かったかもしれない。


「他のも見せろ」


「はい、どうぞ」


他にも二冊買ったのだが、それも全てリノンに見せた。

 リノンはどれもめちゃくちゃな理論だと言っていた。


「見た感じ、おそらく先人が簡略化し過ぎておかしくなっているみたいだ。流石に貴族の部下や宮廷魔道士クラスは分かっていそうな雰囲気がある」


 確かに本は明らかな庶民向けで、粗く安い紙を紐で束ねただけだ。

 本の中にも冒険者業をしている者たちがよく使っている考え方で、新人冒険者用と書かれている。

 貴族に雇われているような科学者気質な魔道士と、戦いに魔法を使う冒険者では、魔法の使い方の需要が違う。需要が違えば魔法の解釈も違ってくるのだろう。


「確かに水、火、風、岩といった感じ取れる物の方が身近で分かりやすいのかもしれないが、その覚え方では魔法を開発するのには不向きだ」


「じゃあリノンはどんな考え方で魔法を扱っているの?」


 その後リノンは色々と説明してくれた。


 リノンが酷評した本には属性の種類は火、水、風、岩、闇、光といった属性が全てで、それを混ぜ合わせた複合属性というものがあると説明された。

 闇と光の複合属性はないが、それ以外ならなんでもあって、


 例えば、水と岩で、氷という複合属性。

水、風、岩、光で、緑(生命力)の複合属性が出来るらしい。


 次にリノンの説明によると、

物質を作り出す魔法だけに限り、属性の正体は実体を持たせた魔力だという。

魔法陣にはまず魔力に実体を持たせる回路があるのが基本らしい。

 それを水に変えたり、酸素や窒素に変える回路を加えるというのが魔法らしいのだ。

 ちなみに光と闇の属性なら似たような性質の、魔法の区分があるらしい。だが、明るければ光、暗ければ闇など、それほど単純では無いらしい。


「それに足して魔法陣にはどれだけの魔力を物質に変えるかの回路や、作った物質のゆらぎの量を決める回路を加える。

ゆらぎというのは物質の粒子の振動だ」


 リノンの言いたいゆらぎの意味は、おそらく温度の事だろう。水も温度が違えば岩になるし、空気にもなる。


「つまり温度って事?」


「それだ! お前筋が良いな」



 その後、俺はリノンに教えてもらった理論を元に魔法陣を作る事になった。

 魔法は最初からリノンに教えて貰えば良かったかもしれない。いや、リノンは歴史について調べていたから、それは無理か。


 作る魔法陣の効果はコップ一杯の沸騰した湯を出すという物だ。


「今説明した回路の書き方をもとに書いてみろ」


「分かった」


 温度設定の回路も、量の設定も、あまり難しい物ではない。


 リノンが書いてくれた回路の例を見ながら数分をかけて書いた。

 こういう勉強は日本にいた頃、理科や数学の問題で似たような作業をよくやったものだ。

 俺はこういうのは結構得意なタイプである。まぁ、兄と比べれば凡人と変わらないんだろうが。


「これで出来た……」


「物質の量も決めているだろう? これなら練習が必要な魔法と違って、量も完全に決まっているから暴発しないぞ」


 魔法の説明でリノンがどれだけ苦労して魔法を理解したかがなんとなく伝わってきている。

 おそらくリノンは説明書も何も無い状態で、既に出来上がっていた数少ない魔法陣を見て、分解して、想像もつかないような努力をしていたのだろう。


 俺は作った魔法陣に魔力を込めた。


「おお! 本当に出来た!!」


 しっかり沸騰した水が玉になって出てきた。

 水は現段階では俺の魔力で覆われていて、重力に反して動かす事が出来る。

 魔法陣に、自分の魔力で覆った状態で出す回路を組み込んでいたのだ。

 だが、ずっとこの状態ではいられない。魔力はいずれ脱色され、無生物に含まれるような無色透明の魔力になって霧散する。


 生物は例外なく、自分の色の魔力しか操作できないのだ。しかも、魔力の色は誰一人として被る事は無い。


 俺はすぐに用意していた鉄製のコップに水を注いだ。


「うむ。完璧だぞ! おれ以上の才能じゃないか!!」


 リノンはコップを持ちあげて、持ち前の目で確認するとそう言った。合格のようだ。


 前に魔法陣を使ったときは気付かなかったが、どうやら魔法陣は複雑になればなるほど魔力を込めるのが難しくなる事に気づいた。


 ならば場合によっては命を預ける事になる、冒険者の使う魔法陣の一番複雑な量を決める部分が簡略化されていたのも頷ける。


 咄嗟に発動させねば危ない場面もあるだろうし、属性というものを分けて、簡略化した魔法陣の、量を自分で決めねばならないという欠点を想像しやすくすることでカバーしているのだろう。


「流石だ。教え甲斐がある。お前はいずれおれを越えるだろうな」


 リノンは寂しそうに言った。もしかしたら俺が元の世界に帰るのも夢ではないかもしれない。




 ……その後も三時間ほど魔法陣について教えて貰い、今日はこのへんで寝る事にした。

 ちなみに俺は本を開いても我慢できないほどの頭痛がする事は無くなった。この前のハイリードルフの図書館での練習が活きている。


「前の宿よりも硬い布団だな」


「藁でちくちくするよね……」


 贅沢は良くないが、柔らかい綿やスポンジの詰まった分厚い敷布団に、羽毛の掛け布団が恋しい。日本では割と当たり前だった事だ。






……



……翌朝、俺は部屋のドアを叩かれる音で目覚めた。


 リノンは胸元に居るし、来客だろうか。

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