第20話 首飾り






「ううっ、寒い!」


 俺は今馬車乗り場で馬の準備が整うのを待っている。馬車を操縦するおっちゃんによると、馬の機嫌がいつもより悪く、時間がかかっているそうだ。


 後ろに並んでいる人が文句を叫んでいたが、俺は動物は気まぐれなので仕方ないと、なんとも思っていない。

 言葉を使えない動物にとって行動での意思表示は重要な事だ。




……



「お客さん! 準備が整いました。料金と板をここにどうぞ」


 三十分ほどして、ようやく準備が整ったようだ。


 俺は料金と板を置いて、馬車に乗り込んだ。


「お客さん、二人分ですよ?」


「ああ、ペットっていうか、使い魔の分です」


 俺は胸を軽く叩きながら言った。ここに入っているという意味だ。

 今は場所を取らないが、場合によっては人型に戻って場所を取る事もありそうなので、しっかり料金を払った。


 使い魔とは仕事や趣味などの作業を手伝ってくれるペットのようなものだ。常識の本で見た。


「律儀な人だ」


 他の乗客も全員乗り込んだようで、ゆっくりと馬車が動き出した。


 馬車の乗り心地は思っていたよりもかなり揺れやガタガタがひどく、何も敷かずに体育座りをしたら尻の骨にヒビが入りそうだ。


 これから長くなるだろう。

 少しの不安と気怠さと、大きな期待を持って外の景色を眺めた。


 暗い森に入り、代わり映えの無い景色になって来たので、俺は馬車の中に視線を移した。


 馬車の乗客は早朝だというのに寝ている者はかなり少ない。

 一人で馬車に乗り込んだ者は一人も寝ていなく、複数人で乗り込んだ者は寝ている者の荷物を良く見張っていた。









……






 あれから三日が経ち、何度か馬を休憩させて、数時間馬車に揺られていると、門が見えてきた。かなり大きな街みたいだ。

 にしても長かった。途中で吐く者や、サイコロで遊んでいて、馬車が石を踏んだ衝撃でサイコロの目がめちゃくちゃになって喧嘩になったグループが居たりした。



 そういえば……

俺が馬車から身を乗り出して外を眺めていたら、アホ毛が木の枝に引っかかって馬車から落ちてしまったりもした。

 何とか走って追いついたが、胸元に居るリノンを庇う為に馬車から落ちるとき股間を激しくぶつけて痛みで一瞬意識が飛んだ。



……



「くはッ!」


 ああー! 俺の世継ぎがァー!!


「ケイ……? 大丈夫か?」


「ヴッ、あぁ……」


 俺は股間を抑えながらうずくまった。痛過ぎる。ていうかお腹がいたい。



「おじさん馬車止めてー」


 





……



 あの時は本当に助かった。



「おえぇ」


「もうすぐだよ! がんばって!」


 酔って吐く者が居る二人組だ。吐いている方はもうすぐ着く事が分かると安心した顔になり、介抱している方は相変わらず熱心に吐いている方の背中を擦っている。

 この二人が馬車の操縦者に加速しないよう言っていなければ、今頃は森を彷徨っていただろう。



 ……門に着くと、馬車は近くに止まり、検問を受ける事になった。


「行ってよし、お前も問題ないな。行ってよし」


 検問はかなり雑な気がした。身分証を持っていれば見せて、持っていなければ金を払う。想像通りだ。


「銀髪のお前、身分証は持っているか」


 俺はポルコスにもらった首飾りを見せた。確か身分証にもなると言っていたっけ。


「それはロヴナ紹介の?! どうぞお通りください」


 戦力で対応が変わるゲームの広告みたいだ。とりあえず何事も無くて良かった。


「お疲れ様でーす……」


「待て。顔をよく見せろ」


「あ、はい」


「ふむ、合格だ。これを常に首から下げておけ」


 俺が通り過ぎようとすると、一人の検問官に引き留められて変な首飾りを渡された。

 俺を引き留めた検問官は他の鎧を着た者達とは違って、軍服に身を包んでいて位が高そうだった。


「これはなんの首飾りなんですか?」


「とにかく犯罪に巻き込まれたくないなら隠さない方がいい」


 軍服の検問官は説明を面倒がっていた。


 合格の意味が分からなかったが、とにかく街に入れるのならば良い。

 後ろを見ていたが首飾りを渡されたのは俺だけだった。




「小僧! 元気でな!!」


「師匠! ありがとうございました!」


 俺が師匠と呼んだこの男は、カウンという。この三日間で、俺に筋トレの極意を教えてくれた。




 カウンと別れ、座って落ち着ける場所を探して、そこでリノンの様子を見る事にした。


「リノン、大丈夫?」


「ああ、馬車では酔いにくいからな。無事に検問を通れて良かったな」


 リノンも検問官との話を聞いていたみたいだ。


「ん? その首飾り、発光と音がなる機能が備わっているな」


「そうなの?」


 もしかして、俺は馬車の乗客のうち一人客ではいちばん若かったから、現代でいう防犯ブザーみたいなのを渡されたのだろうか。


 実際にはリノンも居て一人ではないのだが、俺以外の一人客はカウンのような壮年のガタイの良い男がほとんどだった。



「お腹空いたね。何か売ってないかな」


 乗車中も食べ物を持っていたので食べたのだが、やはり昼時なので腹が減ってしまう。


 今は十一時くらいだろうか。

 少し早いが、食べ物が売っている店を探したい。


「昼だし、パン屋ならやっているんじゃないか?」



 俺はパン屋のありそうな通りを歩く事にした。


「お、あった」



 パン屋があった。焼き立てのパンの匂いがする。はやくリノンに食べさせてやりたい。



 店に入ると、店主が顔をしかめた。


「すいません、これとこれを……」


「おいあんた。その首飾りは外で絶対に外さない方が良いぞ」


 パン屋の店主は顔をしかめて怖い表情だったが、俺を心配しているみたいだ。


「あ、はい。ありがとうございます」



「こうつけた方が外れにくい」


 店主はわざわざカウンターから出てきて、俺の首飾りを付け直してくれた。

 ペンダントを服のボタンの隙間から出す事で、逆さまになっても外れないみたいだ。


 店主いい人?


「ありがとうございます」


「気にするな。人の目が少ない路地には入るなよ」


「はい、気をつけます」



 俺がペンダントを見つめていると、店主は説明をしてくれた。


「それは犯罪防止の為だ。最近は子供の誘拐が多いからな」


「詳しくお聞かせ願えますか?」


 自分の事なので、良く聞いておいた方が良いだろう。


「この町ではお前みたいに肥えた青年……いや少年を狙った犯罪が多くてな。攫って労働奴隷として売っぱらうんだ。それを防止する為だよ」


 肥えていると言われたが、俺はちょっとほっぺが丸いだけでおデブって訳でもない。

 多分……。


「なるほど」


「しっかり首飾りを下げておくんだぞ」


 パンを買ったあとは、持ち込みが出来る酒場で食べる事にした。パン屋の店主によると、その酒場はノンアルコールを一つ頼めば席代になるらしい。

 野外だと寒いので、そういう情報は助かった。


 俺はさっきの犯罪の話が怖くて、首飾りをしっかり外に出して確認した。

 この首飾りを下げているだけで犯罪抑止になる。




 ……酒場に着くと、結構人が居る。注目を集めて緊張したが、なんとか一つ頼める事が出来た。


「これください」


 ノンアルコールだけは前払いで、銅貨ニ十五枚だ。

 酒よりも高く、席代だという事が分かる。


 場所は取らないがリノンと二人だったので、一番高い物を頼んだ。一番安いノンアルと比べて二倍以上だ。


「ご注文ありがとうございます! ごゆっくりどうぞ。そのパンもお好きなだけ食べて大丈夫です!」


 店員さんは入って来たときはこちらを鋭い眼光で睨んでいたが、金を払うと優しく対応してくれた。

 経営が厳しいのだろうか。


 看板には使い魔大歓迎とあったし、リノンは使い魔では無いが、出しても大丈夫だろう。


「リノン、出て来れる?」


「ああ」


 さらしを緩めると、リノンは顔だけ服から出した。まだ寒いのだろう。


「この状態で良い。パンを食べさせてくれないか」


「良いよ」


 俺は一番美味しそうなパンをちぎって、リノンの口元に運んだ。リノンは美味しそうに食べている。

 小さい口がもぐもぐ動くのは見ていて飽きない。


「うまいぞ。お前も食べたらどうだ」


 リノンは尻尾を振っていて、俺の胸に軽く叩きつけたりしてくるのでくすぐったい。

 かなり喜んでいるのが伝わってくる。


「そうだね」


 リノンに夢中で自分が食べるのを忘れていた。


「うまっ」


「そうだろう」


 この時代だと庶民の食べ物のレベルは低いと思っていたが、そんなことは無かった。

 宿屋で食べた時間の経った硬いパンとは大違いだ。


 俺がリノンとのひとときを楽しんでいると、酔っぱらいが絡んで来た。


「おうおう、使い魔が良いなんて店の看板にあったかぁ?」


「ありましたよ」


 俺は使い魔大歓迎の文字をちゃんと読んで店に入った。見間違えでは無いはずだ。


「え? あ、そうなの??」


 酔っぱらいは混乱している様子だ。

 リノンは潜り込んでしまった。


 酔っぱらいは他にいじれる場所が無いかと、俺を見つめた。



「ああーっ、それは男喰いの領主に付け狙われてる証だぁーっ」


 酔っぱらいは俺の首飾りを見ると、あからさまに反応した。


「それ冗談ですよね?」


 首飾りを渡す係の者が合格だとか、訳の分からない事を言うからこんな噂が立つのだ。

 ここに来る途中、似たような話を何回か聞いた。


 俺は平静を装ったが、内心不安でいっぱいだ。もし事実だったらどうしよう。

 いや、作り話なのは明白なんだが。



「いや、冗談じゃねぇ。実際に俺の知り合いが屋敷から戻ってねぇんだ。そいつも同じ首飾りを着けていた。外した方が良いぜ」


 すると、変な男達が割り込んで来た。


「ウィルだったか。あいつ今何してんだろうな」


「一ヶ月だぜ? 実家に手紙を送ったが、戻って無いってよ」


 酔っぱらいを下がらせて、話を始めた。

 こいつらも酔っていたが、妙に真剣だ。


「なぁ、その首飾りは俺達が預かってやろうか?」


「売ったりしねぇからさ!」


 二人の男はニヤけながら言った。


 あ、ダメだ。これは絶対に売る。だって男の顔に書いてある。

 馬鹿な俺でもこれは流石に分かる。


「お断りします」


「チッ。一度も作動してないから高く売れそうだったのによ」


 やっぱりな。

 男達は席に戻って行った。俺はパンを食べ終わると、すぐに店を出た。

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