第19話 リノンの体





 あれから一日経って、必要な物も全て揃える事が出来た。昨日の昼頃知ったのだが、ベックは捕まっていた。

 ちなみに街の通行人に暴力を振るった容疑で、俺と戦った件は関係なかった。


 この街には慣れた頃合いだが、もう出て行かないといけないのが寂しい。

 ちなみに、昨日は紙や本を買った。魔法を勉強する為だ。



 早朝。起きてふと窓を見ると、ツギハギのカーテンの隙間から雪の白が見えた。

 どうやら夜中に雪が降ったみたいだ。暖炉があるのに、昨日より室温も低い。


 昨日の夜、リノンは前よりもひどく泣いていた。本当に心配だ。


「リノン、あれ?」


 隣を見ると、リノンは居なかった。部屋を見渡しても居ない。

 外に出た? いや、まさかもう馬車の時間??


 ドキッとして完全に目覚めたが、外は明らかに日が昇ったばかりだ。

 ならば外に出たというのが有力だが、人間不信であるリノンは一人で大丈夫だろうか。


 俺はとりあえず水を飲もうと、布団から出る事にした。

 昨日店でコップを買って、寝る前リノンに水を入れておいてもらったのだ。


「んんっ、ケイ、寒いぞ」


「あれ? リノン??」


 何故か俺の腹からリノンの声が聞こえる。


 服を捲って中を見ると、そこには大きな黒いトカゲが居た。


「ひゃあ!」


 友達が飼っていたレオパよりも一回り大きいだろうか。


 俺は驚いて情けない声が出てしまった。

 寝起きで視界がぼやけているときに、腹を見て黒い物があったんだから仕方ないだろう。


「ううっ寒いぃ」


「あっ、ごめん」


 良く見ると尻尾の形やウロコがリノンそのものだし、声も彼のもので間違い無い。

 という事はこのトカゲ……竜族だから多分、小さな竜? がリノンなのだろう。

 何故このような姿なのだろうか。


 俺は水を飲みながら聞く事にした。


「リノンはなんでこの姿に? 竜族って竜の姿にもなれるんだね」


「んあぁ。あまりにも寒くて人型を保つのが辛くなったんだ。つまり魔力不足だな」


 魔力不足とは、魔力が通常よりも低い状態で、そのせいで体調に異常が出ている事だ。


 図書館の本には、竜族や魔力系の獣人などの亜人にとっては衰弱状態と同じだと書かれていた。

 魔力系とは、物理攻撃よりも魔法攻撃を好む種族の事だ。


「そうなの? 俺の方は魔力がむしろいつもより高まってる感じがするんだけど、リノンこれ吸い取れる?」


 今日は雪も積もっていていつもより格段に寒いが、裸で外に出てもさぶいぼが立たない自信がある。

 一昨日ベックと戦ったあと興奮がなかなか冷めず、その興奮と比例するように魔力の溜まるスピードも速くなった気がするのだ。

 すぐにでもリノンに取ってもらいたい。


「魔力を吸うのは少し気だるいな。魔法を使うときみたいに、お前がおれに魔力を分けてくれないか」


「分かった」


「こんな状態だが、手加減などは気にしなくて良いからな」


 手加減を気にするなと言われ、俺はとにかくリノンに魔力を流した。

 スウッとひんやりしていく感覚が心地いい。この量の魔力を込める事で気づいたが、魔力を込める事自体、ある程度気力と集中力が要る。戦闘中にこの量の魔力を操作するのは難しいだろう。


「んんっ、あついな……。こんなに吸い取っても大丈夫だったのか」


「リノン大丈夫?」


 リノンが身じろぎをしたので俺は心配になった。


「問題ないぞ」


 もう出せないとなる少し前で止めた。リノンの尻尾は心なしか肉付きが良くなった気がする。


「あと、魔力を渡したり吸ったり出来るのは俺が竜王だからこそなんだ。他の奴で試そうとするなよ」


「あぁ、そうだったんだ。気をつけるよ」



 俺はさっきと比べて大分体温が下がったので身震いをした。

 もうすぐ支度をして宿を出たいが、リノンを服に入れたまま移動するのはどうすれば良いだろうか。そのままだと立ち上がったら滑り落ちてしまうだろうし、手で抑えるのも不安だ。


「リノン、君を服に入れたまま運ぶにはどうしたらいいかな」


「うーむ。脇に挟むのはどうだ?」


「ちょっと不安だけど……とりあえずやってみるか」


「おれが移動する」


 俺が体を傾けると、リノンは脇に向かってもぞもぞ移動を始めた。


「あっ、やめ、一旦ストップ!!」


 そうだ、俺は脇が弱かったんだ。リノンの爪が掠めた途端、くすぐったくてたまらない。

 自分の意思とは関係なく腹筋に力が入って筋肉が強張る。


「おい、落ちる!」


 俺が抵抗したせいでリノンが落ちそうになり、よけい脇にしがみついてきた。


 強張った腹筋が苦しくて呼気がちゃんとできない。苦しい。


「んいぃーん! あひゃひゃひゃ、あぐっ、リノンストップ! やめてぇー!」


 俺はくすぐった過ぎて涎を垂らしてしまいながらリノンを引っペがそうとした。

 リノンは振り落とされないよう必死だ。


「ケイ! 一旦落ち着いてくれ!!」


「ふぎゃーっ! うぎぎぎ」


「落ちる落ちる!」





 ……俺がベッドに横になると、リノンも暴れるのを辞めた。最初からこうすれば良かった。


 ベッドには俺の涎がついてしまった。自分の顔も、涎と汗でぐちゃぐちゃだ。



「あぁ、リノンごめんね」


「おれは大丈夫だ。お前は大丈夫か?」


「腹筋がいたいけど大丈夫だよ。丁度体も温まったし……」


 俺はみっともなく涎を口から溢しながら、虚ろな目で言った。


「そうだ、リノンが買ったさらしがあるじゃん。それ使おうか」


 竜族は肌が人間と違うなどの理由かは分からないが、リノンはさらしを熱心に選んでいた。


「そうだな」


 結局さらしを使う事に決まって、服屋と革製品の店で買った防寒具を付けてから宿を出た。

 せっかく時間もあるし、セルゲンの屋敷に寄って門番の人に挨拶を伝えて貰おう。

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