第16話 見事?な勝利




 俺は剣を取った。鞘から抜くのはさすがに良くないと思い、腰のベルトから鞘ごと取り外した。

 にしても重い。金属の塊なだけあって、片手で持つのは厳しいくらいだ。

 ちょっと重たい物を持ったくらいでは、筋力は上がらないらしい。いずれは腕も鍛えよう。


「アァン?! 舐めてんのかァ?! ヒョロガリ!!」



 男は俺が鞘から剣を抜かない事を舐めていると受け取って、凄まじい剣幕で怒鳴って来た。


 ひぃっ、怖すぎる。


「あの、ビアードさんに聞きたい事があるんですけど」


 俺は剣を構えて、男を見据えたまま後ろに立っているビアードに話しかけた。


「なんスカ?」


「この場合って正当防衛は成立するんですかね? この人に怪我させても俺は捕まりませんよね」


 俺は正当防衛について聞いた。

 まだ勝てるかは分からないが、もし加減を間違えて大怪我をさせてしまったら、法律が許さないかもしれないからだ。


 リノンからこの剣の性能を聞いたが、この剣は鞘に入っていても不安なほどに強いのだ。

 というか、鞘はあまり関係無いような剣なのだ。


「大丈夫ッスよ! 向こうからふっかけて来たんだし、半殺しくらいなら捕まりませんよ!」


「テメェ本当に舐めてんのかァ?!」


 ヤバイ。男を完全に怒らせてしまった。

 カッコつける意図はなかったが、段々と野次も集まって来て、逃げられる雰囲気じゃないし、そもそも人が邪魔で逃げられない。


「アイツいっつも調子のってんな!」


「あんなヒョロいガキがベックを倒せんのか?」


「やり合うなら腕の魔導具外せや」


 野次は口々にベックと言っていた。

 おそらく目の前の男の名だ。


 野次馬に言われたので俺は腕の魔導具を外して、駆け寄ってきたビアードに渡した。


 ビアードはリノンに腕輪を渡している。


「あなた、ベックと言うんですね。もうやめにしませんか? 俺は無意味な戦いはしたくない」


 さっき腕輪を外して戦う意思を見せておきながら、なんと矛盾した発言だろう。だが、今はキョドり過ぎて考えた発言は出て来なかった。


 俺は話しながら覇気を出した。

単に覇気をしまうのを辞めただけだが。


 これで怖がって逃げて下さいお願いします。



「ほう? テメェ、かなりの実力者だな。なら尚更止めねェよ!」


 ベックはそう言っていきなり剣を抜いて切りかかって来た。


「ふひゃ?!」


 これは殺す気じゃないか!!

この領地の法律はどうなっているんだ! コイツよく捕まらなかったな!

 てかこんな奴が野放しとかセルゲンは何やってるんだ! 全く。


 ベックにはもはや馬車の整理券を奪うと言う、当初の目的は無くなってしまったらしい。



 俺は何とかベックの攻撃を避けた。

 これは俺が良く見ていたアニメみたいな単純な斬撃では無い。

 一撃、二撃と、反撃できる隙さえなく、逃げ場を無くすようにして切りかかって来る。しかも俺の身長くらいある大剣でだ。

 剣で受け止めたら腕が折れるから、避けるしかない。


 避ける身のこなしが出来ているのも、あのとき気絶してしまうくらいの情報のおかげだ。気絶しといて本当に良かった。


「うひぃ」


 変な声が出てしまったが、野次馬の声でかき消された事を祈ろう。


 何度かベックの攻撃を避けていると、野次達が俺に暴言を吐くようになった。

 俺が何もせずにベックの攻撃を避けているだけなのに腹が立ったみたいだ。


 文句言うならお前らがやれよぉ!


「クソッ、ちょこまかと!」


「おらっ! さっさと決着つけやがれ」


 野次馬の一人が俺の尻を思いきり蹴飛ばして、俺をベックの前に押し出しやがった。


 まずい、この状態だとベックの攻撃は避けられない。


 ベックは一撃で終わらせるつもりで、大きく振りかぶって来た。

 俺にはそれがスローモーションの様にゆっくり動いて見える。

だが、俺がスローモーションより速く動けるわけでもない。


 いける。

 何故かは分からないが俺はそう思って、魔法を使う時の様に剣に魔力を込めた。


 剣の威力強化を発動させるのだ。


 俺は右手だけで剣を持ち、剣の平たい部分が当たる様にして右に振り、同時に魔力を込めた。

 すると速さが変わった。格段に早くなったのだ。


 剣は、振りかぶって来ていたベックの左腕の内側に当たった。俺だと粉砕骨折だが、彼の腕の太さならギリ骨折で済むだろう。多分。


 俺の腕だとこの勢いの反動は無傷で受け止めきれない。なので剣から直ぐに手を離して、右に振った遠心力に身を任せそのまま俺は半回転した。


 普通だとベックの攻撃は避けられなかったが、剣の威力強化によって生み出された遠心力のお陰で、大剣が肩に当たるよりも早く右に避けれた。

 これならそのまま大剣を振り落とされたとしても背中スレスレで当たらないだろう。


 本来の目的はこれだ。威力強化によって増した剣の遠心力で身体を引っ張ってもらい、相手の攻撃を避ける事さえ出来れば、攻撃力などは重要では無いのだ。


 ベックは打撃を食らった右手を離していて、隙間が空いていた。

 俺はそのまま剣をベックの顔の真横まで持ってきて、今度はさっきとは反対に左へ振った。


 剣に残った勢いだけでも、素の力なら剣を動かないようにするので精一杯だったので威力強化に助けてもらい、何とかベックに通用する攻撃力を生み出す事が出来た。


 それでも俺の肩からは怪しげな音が聞こえたが、剣は見事ベックの頬に当たり、彼は脳震盪で倒れたのだった。


 死んで無いよね? リノンさーん!!


「リ、リノン。この人大丈夫だよね」


 俺はベックに剣先を向けたまま、リノンに聞いた。

 俺は指の関節と肩が痛い。肘も動かしにくい気がする。

 それも段々痛みが引いてきて、一分程で治ってしまった。不思議な感覚だ。


「ああ、気絶しているだけだ。放っとけば治る」


 リノンは怪我とかも分かるのか。


 俺がベックから剣を向けるのを辞めると、野次馬達は口々に感心した様な言葉を吐き、ベックが勝つ方に金を賭けていた方は暴言を吐いて何処かに消えた。

 身勝手だなオイ。


 ベックの取り巻きはボッーとしていたが、気付いてすぐ彼に駆け寄っている。


 俺は泡を吹いているベックが少し不安で、新品のハンカチを投げた。


「これ、使ってあげてください」



 あ、投げたハンカチが顔に掛かった。なんかご遺体みたいになっちゃった……。


「ね、ねぇ。本当に俺、捕まらないよね」


 倒れているベックを見て、心配になった俺は再度ビアードに聞いた。

 取り巻きが必死に彼の様子を確認している。


「こんくらいなら絶対大丈夫ッスよ!!」


 俺はその言葉を聞いて安心すると、思わず膀胱から液体が出てきそうになってしまう。


 あ、そうだ。オシッコ漏れそうなんだった。


「ね、ねぇ。ビアード! この辺トイレない?!」


 ヤバイヤバイ! 今すぐにでも漏れてしまいそうだ。


「あー、こっちッスよ!」


 ビアードにダッシュで案内してもらった。



「え? ここ路地裏だよ?」


「こっちの右っ側ですれば誰にも見られませんよ! オレもよくここでしてるんス」


 そ、そうか。この時代は立ち小便や野糞が平気でされているんだ。

 実際、人間のうんこと見られる物が三個程転がっている。めっちゃくさい!


「うぅ……でも、建物を造った人に申し訳無いぃ」


「育ち良いんスね。でも立ちションなんてみんなしてますよ。

……あそこの美人さんも絶対してるッス」


 ええ?! あの美人さんもぉ?!!!


「ほらケイ! つべこべ言わずさっさとしてしまえ! 俺達はあっちを向いているから」


「え! オレはあんな強かったケイさんのがどんなのか見てみたかったッス」


 人の小便を見たいとか、ビアードはどんな趣味してるんだ。


「うぅぅぅ」


 だめだ! 漏れてしまう。両脚を擦り合わせた所で限界がある。


「ほら! あっちを向いているからな」


 二人は見ていない。今なら……。

いや、でも…………。



 あ、だめだ。


 俺は結局立ち小便をしてしまうのだった。


「ごめんなさいごめんなさい……」


 こんなに綺麗な模様のレンガを作った人に申し訳無い。

 そんな俺を責め立てるかのように、尿は容赦なくジョロジョロと大きな音を立てたのだった。

 リノン達には絶対聞こえているだろう。こんなの犬と一緒だ。



「おわった……」


「む、そうか。おれは考えたんだがな。水を掛ければお前の小便も幾らかマシになるのでは無いか? 小雨だと地獄だが、大雨なら雨が小便とその匂いを洗い流してくれる」


「それッス! 水魔法で洗えばいいッス!」


「うん……」


 リノンは呪文を唱えて、俺が造った水溜りに倍程の量の水を掛けた。


 本当に犬みたいだ。

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