第15話  初めての戦闘



「ケイさーん! この店ッスよ」


 銀行を出て、先に進んでいたビアードはこちらに向かって手を振った。


 この店とは、服屋の事だ。

 俺は学生服だし、リノンは、俺の元いた世界でいう古代の王族の様な服装だからまずはこれを何とかしなければいけない。


 リノンに強く手を握られながら俺達は店内に入った。

 高貴な雰囲気は感じられない。

 客もツギハギの服を着ているので、おそらく庶民向けだ。


「失礼します」


 こういう店では中学校時代の名残でつい声を掛けながら入ってしまう。

 店員さんはそれを貴族の礼儀正しさと勘違いしたのか、かなり畏まってしまった。

 ここで普通に振る舞うには、挨拶は最低限で良さそうだ。


「本日はどういった商品をお探しですか」


 若い店員さんを下がらせ、ベテランそうな店員さんが対応してきた。貴族がお忍び用の服を買いに来たと思われているのだろうか。


「別の街に行くのですが、そのとき着る物と、街中を歩いても違和感がない物を僕とこの人に何着か。

なるべくはやく頼めると助かります」


 俺はリノンを指した。リノンは後ろに隠れていたが、俺に指を指されたら恐る恐る前に出てきた。


「お二人様の旅に着る物と街中を歩く為の物ですね。承知しました」


 店員さんはきれいなお辞儀をして、カウンターに居る店員さんに目配せをする。


 何分かすると男性の店員さんが椅子を持って来てくれて、さっき目配せをされた店員さんは、トレイに服を乗せて持って来てくれた。


 対応に慣れている。

 多分、貴族がお忍びで来ることは何度かあるのだろう。


「なるべく早くと言うなら、既に出来上がっている物がおすすめです。まずは街を散策するのに最適な服をご用意いたしました」


 俺達は案内通りに椅子に座り、店員さんの説明を聞く事にした。

 庶民と同じ扱いで大丈夫ですなんて、もう言える空気じゃない。

 案内人のビアードもふんぞり返っている。ちなみにビアードは俺とリノンの護衛扱いをされて、椅子は用意されていない。ただ自慢げに立っている小物だ。




……



 しばらく説明を聞いて、よくこの街を歩いているビアードの助言もあり、俺とリノンに無事三着買う事にした。


 旅用の服だが、近くに革製品を扱っている店に、この店の製品を使った物があるそうだ。

 紹介もされたので、次はそちらで買い物をする事にした。


「ありがとうございます」


「3600シルなので……銀貨十二枚になります」


 先程銀行員さんが言っていたが、金の単位はシルと読むらしい。地方によって貨幣一枚のシルは少し異なるらしいが、この街ではだいたい銅貨一枚で三十シルらしい。


 お会計はピッタリの値段を出したのだが、一つ気になる事がある。


 この街にはチップ制度とかあるんだろうか。

 セルゲンとかイゴルさんあたりに聞いておけば良かった。

 俺が知っているこの世界の作法といえば、貴族と夕食を共にする事になったときくらいしか役に立たない。


 俺は丁度の値段の横に、試しに銀貨をニ枚、わざとらしく別で置いてみた。服一着分の値段だ。チップとしては多そうな気もするが、こういうのは多いに越した事はない。


「あの、二枚多いのですが……」


 店員さんは困った顔をしていた。

 しまった。ここではチップ制度は存在してないのか……。


 俺が間違えました、と言おうとした瞬間、ビアードが前に出た。


「これは旦那様からのお気持ちだそうだ」


 ビアードは完全に俺の部下になった気で威張っている。


「なんと! それはありがとうございます」


 店員さんは非常に感激した様子だった。

 おそらくチップ制度は無いだろう事は確認できたが、旦那様などと持てはやされるのは居たたまれなかった。




 店を出て、俺達は近くのベンチに腰掛けた。店に入ってから一時間ほど経っただろうか。


 ああ言う敬語を使う難しいやり取りはコミュ障の俺にはキツ過ぎる。俺の少ない陽キャパワーはもう底をつきかけている。


「うわーんリノンさーん! もぉー疲れたあぁぁあ」


 俺は大人に甘えるようにリノンに抱きついた。

 と言っても、体格差があるので傍から見たら人形を可愛がる幼児のような格好だ。


 こうして男子とじゃれ合うのは何気に小学生以来かもしれない。加減を間違えていないだろうか。

 そういえば俺は小学校高学年あたりから勉強と親孝行ばかり考えていたっけ。


「よしよし」


「はぁー、リノンさんは金木犀の香りがするなぁ」


「あぁ、こら」


 リノンからは本当にいい匂いがする。何かそういう香水的な物があるんだろうか。


 10分ほどリノンとイチャついていると、ビアードがソワソワしだした。


「革製品が売ってる店はあっちッスよ!」


 ビアードは灰に成りかけている俺に容赦なく次の店を案内しようとしてくる。


 ビアードはドSのサイコパスだ。


 まぁ、彼は10分以上立ち続けているので妥当なんだが。待たせて申し訳無い……。


「ほら! 行きましよ!」


「シャー!!」


 ビアードは俺の腕を引っ張って行こうとしたが、その際にリノンに触れてしまい尻尾で叩かれていた。


「ほらほら!」


 ビアードはリノンに尻尾で叩かれても気にせず俺を引っ張って行った。結構本気で叩かれてたのに強いなコイツ。


 結局、俺は根負けして革屋に行くのだった……。





「……らっしゃい」


 革屋の店主はけっこう威圧的な人だ。俺はもうそれだけで体が重い。


「ケイさん! これッスよ! あとコレと……」



 俺はビアードの助言に従い、気に入った物をカウンターに持って行った。

 ブーツ二足とカバン、剣を固定するベルトだ。


「銀貨六十五枚。金貨一枚と銀貨十五枚でもいいよ」


「はい」


 店主には申し訳無いが、金を払ったらさっさと店を出た。


 緊張したが、革製品も満足のいくものを買うことができて俺達は割と上機嫌だ。




「リノン凄い似合ってるよ! カッコイイ!」


「ふふん」


 靴も揃ったところで、俺達は着替える事にした。

 丁度いい路地裏があって、一人ずつ着替えてお披露目をした。ちなみに路地裏はじめじめしていてオシッコ臭い。絶対誰か立ち小便してるだろ。


 リノンに貰った剣も、ベルトにちゃんと固定されている。


「そうだ! 露店で食べ物買おうよ。みんな俺の奢りだ」


 時間的にも今は昼だ。場所的には今言うべきでは無いかもしれないが、付き合ってくれたお礼に美味しい物でも食べさせてやろう


「うお! アザッス! 良い店知っているんで案内しますよ!」


「お前が良いなら……」


 決まりだ。俺はウキウキのビアードに案内してもらった。



……



「おっ、形がきれいな林檎が五個で銅貨一枚ッスよ! 安い!」


「そ、そうなんだ。でも今は良いかな」


 ビアードは別の露店に目移りしていた。


 彼が案内した露店は、生地に魚や野菜を挟んで鉄板で焼く料理だった。めちゃくちゃいい匂いがするし、かなり繁盛している店だ。


「オレ、おすすめのヤツがあるんで買ってきます! 店主とも仲いいんで」


「ああ、幾らくらいなの?」


「三人で銅貨十八枚ッス!」


 ビアードに金を渡して、俺達は良さそうな場所に腰掛けた。リノンは涎を垂らしながら、尻尾でペチペチ音を鳴らしていた。


 しばらくして、ビアードは葉に包まれた料理を三つ買ってきた。近くで見ると思ったより大きい。これだけでお腹いっぱいになれそうだ。


 リノンはビアードから恐る恐る受け取って、匂いを嗅いでは尻尾を激しく振っていた。


「「「いただきまーす!」」」


 俺達は同時に齧り付いた。


「うまー!」


「やっぱウメェー」


 しばらくビアードは食べ物に夢中だったが、ふと俺の髪を見つめて来た。


「どうした?」


「……ふはっ、いや、ケイさんの頭ってポカトンみたいッスよね」


「ポカトン?」




「ケイ! いつまで食べているんだ? おれはもう食べ終わったぞ!」


 リノンは俺の足に尻尾をペチペチ叩きつけながら話しかけてきた。

 いっぱい食べれて良かったねぇ。


「ケイさん。次はどこ行きます?」


「うーんそうだな。他に必要な物ってなんだろう」


 俺としては図書館に行きたいが、それは最後でも良い。


「確かクラー領に行くんでしたよね?」


「そうだよ」


 ビアードはセルゲンから色々聞いていたようだ。


「馬車の予約をすれば、クラー領には半日で着きますよ!」


「おお! その手があったか」


「セルゲンには頼らないのか? それが一番早いと思っていた」


 リノンは少しほっとしたように言った。確かにそれが早いかもしれないが、俺としてはこういうのは自分で手続きして覚えておきたいし、セルゲンには金を手に入れるまで面倒を見てくれただけでも充分だ。


「いや、ここは自分でやってこういうのを覚えたい。いつもセルゲンに頼れる訳じゃないからさ」


「そうか。それもそうだな」


「最近クラー行きの馬車は急に少なくなって満員になりがちだから、予約しといた方が良いッスよ!」


 ビアードは俺とリノンに割り込んできて急かすように言った。

 本当に構ってほしい犬みたいだ。


「馬車の予約が出来る建物はあっちッス!」


 急過ぎるが、俺は食べ終わるとビアードに案内を頼んだ。



……



建物に着くと、料金の表を見てから営業をしている者に話しかけた。


「明日の分はもう売り切れみたいッスね」


「明後日のにするか」


 並んでいる者は十人くらい居る。


 どうやら前もって半分の料金を払って模様が入った木の板を貰っておいて、当日に板を見せ、もう半分の金を払うことで利用ができるらしい。


「銀貨十枚」


「はい」


 無事に予約をする事が出来た。ビアードが言う割に並んでいる者は少なく、俺が最後だったので窓口は直ぐに終わった。


「ルートが変わったので三日掛かります」


 三日か……でも、今を逃すのは無い。


「大丈夫です」


 どうやらルートが変わった事で、金額が倍以上になっていたらしい。

 どうりでおかしいと思った。ビアードが軽々と勧めるような値段には感じなかったのだ。




「良かったッスね!」


 俺達は建物を出て、近くの広場に向かう事にした。


「うん! 次は図書館に案内してほしいんだけど……」


 しかしビアードとの会話は見知らぬ男によって遮られる。男は大剣を背中に背負っていた。


「おい。その板を俺に寄越せ」


 めっちゃガタイの良い男だ。

 凄い威圧感にはいどうぞと渡したいが、こちらとしてはもう銀貨十枚も払ってしまったので渡せない。俺だけじゃなくてリノンも渡すか決める権利があるし。


「すすすみません。他を当たってください」


 俺はものすごくキョドりながら断った。

 だが、この男も引かない。肩を掴んできた。めちゃくちゃ力が強くて痛い。怖い。


 なんで俺がこんな目に! 


「ああ? どこの腰巾着野郎かと思えば、ビアードじゃねぇか。こいつはお前の飼い主か?」


 男は俺の肩を抑えて牽制しながら、ビアードに体を向けた。


「クラーにはボコしたい奴が逃げちまってよ。俺様が頼んでやってンだからさっさとよこすように言えや」


「ウッス」


 ビアードは完全にビビッて距離を取っている。こいつ俺を置いて逃げようとしてないか?


「当日払う金まで出せとは言わん。泣きたくねぇならさっさと板を置いて消えな」


 今度はこちらに話し掛けてきた。


「あ、あの、えっとぉ……」


 怖くて俺は言葉すら発せられない。


「渡さねぇってか」


 男は俺の肩から手を離して、距離を取ってから指をポキポキ鳴らした。


「ポカトンみてぇな頭しやがって! ぶっ殺してやる」


 ポカトンってなんだよ!


 多分、俺は舐められている。他の奴を脅しに行くより俺を泣かせて奪い取った方が早いと考えているのだろう。


 全くもってその通りだ! はいどうぞ!!


 リノンや案内してくれたビアードには申し訳無いが、俺は板を男に渡そうと取り出した。

 お金なんていくらでもあるんだからまた買えばいい!


 しかしその板はビアードによって奪われる。


「こいつはオレが預かっときます! 旦那ァ! ヤッちまってくだせぇ!」


 馬鹿ああぁぁぁぁ!!!!

 ビアードの馬鹿ァ!!


 相手はあんなおっきい刃物持ってるんだよ?! 殺すとか簡単に言うような奴なんだよ?! 金なんていくらでもあるんだから明日また来れば良いじゃん!


「お? やんのか? かかってこいやオラァ!!」


「おぉ!! 兄貴ィ! ヤッちまえ!!」


「ポカトンみてェな頭しやがって! 兄貴に喧嘩売るとかアイツ馬鹿出ぜェ!!」


 だからポカトンってなんだよ!!


 この男の取り巻き? 兄貴だから弟? みたいな奴等も出てきていた。コイツらは野次をするだけみたいだ。



 リノンは俺が勝つと思っているのか、気を利かせた風な顔をして距離をとった。


 誰かに助けを求める事は不可能。目を逸したらコイツに斬られるか殴られる。

 ヤバイ、オシッコが漏れそうだ。今朝冷たい水を二杯も飲むんじゃなかった。


 とりあえず俺は使いこなせるかも怪しい剣に手を掛けた。


 昨日この剣に触れて気絶したとき、剣術のような記憶が流れ込んで来たのだが、そもそも俺は剣道すら習った事が無い。勝つのは絶望的だろう。

 でもこちらから動かなければ殺される。


 怖い、オシッコ漏れそう、泣きそう。



 ……もうどうにでもなれ!


 俺は剣を取ったのだった。

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