第17話 アホ過ぎる鳥
「あの店はなんだ」
無事尿を開放した後、俺とリノン達は露店街を出て、店舗を構える店がある通りにいた。
するとリノンが急に立ち止まりある店を指差した。
おそらく雑貨屋だろうか。小さな建物だ。
「あれは雑貨屋ッスよ! そこそこの金持ちが使う店ッス。ペンとか櫛とかが売ってるんスよ」
「櫛?! 買えるのか?」
リノンは櫛と聞いて勢いが増した。欲しいのだろうか。
「リノンは櫛が欲しいの?」
「い、いや。高い物なら要らない」
やはり、リノンは櫛が欲しいのだ。
あれだけ長い髪なら、櫛は必需品だろう。どれ、奮発してやるか。
「買ってあげるよ。ほら、行こう」
「うむ……」
俺がリノンの腕を引いてやると、控えめながらも雑貨屋に歩みを進めた。
店内に入ると、分かりやすい場所に櫛が置いてある。
高い物から安い物まで、色々な種類の物を置いているみたいだ。
「どれがいい?」
「これ….」
リノンは一番安い木製の物を指した。本当にこれで良いのだろうか。
あまり高い物を買って気を使わせてしまうのも避けたいが、言われるがまま安物を使わせるのも良くない気がする。
「一番安いやつじゃん」
「安いのでいい」
「せめて丈夫な鉄製のやつにしない? 壊れたらまた買わなきゃいけないからさ」
「うーむ……」
良く見たらリノンに似合いそうなデザインの物がある。値段も丁度いいし、リノンにこだわりが無いならこれにしてやろうかな。
「これはどう? 他と比べればあまり高くないし、かっこいいじゃん」
「あっ! ……い、いや。お前の金で買うのだから、お前が良いと言ったやつにする」
リノンは一瞬目を輝かせたあと、すぐに元の表情に戻ってそう言った。多分これが良いのだろう。
少しくらい我儘言っても俺は怒らないのに。
他にもコップなども売っているので、それも買う事にした。
鉄製の食器をいくつか買い揃えた。
鉄製にしたのは、陶器製だと野外で使うなどには向いていないからだ。木製は、壊れたときに魔法で直すとなると、鉄製のときとは魔法が違うので鉄製より倍以上魔力を消費するそう。
リノンに聞いたところ、腕輪の亜空間には入り切るらしい。
まぁ、入らなくても亜空間に大きいバッグがあるので、それを使えば問題無い。
お会計を済ませて店を出ると、リノンは嬉しそうに買った物を眺めていた。
「お前が髪を褒めてくれたから欲しくなったんだ」
「そうだったんだ」
それは嬉しい。
「お前に褒めてもらえるように、毎日これで髪を梳かすよ。買ってくれてありがとうな」
リノンは尻尾を控えめに振りながら、頬を赤らめてはにかんだ笑顔をした。買ってやった櫛は大事そうに胸元で抱きしめている。
俺は居たたまれなくなって、顔を背けてしまった。
俺達はしばらく顔を合わせられ無くて、数十秒ほど沈黙が続いた。
「次は図書館ッスよね!」
沈黙を切り裂くように、ビアードがでかい声で話してきた。
これはちょっと助かったかもしれない。
「う、うん! 図書館で夕方まで情報収集して、その後宿屋にお願い」
「分かりました!」
俺とリノンは図書館に行き、ビアードとは約束の時間に合流する事になった。
……図書館は入場料がとても掛かった。警備も厳重で、これは庶民向けでは無いだろう。
だが以外に中は狭い。図書館を名乗っているが、実際はちょっと広めの学校の図書室レベルだ。
本の表紙に高い革を使っているので薄くするまいと、無駄に分厚く仕上げているので学校の図書館より冊数が少ないかもしれない。セルゲンにもらった地図の本が実際にそうだった。
図書館に来たので魔力眼の練習だが、本を読むときが一番練習になるそう。なのでリノンに見てもらいながらする事になった。
「おれは歴史について調べる。お前は?」
「魔法と生物学について調べようかな。俺にはまだ難しいかもしれないけど……」
あとは一般常識について調べたいものだが、多分、この世界は技術が進んでいないから本には重要な事しか書かないだろう。
本を書くには凄くコストが掛かるのだ。
セルゲンに貰った本も、厚さは5cmほどだったが、中身は全て手書きだった。
一応、板に溝を彫ってそこにインクを流すという印刷方式はあるらしいが、新聞などの安い紙で大量生産するような物にしか使われていない。
それほど作るのにコストが掛かる物に、俺が求めているような、この世界にありふれた情報を載せるとは考えにくい。
「分かりやすく看板があるな。おれはあっちに行っているぞ」
「一人で大丈夫?」
「人が少ないから大丈夫だ」
……少し不安が残るが、俺とリノンは情報を集める事にした。
「ほ、本当にあった……」
俺が探し求めていた常識の本があったのだ。
それは見るからに貴族向けの本で、『レノシーア王国の平民の常識』というタイトルと、金箔がふんだんに使われたきれいな革製の本。
レノシーアとは今居るこの国の名前だ。
確かに貴族になら平民の常識は需要があるかもしれない。
早速俺は、それと他に二冊本を抱えて閲覧席に行くのであった。
席に座って、リノンに言われた通りに魔力眼を意識して本を開いたが、やはり頭痛がした。だが、耐えられない程ではない。
よくある頭痛程度のものだ。
俺が再度本を開くと、次はリノンが小走りでこちらに向かって来た。
リノンは本も持たずに閲覧席に来ている。表情的にも何かあったのだろうか。
「リノン?」
話しかけると、リノンは俺の腕にしがみついてきて、走って来た方向を見ている。
俺もそちらを見てみると、趣味の悪そうな小太りの男がこちらを見つめながら歩いて来ていた。
気持ちの悪い視線をリノンに向けていて、俺は気分が悪い。
じゃらじゃらと装飾の音を立てながら、ゆっくりこちらに向かって来た。
「すみませんな。そいつはうちの従者なんですよ。こちらへ引き渡してくれませんかな?」
男はいやらしい笑みを浮かべながら、リノンの事を指して話している。
リノンがこの男の従者な訳がない。これはおそらく不審者というやつだろうか。
「いいえ。この人は俺の友人です。人違いでは?」
少しだけ覇気を放ちながら、俺は男を睨んだ。先程覇気を放ったときに加減が分かるようになったのだ。
「あぁ、確かによく見れば違うかもしれない。すみません。人違いだったようですな」
小さく舌打ちをしながら、男は去って行った。こいつ絶対悪い奴だ。
「リノン、何か言われた?」
「竜族の奴隷は高く売れると言われた……」
はぁ?! あのクソオヤジ! 一発殴っとけば良かった!!
「俺行ってくる」
俺が立って男を追おうとすると、リノンが服を引っ張って止めた。
「ま、待て。もう大丈夫だから! 冷静になれ」
リノンは小声で止めてきた。大きな声を出さないようにしているのだろう。
確かに、ここで騒ぎを起こすのは数人居る他の客に迷惑をかけてしまうかもしれない。
そもそも人を殴るなど柄では無いし、何故俺はああ思ったのだろう。
多分、異世界に来て俺は不安定なんだ。
休めるときにしっかり休んでおくべきかもしれない。
「ああ、ごめん」
「本を読んで落ち着け。気になっていた事があるのだろう?」
俺はリノンに言われて思い直し、席に座って生き物の図鑑の本を開いた。
まずはポカトンについて調べる。気になって仕方なかったのだ。
俺はポカトンと記述されたページを見つけた。鳥類の章にあった。
『ポカトン。別名アホ鳥ともいう。
この鳥の特徴はとても大きくて先端が黒っぽい冠羽があるのと、ひと目見ただけで頭がとても悪そうだと感じる事。
体の大きさは十歳の子供ほど。
あまりにも頭が悪すぎて、近年数が激減している』
あ、アホ鳥……?! やはり蔑称だったか!!
しかも、『ありえないほど頭が悪く、良く冠羽を引っ掛けて無くしたり、引っ掛けたまま外れずに餓死するのは日常茶飯事』と書いてある。この世界に来たばかりのとき、斜面から転げ落ちた俺そのものじゃないか!!
その下の文も読んだが、必ずと言って良いほど、信じられないくらい頭が悪いだの間違いなく世界一のアホというような文で始まる。
もし国語でここのページの問題が出て、この鳥について筆者が伝えたい事は? というなら、正解出来るのは間違いない。
「はぁ……」
「どうした?」
ため息をつくと、気になったリノンが俺の本を覗き込んできた。
「ブフッ」
リノンは内容がよほど面白かったのか、吹き出したあとも肩を震わせて苦しそうにしている。
「ひひひっ、ごめっククククッ」
「うん」
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