第13話 リノンの苦悩②

 生まれ変わりの名前、ケイと言うのか。


「寒い! 今は衰弱している常識なんだ。体温を作れないから温めてくれ」


 入念な確認が終わったおれはそう言ってケイに抱きついて、彼の魔力が一定の値になるまで吸い取って自分の物にした。


 急に抱き付くのは少し不自然だっただろうか。だが、体温を作れないのは半分真実だ。

 ケイは驚いていたが、おれは魔力で異常なまでに火照った彼を楽にしてやりたい。


 魔力を吸い終わって、ケイは少し楽になった表情をしていた。吸い取る魔力の量は間違っていなかったようだ。


 魔力の動きは感情で変わる。器という器官が、感情や心の中心核である魂にあるからだ。

 ケイは不安を感じていて、そのせいで余計魔力を引き寄せていたらしい。



 その後色々あり、駄々を捏ねてケイと共に行動出来る事になった。


「じゃあ、俺は商人さんと会ってくるから。リノンはこの部屋でおとなしく待っててね」


 どうやらケイは俺を子供だと勘違いしているようだったが、別に構わない。

 説明するタイミングが来たらそのとき話そう。



 ……商談が終わり、ケイが部屋に戻って来た。


「リノンさん、話をしたいんだ」


 ケイは先程さんを付けるなと言ったのに、またさん付けで呼んできた。

 屋敷の者に何か言われたのだろうか。




……



「ゔっ」


 ……久しぶりに、先ずは相棒から返そうと思ったが、ケイは剣に触った途端気を失ってしまった。

 体に異常がある訳では無い。彼の魔力組織が脳に大量の情報を押し込んで、それに耐え切れず気絶したのだろう。

 ずっと前、ヴィスタが言っていた。自分が死んで転生しても、すぐにおれを守れるよう、武術や役に立ちそうな記憶は魂に刻んでいずれ思い出せるようにしておくと。


「よいしょ」


 おれは何とかケイをベッドに寝かせた。


「……記憶喪失という病気があると聞いた事があるが、こんな感じなんだろうか」


 しばらくケイを見ていると、扉をノックされた。

 人間の気配だ。武術は多少出来るが、今の魔力不足で弱っている状態だと突然殴り掛かられたりしたら勝てないかもしれない。

 不意打ちの恐ろしさは充分知っている。


「……」


「ケイ殿? 大丈夫ですか?」


「け、ケイは無事だ」


 声が震えてしまったが、何とか返答する事が出来た。


「何かあったんですか?!」



 無事という言い回しをしたのが良くなかった。

 まぁ、それ以前に返答はケイがしたほうが良かったのだろうが。


 ドアの向こうの人物は入って来てしまった。


「け、ケイ殿?! 何故ベッドに……」


「あ、大丈夫だぞ。ほら息もしているし、疲れが出ただけだ」


「そうか、彼は疲れていたのに私は何と気遣いの足りない……」


 適当に説明をすると信じてもらえた。


「失礼、私はここハイリードルフ領領主の、セルゲン・ハイリードルフです」


 セルゲンという男は、急に片膝になって名乗った。ずいぶんと仰々しい。


「あ、お、おれはリノンだ……」



「突然申し訳無いが、そちらの生まれや身分を教えて頂けないだろうか」




 ……セルゲンという男に、おれは適当な身の上を説明した。

 ここはかつてハイメルナと敵対していた国の一部だ。

 戦争から四百年経っているとはいえ、ハイメルナと関係あると答えたら、何をされるか分からない。


 おれは、まずは歴史を勉強するべきだと気付いた。


「リノン様……殿については分かりました。人間はなるべく近付けないようにします。私達も、リノン殿の前には極力出ないようにします」


「あ、う……おれに、気遣いは無用だ……」


 そう言うと、セルゲンは少し笑ってから部屋を出た。意外と気遣いの出来る良い奴だった。

 だが、態度が仰々し過ぎるのが気になった。気付かれたか……?




……



「えっ」


 しばらくして、ケイが起きた。


 水を飲ませたが、ケイは魔法についてはほとんど何も知らないようだった。

 ケイはかつて見た異世界人というものなのだろうか。


「なぁ、お前の出身は何処だ? 魔法について何も知らないなんてありえないぞ」



 ケイに出身を聞いたが、先ずはおれから話す事になった。


 おれは説明をしたのだが、ここがかつてハイメルナと敵対国だったという事は、なるべく説明を省いた。

 ケイはセルゲンに恩を感じているので、おれとセルゲンどちらにつくか分からないからだ。



「次はお前だな。お前の出身は何処だ?」




 ……ケイから出身を聞いたが、やはり異世界人だったようだ。故郷に戻りたいらしく、ずっとおれと居てくれる訳じゃないみたいだ。


 聞いたときは胸が張り裂けそうになったが、こいつにも家族が居て、こいつだけの世界がある。

 それを無視して無理矢理側に居させるなんて、とてもできなかった。自分の世界が無くなる感覚は自分が良く知っている。


 だが、異世界に戻るのはおそらく不可能であろう。

 だから側に居ろとは言わないが、無謀な挑戦は誰も幸せになれない。





……



 ……ケイに異世界に戻るのは難しいと伝えたが、喧嘩になってしまった。

 今はケイに言われて部屋の外に居る。


 ケイは知らない世界で不安だったのに、おれはそんな事も考えられず、自分ばかり優先してしまった。


 トラウマを思い出してしまったのだ。五百年近く経つが、偶に夢に出てくる。

 あの絶望的な表情をヴィスタの顔がすると考えると……。


「……あぁッ」


 しまった。取り乱してしまった。

 これを想像するのは駄目だ。過呼吸になってしまう。



「おい、大丈夫か?」


「ひっ?!」


 警護役が居ないと安心したが、丁度交代のときだったかららしい。



 この警護役は強い。ハーフリザードだろうか。

 本当に時代は変わったものだ。四百年前なんかは、亜人と人間のハーフなんかほとんど見なかった。

 リザードマンは部下にもたくさん居たので、こいつなら気を抜いて話せる気がする。


「この部屋に居る、ケイという奴と喧嘩してしまったんだ。おれが全て悪い」


 ケイに無謀な事をしないで幸せに生きて欲しいのも、全部自分のエゴだ。おれはケイの絶望や不安を無視して、彼のほんの小さな希望を踏みにじるような真似をした。


 イゴルという青年は顔に古傷があった。形的に、リザードマンの爪で傷つけられたみたいだ。


「そ、そうか」


 こいつは人見知りなんだろうか。おれが立ち上がった途端、怯んだ様子を見せた。


「どうして喧嘩になったか話してみろ」



「おれはケイに魔力を貰わないと、百年以上この弱った状態でいる羽目になる。ケイも、かなり高度な結界を覚えるまではおれが居ないと体調を崩してしまう」


 おれはイゴルという青年に話を聞いてもらっていた。



「そうか、二人は無くてはならない仲なんだな」


「うむ。喧嘩をしている場合じゃないんだ。全部おれが悪いから、早く謝りたい」


 だが、ケイは相当怒ってしまっていて話を聞いてくれるか分からない。


「俺が様子を見てやろうか」


「いいのか」


 イゴルという青年は、思っていたより面倒見の良い奴のようだ。



「大丈夫か?」


「ご心配おかけしてすみません、リノンと喧嘩しちゃって……」


 ケイの声色は落ち込んで元気が無い。


「ほら、もう怒っていないようだぞ。仲直りしたいのはあいつも同じだ」


「感謝する……」


 イゴルのおかげでケイと落ち着いて話す事が出来そうだ。本当に助かった。


 ドアを開けようとすると、ケイも同じようにドアを開けようとしていたみたいで、おれたちはぶつかってしまう。


「「うわっ」」


「ケイ! ごめん!」


 とにかくおれは謝った。ケイには本当に申し訳ない事をした。



……


 色々あって、今日の夜。

 少し気になる所はあったが、ケイとは仲直りする事が出来た。彼があんなに怒ったのは、どうやら知らない世界に来た不安だけでは無さそうだった。


 あれからケイと行き先も決めた。彼はおれが面倒を見た事がある異世界人の研究書を見て、元の世界に戻るか決めたいみたいだ。

 おれがケイの未来を狭めてしまったようで心苦しいのだが、それでもエドノのような末路を辿るのは絶対に止めたい。


 あんな死に様を見るのは二度と御免だ。それがヴィスタの生まれ変わりとなれば尚更。


 だが、これもおれのエゴなのかもしれない……。



「リノン、明日は商店街に行って買い物だ。金はあるから、好きな物を買って良いからな」


 ケイはおれの事を手伝えない事を心苦しく思っているようだ。

 だが、おれは彼が幸せに生きれるならばそれで良い。

 まぁ、ケイがヴィスタの生まれ変わりだからとかのおれのエゴ全開なんだが……。



……


 ケイはもう寝ただろうか。


 おれはケイに迷惑を掛けないよう、なるべく離れた事を確認して、掛け布団をよく掛けた。


「ふぅ」


 竜族は人間などと比べて性欲と言うものは無いと言って良いほど希薄だ。

 それでも、四百年、身動きが出来ない状態で、我慢出来る程度だが、そういう事をしていなければ溜まるものは溜まる。



「ひゃっ?! お、起きてるか……?」


 おれが夢中になっていると、ケイが突然抱きついてきた。


 しまった、尻尾が上がってしまっている。


 尻尾は大事な所をガードする役割のある重要な部分だ。

 常に下げているのが普通で、“そういう事”をするとき以外絶対に上げる事は無い。

 これでは興奮してそういう事をしたがっているのが丸わかりだ。


 変態だと思われた。もう終わりだ……。


「……」


 おれが一瞬のうちに色々考えていると、十秒ほど経ってもケイは何も返さなかった。

 良かった。寝ているのだろうか。

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