第9話 他の異世界人



「……お前はこちらに来たときは転生か転移どちらだったんだ?」


 俺がのんびり水を飲んでいると、リノンはそんな事を聞いてきた。まるで前例があるかのようだ。


「転生が死んで生まれ変わるって意味なら、俺は転移の方だと思う。

赤ちゃんから始まった訳でもないし、服装もそのままこっちに来たから」


「じゃあ同じ条件か……」


 リノンはボソッそういった。やはり同じような事が前にもあったのだろうか。



「……なぁ、お前は本当に故郷に帰りたいか?」


 リノンは確認するように聞いてきた。不安そうな表情で、言い方的に否と答えて欲しそうだ。


 だが、俺は迷い無く肯定した。


「そりゃあそうだよ。何でそんな事聞くんだ?」


 リノンは何か言い淀んでいるようだった。




「…………言いにくいんだが……お前が自分の故郷に帰ることは難しいだろう」


 しばらく黙り込んでどうしたんだと思ったら、リノンは衝撃的な事を言い出す。

 彼は非常に言いにくそうな顔だった。


 どういうことだ?


「……そう、なの?」


 急に部屋の空気が変わる。


「世界を渡る魔法の研究は昔からされていたんだ。でも、基礎にすら遠く及んでない。それは今の時代でも殆ど変わらないだろう」



 リノンは無表情でそう言い放った。


 ああ、俺はこうやって厳しい現実を突きつけられるのが苦手だ。


「まして魔法の概念すら理解出来ていないお前では研究することすらままならない。

おれも出来る限り協力するが、今まで何千年か生きてきた経験上ではなんとも……」


 信じたくない。無理があることは何となく分かっていたが、リノンの言葉を聞くたび心が乱される。

 言い方も言葉のニュアンスも全く違うのに、あの兄の言葉と重なって聞こえてしまう。頭が割れるように痛い。


「だから覚悟を決めて欲しいんだ」



「……何でそんなことを言うんだよ」


「お前には人生を無駄にしてほしくないんだ。おれに協力しろとは言わない。ある程度調べて、無理だと思ったら諦めて幸せになってほしい」


 いや、リノンは兄とは違う。俺の為に言ってくれているんだ。

 無謀な事をして後悔しないよう、嫌われるのも構わずちゃんと言ってくれている。



「それはどうしても無理だ!」


 すごく強い言い方になってしまった。俯いて表情を見せないようにしているから、激怒したように思われてしまっただろう。


 リノンは俺の為に言っていて、俺はそれを正直に受け止めるべきだ。

 なんで俺はそんな簡単な事が出来ないんだ。


「一人にしてくれ」


 俺がそう言うとリノンは泣きそうになって部屋から出て行った。目つきが鋭くなってしまったかもしれない。

 俺は最低だ。


 気持ちの整理が出来なくて、ベッドに突っ伏した。




 ……俺はこっちに来たときからずっと不安だった。家族の顔はもう二度と見れないかもしれない。

 知らない世界でひどい扱いを受けるかもしれない。

 いろんな不安がない混ぜになってぐちゃぐちゃだった。

 そんなときに家に二度と帰れないなんて言われて、不安でどうにかなりそうだったのだ。







……



 俺はしばらく心の整理をつけていた。



「あれはなかったよな……」


 俺はもう15歳だ。不安だからって癇癪を起こす子供じゃない。

 リノンに謝らないと。


 彼だって、意地悪で言った訳じゃないだろう。長い人生経験を元に、適切なアドバイスをしたんだ。


 帰れるにしろ帰れないにしろ、リノンには俺の魔力を取ってもらう必要があるし、今の彼にとって頼れる人間は俺くらいだろう。

 こんなことで喧嘩をしている場合ではない。

 すぐにでもリノンを探して謝ろう。



「大丈夫か?」


 ドアの向こうからイゴルさんの声が聞こえる。丁度来たところだったんだろう。


「ご心配おかけしてすみません、リノンと喧嘩しちゃって……」


「すぐに仲直りおけ。お互いなくてはならない仲なんだろう?」


 イゴルさんは俺以外とも話している様子だった。メイドさんだろうか。



 リノンを探して謝ろう。彼はあれでも心は大人だし、俺さえ冷静になれば話し合いは出来る筈だ。


 俺は部屋を出ようとドアノブに手を掛けて力を入れたが、異常に軽い。

 いや、向こう側からも開けようとしてきている。


 気付いたときにはもう遅かった。俺は向こう側に居た人物と激突してしまう。


「「うわっ」」


 向こう側に居た人物はリノンだ。

 入って来るならノックをして欲しかった。


「ケイ! すまなかった!」


 どちらについてかは分からないが、リノンは俺に謝って来た。俺も謝らなければ。


「俺もごめん。リノンは俺の為に言ったのに」


「いやいや。ケイは突然見知らぬ世界に来て不安だったのに、おれこそ配慮に欠けていた。すまなかった。

もう無謀だとかは言わない」



 リノンは勢いよく起き上がって頭をさげたら、起き上がろうとしている俺によじ登って来た。逃げるとでも思ったのか。

 俺はリノンを手で支えながら起き上がった。


「リノンは何も悪くないよ。強い言い方をした俺が悪い。本当にごめん」



 リノンは俺の顔を覗き込むと何故か悲しそうにして俯いてしまった。変な表情をしてしまっただろうか。


「お前は本当にそんな余裕があるのか」


 リノンはボソボソ喋ったので、俺には聞き取れなかった。


「リノン?」


「言い返したりしても良いんだぞ。おれだけがお前の本心が分からない」



 確かに、ちゃんと仲直りするにはお互いの本心を伝えないとな。


「俺はリノンに強い言い方をしてしまったのを深く後悔しているよ。だから謝る」


「……」



 リノンはまたもや俯いた。




……


 

 イゴルさんの目もあるので、部屋の扉を閉めて、ソファに移動した。




「実は、お前以外にも異世界から来たやつを見たことがあるんだ。そいつを見てきたからこそ、お前に諦めるよう言ってしまった」


「俺以外にも異世界から来た人間が……?」


「そうだ。そいつはお前と同じように元の世界に帰りたがってな。世界を渡る魔法の研究をしていた」


 そうだったのか。俺と同じ世界とは限らないが、参考になりそうだ。


「その研究は最終的にどうなったの?」


「彼は諦めずに研究を続けたが、最後の最後に基礎にすら遠く及んでいないと分かってな。絶望しながら死んだんだ」


 リノンはやるせない表情だった。本当に悔しいと思っているのだろう。


「そうだったんだ。

……リノンは俺に絶対研究して欲しくないって思ってる?」


 一応、リノンが嫌がっているか聞いておこう。俺からはほとんど返せないのに、リノンは俺の都合に全面的に協力をせざるを得ないのだから。


「今から話すのは全ておれの願いで、命令とかそういうのでは決して無い」


 そう言って、リノンは自らの心情を話し始めた。


「研究は絶対にして欲しくない訳じゃ無いんだ。

最初から諦めるのは無理があったが、お前にはどこかで踏ん切りをつけて欲しい。おれの事に協力しろとは言わない。ただ、もうあんな死に方を見るのは嫌なんだ」


 確かに、その通りかもしれない。

帰れないなんて想像もしたくないが、どこかで諦めるというのも考えるべきなのかも……。



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