第10話 旅の地図
「ああ、そういえば、セルゲンがお前に伝言を頼んでいたぞ」
あっ、そうだ。セルゲンに頼まれた事忘れてた。
「それで、セルゲンさんは何と……?」
ヤバイ、完全に頭からすっぽ抜けていた。
確かリノンの出身を聞いてこいって言っていたっけ……。
「お前の体調を心配していたのと、必要ならこの街の良い雑貨屋とかを案内させる者を付けるって言っていたぞ」
「リノンの出身についてとかは何か言ってた?」
どうしよう。怒ってはいなさそうだけど、大人の言うことをちゃんと守れなかった。反省せねば……。
「おれの出身についてはおれからあいつに言っておいたぞ。まあ、嘘を言ったがな」
リノンは本当に人間を信用していない。まぁ、あんな仕打ちを受ければ仕方ないし、説明しても封印されていた強王っていう訳で、どんな対応をされているか未知数だ。
俺もその嘘に付き合えるよう、詳しく聞いておこう。
「嘘とは?」
「おれはお前の魔力渦を感知して泳いできた、遠くの深海の竜族だと言った。海にも竜族は沢山住んでいるからな。おれの尻尾の鱗は海の竜族によく似ているから、信じたと思う」
「服装については大丈夫だったの?」
「昔沈没した船から拝借した物だと言ったぞ」
「なるほど」
海にも人と同じくらいの知性ある生物がいるのか。なんか凄く大きなスケールを感じる。
「そうだ。異世界から来た俺が禁忌に触れるとかは無いのかな?」
俺はこの街に来てから、ずっと気になっていた事を聞いた。リノンなら他の異世界人を見ていたらしいし、信用出来るから聞けている。
「全く聞いた事が無いな。だが、おれと同じように説明が難しいし、信じてもらえなさそうな出処だから特殊な生まれと言って説明を省くとかが良い気がするぞ」
「そうなんだ。安心したよ」
「ああ、そういえば……」
「ん?」
リノンは、急に何か思い出したようだ。
「カバンに地図が二つ入っていたぞ。余計なお世話かもしれないが、折り目が付きそうだったからカバンから出しておいた」
「地図? 街とかの場所が書いてあるの?」
驚いた。セルゲンは予想以上に気が利く男だったようだ。
「ああ、近辺の街と地形が記号で表されている物と、街についてより詳しく説明された本のやつがある」
リノンは持ってきてくれた。
本の方を開いて中を見たが、それによって情報が流れ込んできて少し気持ち悪くなってしまった。
「ゔぅ」
そうだった。文字を見たり新しい言葉を聞くとこうなってしまうんだった。
「大丈夫か?」
「何でか分からないけど、文字を見ると意味とか発音の情報が頭に流れ込んでくるんだ」
「あぁ、それはその魔力眼とヴィスタの記憶があるからだろう」
何だそれ。でも確かに、一日中勉強したような頭痛に、思い出すような感覚も混じっている気がする。
言葉が訛った程度に少し違う風に聞こえるのも、時代とかそのヴィスタとやらの知っている地域の訛りと違うから、だとしたら説明がつく。
「ヴィスタも銀の魔力眼を持っていくいたぞ。魔力を引き付けて銀色に染まる体だからこそだな」
リノンは俺の頭痛が治まるのを待って、魔力眼について説明を始めた。
「銀色の魔力眼とは風景をそのまま魂に焼き付ける物だ。銀の虹彩と瞳孔が情報を何度も反射して体に焼き付ける」
リノンは俺の目を覗き込んだ。
少し気まずい。
「魔力の込める具合で覚える程度が変わるから、練習すれば頭痛は緩和されるだろう」
「今度練習手伝ってぇ」
「もちろんだ! ヴィスタはその目を他人の剣術の模倣や勉学に使ったんだ! お前もいずれそれが出来るようになるぞ」
リノンは自慢げな表情をしながら、指をずいっと俺の目に近づける。
俺は寄り目になってリノンに質問をした。
「それでヴィスタの記憶? を思い出すのは何で?」
「お前の中にあるヴィスタの魂とその魔力眼が魔力組織として繋がっているからだ。
おれには見えるぞ。魔力眼に魔力組織を通じて刺激された魂が、前世の知識を思い出している。残念ながら想い出や一部の知識などはは完全に無くなってしまったみたいだがな」
「魔力組織?」
「体内にある魔法陣みたいな働きをする器官の事だ。魔法陣は魔力を流す事で効果を発揮するが、魔力組織も魔力が流れると決まった働きをするんだ」
なるほど。でも魔力組織とはそんなに簡単に作られる物なのだろうか。肉とか骨でできていたら病気とか大丈夫なのか?
「魔力組織って肉でできてるの? 頻繁に出来たりして病気とかにならない?」
「魔力組織は実体がある物じゃなくて、魂と同じようにエネルギー体でできているんだぞ? それ自体、特定の種族以外ある奴がかなり希だから、病気では無く奇形として扱われるな。まぁ、お前は大丈夫そうだから心配は無用だ」
それなら平気か。でも一応、頭痛になったらリノンに見てもらおう。
エネルギー体がよく分からないが、セルゲンはこの街には図書館があると言っていたし、聞いてばかりいないで図書館にでも調べに行こう。
「お前にはもう一つ全身に広がっている魔力組織があるんだが……。再生能力と関係しているが、他の機能も有りそうだ。
これは複雑で機能しているときでないとどういう物か分からん」
「再生能力……」
少し不安だが、リノンは大丈夫そうと言っていたし、あまり気にし過ぎも良くない。
……
「地図は見れそうか?」
「うん」
……リノンの説明を聞き終えると、地図について話題を変えた。
「えーっと、ここがハイリードルフで、こっちがクラー領って場所か」
地図のおかげで次はどの方角に行くか決まった。本には地図の見方まで載っていたから、すぐ読み方が分かったのだ。
「うーむ。だがどういう街かわからんな」
そうだ、リノンと俺じゃあこの世界を知らなさ過ぎる。誰かに助言を頼むべきかもしれない。
でも、リノンは人間が苦手だし……。
そうだ、イゴルさんが居るじゃないか! 彼は正確には人間ではないし、様々な場所に行ったことがあると言っていた。
夜間から早朝はこの部屋を警護してくれているから、もう暗くなりつつあるこの時間帯ならちょうど来ているはずだ。
「ねぇ、助言を頼みたいんだけどリノンはイゴルさんなら大丈夫?」
「そいつなら……」
早速部屋を出ると、部屋の前にはやはりイゴルさんが居た。
「あの、俺達別の街に行きたくて、助言を頼めますかね?」
「……そうか。いいだろう」
…………イゴルさんはやはり近辺の街や村に詳しい。どのルートで行けば安全か、街の雰囲気など、たくさん有益な情報をくれたのだった。
俺達はその情報を元に、具体的なこれからの予定を組んだ。
ちなみに俺達はクラー領というに行くことに決めた。
「お前は転移の魔法について知りたいのか?」
「え、ええ」
イゴルさんに街の本屋に転移関連の本が無いか執拗に聞いていたら、俺はイゴルさんにそう返された。
「そういえば、この国の王城にそれについて世界で一番解明が進んでいる研究書があるそうだな。まぁ、高度過ぎてその研究書を理解出来る学者がいないらしいが」
リノンは俺の後ろに隠れ気味だったが、その話に勢いよく食いつく。
「その研究書を書いた人物の名はエドノ・タロベーレと言ったりしないか?!」
エドノ・タロベーレ? 変な名前だ。
「ああ、よく知ってるな。物好きな友人から聞いた話なんだが」
リノンは俺に耳打ちをしてきた。
「エドノとはさっき話した研究者の異世界人だ。おれが保証する。その研究書が一番解明が進んでいるぞ」
マジか。めっちゃ有益な情報じゃないか。
四百年前の研究が未だに進展していないということは、転移魔法とは俺が想像しきれないくらい高度なのか、誰もやりたがらない研究なんだろう。
「最終的に目指す場所は王都で決まりだな」
リノンは勢いよくそう言ったが、イゴルさんは頭上にハテナマークを浮かべていた。
王城に入って研究書を見せてもらえるかは怪しいが、行かないことには何も始まらない。
俺は勢いよく返答をする。
「うん!」
その後、イゴルさんは助言をし終わって部屋を出て行た。
リノンは彼と仲良くなれたみたいで良かった。ずっと心配だったのだ。
「リノン、俺決めたよ」
「何をだ?」
イゴルさんが出て行ったのを確認して、俺は真剣な顔になった。
「俺、そのエドノって人が書いた研究書を絶対に見る。そして、その研究書を見て帰るのを諦めるか決める」
俺は覚悟を決めた。さっきリノンと話した止め時の事だ。
「分かった。おれも出来ることは協力するよ」
「ありがとう」
リノンには本当に頼ってばかりな気がする。せめて彼に対する資金運用については惜しまず使おう。沢山食べて元気になってほしい。
「ケイ? お腹が空いたのか?」
色々考えているうちに俺の腹がキュルキュル鳴ってしまう。考えていた事だけにちょびっと顔が熱くなった。
リノンだけじゃなく、俺もちゃんと食べないと元も子もない。
こっちでは昼食の習慣は無いので、現代っ子の俺はどうしても腹が減るのだ。
「ご、ごめん」
「大丈夫だ。セルゲンには夕食はおれとお前の二人で部屋で食べると伝えたからな。もうすぐ運ばれて来る頃だ」
晩餐は客人と取るものと聞いていたが、断って失礼じゃなかったろうか。
おそらくリノンが人間を恐れてはいるが自分より下に見ているのは、自分が強い種族とされる竜族だからなのと、元王族故だろう。
セルゲンには本当にお世話になってしまったし、せめて明日は宿とか調べて、そちらに泊まらせてもらいたい。
お金なら持ってるし。
……
少し後。
メイドさんが夕食を運んで来てくれた。
メイドさんは口から大きな八重歯が覗いている。リノンへの配慮で、亜人さんに担当してもらっているのだろうか。
「失礼致します」
料理はキャスター部分が光る石になっているキッチンワゴンのような物で運ばれた。
石の力なのか、ワゴンは地面から浮いている。これも魔法というやつなのだろうか。
「ありがとうございます。ほらリノン、美味しそうだね」
「うん……」
リノンに優しく声をかけるが、やっぱり俺の後ろに隠れた。だが、今朝よりは避けていない。
無理は禁物だが、これから行く街は人間が多いので少しは慣れた方が彼の為だ。
「失礼しました」
……リノンはメイドさんが居なくなった途端、料理に目を輝かせた。
「ケイ! これはなんの料理だ?」
「魚のスープだよ。浅瀬で取れる魚なんだって」
リノンは細い身体に似合わず大食いのようだ。
俺は小食気味なので、脂っこいものはリノンに食べて貰った。
「いいのか?!」
「たくさん食べな」
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