第7話 ロヴナ商会


 リノンを部屋まで案内して、俺は商人と顔を合わせる事になった。


 セルゲンが商人達を部屋に連れて来て、商人は向かいに、セルゲンは俺の隣に座った。

 商人の従者と執事さんは座らずに立っている。

 なんちゃらベアの素材は机の上に、布を掛けた状態で置いた。



「はじめまして! オイラはロヴナ商会のポルコス・ラナウと申します! こいつは弟子のレウです。本日は宜しくお願いいたします!」


 ポルコスは小太りの元気なオッサンだった。気の良さそうな笑顔で、この人は信用しても良さそうだ。

 レウという人物も、ニコニコしてて親切そうな青年だった。


「はじめまして。ケイ・ヒガノです」


 握手をして、早速素材の鑑定に入った。

 素材の鑑定はポルコスがやるみたいだ。


「おお! これは間違いなくアークブラッドベアの角と魔石だ!」


 虫眼鏡みたいな物で角と魔石と本とを交互に見て、ポルコスはそう言った。

 執事さんは頷いている。


「この個体は歴史上でもかなり大型のようですな! 魔石はヒビが入っているが、角は状態がいい。剣の跡も魔法攻撃の跡も無い」


 ポルコスは感動していた。


「はっはっは。そうでしょうな。なにせケイ殿は覇気で倒したのですから」


「えぇー! アークブラッドベアを覇気で!? そんなの、まるで強王ではないか!」


 ん? 強王?? なにそれ。めっちゃ中二病っぽい。

 気になるな。だが、ここで聞いても良いものだろうか。


 うーん、辺境出身って事にして聞こう。知ったかぶりで墓穴掘ったら大変だ。


「あのー……強王って何ですか? お恥ずかしいことに俺、辺境出身なもので……」



「そうか、ケイ殿は魔力量が高いから、特殊な環境で育ったのか」


 セルゲンが隣でボソッと言った。いいねそれ。そういう事にしよう。

 ポルコスも聞こえていたのか、同情するような目で見てきた。


「そうですな。ケイ殿が知らないのも無理は無いかもしれません」


 セルゲンは強王について話し始めた。


「強王、正しくは三大強王です。三大強王というのは、影響力の高い種族の中で、最も強い者の事を言います。

時代によって五人だったり十人だったりしますがね」


「確か、今は人間と魔族と獣族……でしたかな。亜人はたいてい強い者を王に据えたがるので、王と言われているんです」


 セルゲンとポルコスは親切に教えてくれた。

 本当にいい大人達だ。



「ああ、この魔物の素材について話題を戻しますがね、解体の技量は甘いですが、状態が良いのでそれぞれ金貨二千枚で如何ですかね?」


「おお! ケイ殿はどうですかな?」


 うむ、どうと聞かれても、そもそも金貨の価値がどれくらいか分からないのだが。

 俺がちょっと覗いた商店街で見てきた中だと、銅貨、銀貨があったが、金貨は初めて見た。


 ラフな露店で見ない硬貨という事は、金貨とは高いのだろう。それが合計四千枚。



 ……いや、考えたところで価値の凄さは分かるはずもない。


 金貨の価値すら分からないのに、下手に交渉するのは良くないだろう。

 セルゲンの反応的に、多分大金だ。可能性は低いが騙されてたとしても、こちらとしてはこれはトラウマそのものなので、手放せるならそれでいい。

 さっさと売り払って、安心して過ごそう。



「その額で大丈夫です」


 ポルコスは一瞬拍子抜けした表情をしたが、直ぐになんでもない顔に戻った。流石は商人。

 セルゲンも、小声で「本当に良いのですか?」と聞いてきた。


 やはり交渉をするのが前提の値段だったみたいだ。

 だが、俺は交渉など上手く出来ないだろう。


 セルゲンを不安にさせないよう、俺は堂々とした顔で再度承諾をした。


「本当に大丈夫ですよ」


「ご納得いただけましたか!」



 契約は成立した。

 その後は金貨の数を数えるのを見守ったり、書類にサインしたりなど、めんどくさい事務作業が続いた。


 これでやっとアレを手放せる。


 ちなみに金貨は二百枚で王族が着るようなドレスを買えるらしい。金貨を数えるのを手伝っていたメイドさんが独り言で言っていた。


 とんでもない大金という事は分かった。


 売った素材は宮廷魔道士とか、超偉いらしい人が使う高級な魔導具に使われるらしい。



「本日はありがとうございました! オイラ達の商会はこの街にも拠点がありますので、何かございましたら是非こちらに!」


 ポルコスは住所が書かれた紙と装飾の凝った首飾りを渡してきた。


「こちらの首飾りは身分証にもなりますよ。本商会の有力な取引相手の証となります。

本日はありがとうございました」


 すると執事さんは急に前に出て、ポルコスに礼を言った。


「兄貴も元気でな」


 なんと、驚く事に執事さんとポルコスは兄弟だったようだ。



「ふふふ。彼は本当に信用出来ますぞ」


 セルゲンは自慢げにそう言った。

 ロヴナ商会……何かあったら一番に頼ろう。


 ポルコスを見送ったあと、俺はセルゲンから魔物の討伐報酬として大きなカバンと金貨四百枚、銀貨五百枚を受け取った。

 カバンは大金を入れる用だ。彼はけっこう気が利くのだ。


 商会の鑑定士が、素材を本物だと認めたためにこのタイミングで渡したらしい。


 セルゲンが商人を呼んだのはこれを確認する狙いもあったみたいだ。確かにいくら確証があるからと言っても、専門家にちゃんと見てもらわないと大金は渡せないだろう。


 高い貨幣もたくさん貰って、今の俺はむしろ日本に居たときよりも充実している。

 だが、それでも慣れ親しんだあの故郷に帰りたい。



 さて、お金を受け取ったあと、俺はリノンについて領主に相談した。





「そういえば、商談前にも言っていましたな。

その件について、執事からも聞いていましたぞ。名はリノンというらしいですな」



 セルゲンは迷いが少ない。商人と話している時も、リノンの件について考えていたのだろうか。


「ケイ殿は魔法についての知識が非常に低いと聞いたのですが、竜族についてもあまり知識が少ないのですかな?」


「は、はい。特殊な生まれでして」


 セルゲンは親切に、竜族について説明をしてくれた。




 ……約四百年前、竜族は魔力量、物理的力、知力の全てが揃った、世界で一番強い種族と言われ、世界が竜族を畏怖していた。


 だが、欲深い人間が大勢の竜族がいる国へ攻めいった。


 竜族以外にも高い魔力を持っていたり力の強い種族が大半を占める国だったが、人口は人間の国より少なく、物量に押されて徐々に劣勢に追い込まれていく。

 それでも粘ったので、人間は卑怯な手段を使うようになった。このせいでたくさんの竜族が虐殺されたそうだ。

 最終的には竜族側は負けて、負けて行く過程で人間の取った卑怯で残虐な手段に大勢の竜族は人間を恨み、恐れる様になった。


「そんな事が……」



「……竜族は寿命で亡くなった者は未だに発見されていないそうですからな。人間にとっては昔話でも、彼らにとってはごく最近の出来事なのです」



 リノンは人をめちゃくちゃ怖がるので、まずは俺が話を聞く事になった。

 場合によっては王都まで護送する手配をしなければいけないらしい。





……



 ……廊下を移動している間、取っておいた一枚の金貨を手で弄った。カバンの方は執事さん達が運んでくれるみたいだ。

 俺の金貨なので手伝いたいところだが、セルゲンに頼み事をされたので渋々こちらを優先した。

 金貨は直径4cmほどで、金の配合をケチっているのかメッキなのか、それほど重く感じない。

 米粒ほどの大きさの物だったが、金を持った事があるから分かるのだ。



 部屋に行くと、リノンは布団に包まっていた。


「リ、リノンさん。話をしたいんだけど」


 リノンが本当に王族とかだったら不敬罪が怖いので、一応さん付けにしてみた。


「何の話だ?」


 リノンは不安そうな顔だ。


「リノンさんの出身とかだよ。ほら、君貴族みたいな服着ているから、そうだったら王都まで護送して、色々書類とか本人確認しなきゃ。元の領地なり国に戻りたいでしょ?」


 少し間をおいてからリノンは質問に答えた。


「国に戻りたいのはそうだが、お前以外に正体がバレるのは困る」


「え……どういうこと?」


 ま、まさかリノンは敵国のスパイとかなのか……?


 部屋の扉が開けっ放しなので、メイドさんや部屋の警護をしてくれている人には丸聞こえだろう。


「ここでは詳しく話す事はできん。せめて扉を閉めたい」


 やだ。なんか怖い。


「えっと……。二人きりじゃなくて、誰かを呼ぶのはダメ、ですか?」




 リノンはこちらをじっと見つめてきた。

 うーん……どうしたものか。


 すると、リノンは何か思い出したようだった。


「そうだ! お前に剣を返さないとな。だから消極的な態度だったのか」


 リノンは尻尾をリズミカルにペチペチと地面に叩きつけた。


「へ? 剣??」


 腕輪を見せてきて、腕輪の石が光ったと思ったらなんか凄そうな剣が出てきた。

 細身でシンプルなデザインだが、雰囲気がヤバイ。鞘はシンプルながらも装飾がきれいだ。


 ていうか銃刀法とか大丈夫だろうか。


「ほら。お前の相棒だぞ。四百年振りくらいか?」


 リノンは大切そうに持って、剣をこちらに差し出してきた。

 俺が恐る恐る触れてみると剣が光る。次にものすごい情報量が脳に流れ込んで来て、俺は失神した。


「ゔっ……」

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