第6話 リノンとのその後(1話の続き)

 リノンは色々話していたが、俺は遮った。街に見える時計台が予定の時刻に近づいたのだ。時間的には大丈夫だが、俺は余裕を持って行きたい。


「ええっと……申し訳ないんだけど、国に行くのは出来ないかな。これから素材を売りに行くんだ。話は興味深いから後で聞きたいんだけど」



 今日の午後に、なんちゃらベアの素材を売る予定がある。それを売るのと、セルゲンにあれの討伐報酬を貰わないといけない。

 今から行っても、三十分ほど余裕はあるだろう。


 素材は大きいので屋敷の部屋に置かせて貰っているから、どうしても屋敷には戻らないといけないのだ。


「おれもお前についていく」


「いや、でもね」


「絶対足手まといにはならない! 今の状態でも荷物持ちくらいは役に立つ!」


 こんな痩せてて小さい子に荷物持ちをさせるのは心苦しいけど……。

 いや、でもこの子のおかげで寂しさを紛らわせる事が出来たし、保護者が見つかるまでは軽い荷物持ちをさせて、お礼として何かしてあげるのも良いかもしれない。



「分かったよ。でも、そのフードボロボロだから、君も領主に会う事になったら脱いでね」


 下はちゃんと着てそうだし、脱いでも大丈夫だろう。

 領主のセルゲンは偉い人だから、身を隠すようなマントは脱いだほうが失礼にならないのだ。


「ああ、このマントか。大丈夫だ今脱ぐ」


「いや今は大丈夫……」


 リノンはマントを脱いだ。

 竜族と言っていた通り、尻尾が生えていた。しかし細くて皮と骨みたいな状態だ。

 長い黒髪は少しボサッとしている。ちゃんと手入れをしたらツヤツヤになりそうだ。

 瞳は金色をしていて、黒髪に良く栄えている。

 


 マントの下の服は泥が付いていたのだが、金の装飾やらがついた高そうな服だ。


 いや待て、この子は本当に王族とかなんじゃなかろうか。

 年下だからとタメ口をきくような真似はせず、敬語を使ったほうが良かったかもしれない。


 さっきゴロツキが居るとか言ってたし、この人は森で盗賊に遭遇して逃げてきたとか?


「あの、リノン……さんはどうしてここに? 保護者の方とかは居ないんですか?」


「封印から抜け出して飛んできたんだ。お前の気配を感じたから駆けつけた。保護者は居ない。一人で来た」


「そ、そうですか」


「敬語はやめろ。お前とは対等だ」


 俺が敬語だと、リノンは寂しそうな顔になった。


「分かったよ」


 これはセルゲンに相談した方が良さそうだ。


 俺はリノンの手を引いて街に向かった。




「ねえ、さっき言ってた魔力を吸う肉体について聞きたいんだけど」


「ああ、お前の肉体は特殊な構造で、器とは別に、無色透明な魔力だけを大量に溜め込む事が出来るんだよ」


 無色透明な魔力とは、時間が経った生き物の死骸や、そこら辺の石ころなどの非生物に含まれる魔力の事だろう。

 さっきチェロナに教えてもらった事だ。


 器は初めて聞く言葉だ。


「器?」


「魂にある魔力を貯める器官だよ。お前そんな事も知らないのか?」


 やばい、墓穴掘っちゃったかな。

 俺はドキッとした。


「ごめん。えっと、色々あって。にしても竜族って体とか透かして見たり出来るの? すごいね」


「竜族だからじゃなくて、おれの目だ。時間をかけて観察すれば、何でも分かるんだぞ! 無色透明の魔力も見えるんだ」


 リノンはとても誇らしげにした。


「魔力か……」


「お前の髪が銀色なのもその魔力のせいだ。体が魔力を引き付けて、髪だと元の色素と魔力の粒子が置き換わる」


「瞳も銀色になってるんだけど、それも?」


「そうだな。瞳は魔眼化している。肌も魔力の粒子と細胞が結びついているな。だから防御魔法のようになって魔法攻撃はほぼ通らないだろう。しかも、再生能力も少しづつ高くなっているぞ」



 確かに、肌はなんかシリコンみたいな感触になっているし、なんちゃらベアに炎を吐かれた記憶があるが、それも温かい風みたいに感じた。


 再生能力についても思い当たる事があって、首を落とされたときは……怖いから思い出したくない。


 防御魔法ってのは多分、バリアみたいなやつの事だ。確かチェロナが使っていたっけ。

 魔眼って言うのも、夜目が利くとかだろう。実際そうだった。



「じゃあ魔力飽和ってのは?」


「魔力飽和は、魔力が限界まで濃くなっている状態だ。お前、魔力を集め続ける体のくせに発散させずに留めようとしているからな。

細胞と結びつかなかった魔力が溜まり続けて、いつか身体が持たなくなって破裂するぞ」


「へ?!」


「まぁ、発散させても結局は気休めだがな」


 な、なんですと?! このままだと俺、死んじゃうってこと?!


 いやいや待てよ。この子は子供だし、デタラメを言っている可能性は……

いや、これは無いかもしれない…………。


 だって俺が魔力を抑えているのに気付いてたみたいだし、再生能力についても言い当てている。



「そうならない為にはどうしたらいい?」


「身体が魔力を吸わないよう結界を張ればいい。だが今の状態ではおれもお前も、そんな精密かつ強力な結界を使いこなすのは難しいだろう」


「え、じゃ、じゃあ俺は魔力を垂れ流して、怖がられながら延命するしかないの?」


 気休めと言っていたし、魔力を引き付けるって事は、放出した魔力もすぐ戻るって事かもしれない。

 じゃあどっちにしろ死ぬじゃん。


「大丈夫だ。おれがお前の魔力を引き受けてやろう。おれは魔力さえ供給されれば1年と経たずに衰弱状態から復活できる。お前は魔力を持て余していて、おれは魔力を欲している。契約成立だな」


 おお! 良かった。孤独な生活を余儀なくされずに済んだ。人助けもできるなんて一石二鳥だ。


「お前の器はもう満杯状態だが、肉体はそこそこ余裕がある。今日の夜、寝ている間に魔力を吸い取ってやろう。体の魔力が少なくなったら感覚的に分かるはずだ」


「分かった」


 しかし元気な身体にもどるまで1年も必要なのか。竜族だからなのか余程ひどい衰弱なのか分からないが、リノンも大変だ。





……


 ……門まで着いたのだが、リノンは急に立ち止まった。


「どうしたんだい」


「…………こわい」


 人混みが苦手なのだろうか。

 無理をさせるのは良くないが、こんな場所に子供を放置するわけにもいかない。


「どうしたら街に入れる?」


「……おんぶ」


 仕方ない。まあ、痩せていて軽そうだし大丈夫か。


「分かった。ほら、おいで」


「ふふっ」


 リノンは途端に笑顔になって俺におんぶされるのだった。

 俺は何故かリノンと触れ合うと力が抜ける感じがする。


 あれ、にしてもリノンはなんか大丈夫そう? もしかして俺、はめられた??


 


 だが、俺が門番を横ぎるとリノンは怯えだした。今日はいつもより並んでいる人が多い。

 痩せた体に極度の人見知り……これは何かあったのかもしれない。


 俺の事はセルゲンが門番に伝えているので、会話は最小限で通れる筈だ。


「お疲れ様でーす」


 俺は門番に一言挨拶すると、門番はビシッと敬礼を決めた。めちゃくちゃカッコイイ。



 街を歩くと意外に人目を集めた。


 リノンは尻尾を俺の脚に巻きつけてなるべく隠そうとしていたが、力が足りなくて結局だらんとぶら下げている。


 竜族は珍しいのだろうか。見ている人々は心配するような、罪悪感を抱く様な目をしていた。


「リノン、余裕をもって行くつもりだったし、少し座って休んでも大丈夫だよ」


「いいや、大丈夫だ……」


 リノンは辛そうだ。本当に大丈夫だろうか。


「あっ」


 商店街の近くを歩いていると、主婦らしき女性が袋の果物を落としてしまった。


 どうしよう、今はリノンを背負っているし、通り過ぎた方が人を怖がるリノンの為だろうか。


「ケイ」


 俺が悩んでいると、リノンが降りて主婦に恐る恐る近づいて行った。


「すまないケイ。時間は大丈夫か?」


「ああ、大丈夫だよ」


 俺もリノンを追いかけると、リノンは主婦が果物を拾うのを手伝い始めた。


「俺も手伝いますよ」


「ありがとうね」


「うあっ、うむ……」


 リノンは主婦に直接渡すのは怖がって、散らばった果物を主婦の近くに置く事にしたらしい。

 急に立ち上がった主婦に怯えながらも、果物を拾うのはやめない。



「ありがとうございました」


「いえいえ」


 しっかり拾い終わった俺達は、礼を言われその場を去ったのだった。


「リノン、怖がっていたのにすごいよ」


「時間を掛けてしまってすまない」


「余裕を持って行くつもりだったから全然大丈夫だよ」


「なるべく時間を掛けないつもりだったんだが……。考えなしの親切は誰かに迷惑を掛けてしまうな」


 自分が怖がっている相手にも親切に出来るのはすごい事だ。コミュ障で陰キャの俺なら出来ないだろう。

 リノンはすごく良い奴だ。


 全ては出来なくても、出来る事は全てやる。これが大事なんだな。

 俺も参考にさせてもらおう。




 屋敷に着くと、執事さんが出迎えてくれた。執事さんはリノンの尻尾を見て少し驚いた表情になっている。


「あの、この子森で迷子になってたっぽくて」


 俺はリノンを降ろして、頭を撫でてやった。


「分かりました。旦那様に報告しておきます。その方にはお部屋の手配が終わるまで、ケイ様のお部屋でお待ちいただきたいのですが、宜しいですか?」


 執事さんはリノンの服装を見て、何となく察してくれたみたいだ。


「大丈夫?」


「こいつと同じ部屋がいい」


 リノンは頭を撫でていた俺の手に頬をなすりつけながら、尊大な態度で執事さんに言い放った。

 人間を恐れているのか下に見ているのかよく分からない奴だ。だが、親切でもある。


 本当によく分からない奴だ。


「いや、でも……」


「かしこまりました」


 執事さんは行ってしまった。長く滞在するつもりはないし、一日くらいなら大丈夫か。



 屋敷に入るとまずは服の汚れをメイドさんに落としてもらう事になっている。じゃないと屋敷を汚してしまう。

 昨日泊めて貰ったのもあって、少しだけ勝手が分かるのだ。



 リノンをメイドさんに任せようとすると、嫌がって俺の背後に隠れてしまった。


「リノン、この人たちは怖くないよ。服の泥を落としてもらいな」


「いやだ!!」



 リノンを剥がそうとするが意外に力が強い。


「あの、リノン様が人間を怖がるのは無理ないと思います。ケイ様にはお手数おかけしますが、私達の代わりに拭いて差し上げてくれます?」


 メイドさんはリノンをとても心配するような様子だ。


「メイドとしては失格でお恥ずかしいのですが、リノン様に屋敷にあがっていただくにはこうするほかありませんから……」


「いや、大丈夫ですよ」


 やっぱりリノンが人間を怖がるのには何か理由がある。

 ならしょうがない。俺はリノンの服や靴を、メイドさんの許可が降りるまで拭いた。

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