第5話 魔法
俺は今セルゲンの屋敷の一室に居る。彼にせっかくなら泊まって行けと言われたためだ。
泊めさせてもらっている身なので我儘は言えないが、今は猛烈にお風呂に入りたい。
だけどこの地域にはそういうのはないらしいし、水浴びも暖かい時期限定のようだ。
お湯でもすぐに冷めてしまうだろうし、こればかりは仕方ないか。
この部屋も広くてベッドはふかふかだ。文句は無い。
だけど魔力渦の自覚が無いのが気掛かりだった。
詐欺罪とか不敬罪とかになったらどうしよう。でも逃げた所で行く宛が無い。
俺が異世界から来た事については喋らない事にしている。
禁忌に触れるとか、住民権が無いから奴隷にするとかだったら怖いからだ。
セルゲンにとっての俺の扱いは、明確な立場は不明だが、貴族と同じくらい偉い存在という事らしい。
確かにこの街の人々は痩せていて背も低い。それに比べれば俺は丸く見えるし、髪だって艶々で、
正直、領主のセルゲンよりいい感じだ。
それが理由で軽んじる事をしなかったらしい。俺も最初からトップを呼び出すのは少し疑問に思っていた。
ズルい気もするが、お店とかでもVIP扱いを受けられたりするのだろうか。
「はぁ、怖いから布掛けとこ」
俺はテーブルに置いてある角と魔石を、近くにあった布で隠した。
あの後、なんちゃらベアの件で討伐報酬とか角の買い取りについても話したのだが、どうやらあのクマさんはめちゃくちゃ強くて危ないヤツだったらしく、向かわせた討伐隊も、ものすごい手練だったみたいだ。
俺としてはトラウマなので角とかを手放したいが、売ってもいいものだろうか。
「はぁ……」
色々考えているうちにため息が出た。
少し休もう。
「早く帰りたいな」
ふと口からこんな言葉がこぼれていた。
しばらく考え込んでいると、ドアを叩く音が鳴った。
俺は立ち上がって身なりを軽く整える。
「はーい」
ドアが開いて、メイドさんが入って来た。
「あの、お夕飯出来ました、です」
メイドさんの様子は拙い敬語で、恐る恐るといった感じだ。がんばっている感じが非常に伝わって来た。こういう女性はつい応援したくなる。
料理は魚と野菜がメインだそうで、肉は抜いてもらうよう、あらかじめ言っていた。
部屋に入る前にメイドさんに聞かれたのだ。
お肉は流石に、死体とか見ちゃった後だから……。
案内されて食堂に着いた。なんというか、絵画の世界みたいでドキドキする。
ちなみに俺はもう不敬罪とかを気にするのは辞める事にした。考えたところで、もうどうしようもない。
セルゲンには息子が居たようだ。奥さんも美人だ。
「こんばんは、ケイ様。私はセルゲンの妻のリーナと申します」
「む、むすこのリノアです……ななさいです」
美人な奥さんに俺は緊張しまくっていた。
若い女の人ちょっと怖い……。
息子さんはリノアって言うのか。女の子っぽい名前に聞こえるけど、ここでは男の子の名前なのだろうか。
奥さんがこちらから見えにくいようにしてハンカチで汗を拭った。厚手のドレスだし、暑いのだろうか?
軽く会釈をして席に座ると、セルゲンは真剣な顔をしていた。
「ケイ殿、この度は我が領地を守ってくださり、誠にありがとうございました」
セルゲンは改めて感謝を伝えてきた。
「チェロナ婆から聞きましたが、魔物を領地に寄せ付けないように、ご自身の身を削って忌避剤を作って下さったそうで」
きひざい?
俺が疑問を浮かべると、セルゲンは勝手に説明を始めた。
「あれほど貴方の魔力を帯びた物は、唾液などの気軽に使える材料では無く、肉片か多量の血液を使用しているとチェロナ婆は言っておりました」
俺の体の一部で、魔力を多く含んでいそうな物……? なんちゃらベアに首を落とされた時、その場に俺の血液は無かったけれど。
枝で怪我をしたときも、出てきた血液が逆再生のように元に戻り、垂れてどこかにいく事は無かった。
あ、もしかして……。タマを確認したときの試し撃ちだろうか。
「ッスー……。
つ、作り方は内緒なのでなるべく人を近付けないで頂けると有り難いです」
「は! そうですか! 分かりましたぞ」
俺がセルゲンの話を聞いていると、突然後ろから声をかけられた。
「ケイ様! 魔力が乱れていますわ!」
驚いて後ろを向くと、チェロナが焦った様子でいた。
「あの、乱れてる状態って何ですか?」
「とにかく落ち着いて、引っ込めるイメージですわ! ひーひーふー、ですわ!」
出産かな?
チェロナも引っ込めるイメージをしているのか、顔に力をいれていた。
俺はとりあえず言われたとおり、引っ込めるイメージを彼女と一緒になってやってみた。意味があるのか分からないが……。
「さすがですわ! 咄嗟にこんなに制御するなんて」
言われたとおりにすると、チェロナは安心した表情になって、席に座るのであった。
そういえば、母方の祖母のご近所さんに、こんなおばあちゃんいたっけ。ああ、あのおばあちゃんの作るたくあんが食べたい。
「あたくし達はケイ様が無意識に出す覇気にちょっと圧迫されてしまっていましたのよ」
チェロナはウサギの様な耳をピョコピョコさせてそう言った。セルゲンや奥さん、娘さんまでホッと息をついてチェロナの言葉に頷いていた。
4人の様子を見ると、本当に俺が魔力渦とやらを引き起こしていたかもしれないと思った。
安心した4人とは対照的に、俺は自分の手を見つめて冷や汗をかくのだった。
「こんばんは」
チェロナが座ったタイミングでイゴルさんも食堂に来た。
おお! 甲を取った顔はイケメンだ!
「ケイ殿はその者に信頼を寄せておられたからな。予定が合うならとお誘いしておきましたぞ」
「作法には疎いですがお誘いされたからには断れません」
イゴルさんは緊張もなしに、クールに話していた。
ちなみに彼は隊服のような衣装に身を包んで、髪をあげていた。顔に古傷があるのもカッコイイ!
は! そうだ。俺、テーブルマナーとか全然知らないじゃん。
「あの……俺、テーブルマナーとかに疎いんですけど……」
不安になってセルゲンに聞くと、彼は優しく微笑んだ。
「大丈夫ですぞ。この場では作法は気にせず、お好きなように召し上がって下され」
「おにいさん、おれも、おさほうにがてだからだいじょうぶ!」
セルゲンと、息子のリノアくんが心配はいらないと言ってくれた。その言葉だけで安心だ。
心なしかイゴルさんも安心したように見えたが、気のせいだろうか。
そして緊張感がなくなった場でのリノアくんは、元気で気さくな感じがした。
本来はこんな性格だったんだ。最初は半信半疑だったけど、威圧感を出さないように引っ込めるイメージを徹底しないと。
人が集まると、セルゲンが軽く挨拶をして食事を始めた。
出て来た料理はスープや魚の煮物など、鍋を使う料理が主で、生の食材はほぼ出てこなない。唯一生だったのは、デザートのフルーツくらいだ。もちろん、残さず食べた。
「ごちそうさまです。おいしかったです」
「それは良かった。料理長に伝えたらさぞ喜ぶことでしょうな」
俺が料理を褒めるとセルゲンは非常に上機嫌な様子だった。
しばらく談笑したのだが、このとき作法を教えて貰った。
あと、この世界には魔法という物があるらしい。非常に興味深い。
明日チェロナに教えて貰うことになった。
……
その後、俺は部屋に戻った。
俺の部屋の警護はイゴルさんがするみたいだ。
予定や彼の睡眠時間が心配だったが、戻って来ないなんちゃらベアの討伐隊の捜索だけで、それがなくなった今、本来は同僚の門番の仕事を代わる予定だったようだ。
そして彼は正確には人間ではなく、夜行性の亜人ということなので夜が一番調子がいいらしい。
亜人というのは初めて聞いたが、この世界には人間だけじゃなく、エルフやチェロナみたいな獣の亜人もいるのだ。
そう、ここは完全にファンタジーの世界だったのだ。
今日は本当に疲れた。
引っ込める感じを継続しながら寝るつもりだったけど、布団に包まって目をとじたら直ぐに寝てしまった。
……
朝、鳥のさえずりが聞こえる。空気が冷たくて、部屋の中なのに息が白かった。
起きるとやはり自分の部屋では無い。学校の寮でもない。考えない様にしていたが、やはり違う世界だと思うと怖かった。
そういえば昨日遭遇したなんちゃらベアが夢に出て来た。俺は怖かったので、エッチな事を考えるようにして布団から出た。
俺は起き上がると、机に置いておいた水を一口飲んだ。
日本に居たとき、俺は朝起きると喉が乾燥しているから、いつも寝る前にコップに水を入れて手が届く場所に置いていたのだ。
今日はメイドさんにお願いして机に用意してもらった。
今日は息子の元気が無い。異世界に物怖じしているのかな。
「あらぁ……」
刺激を与えても、息子はいまだにねぼすけさんである。ちょっと心配だ。
「そうだ! 筋トレ!」
そういえば昨日鍛えると決めていた。
不安なのも心配なのも、鍛えて忘れよう。
俺はとりあえず中学の頃、体育の始めによくやらされたトレーニングをやる事にした。
上体起こしと腕立て伏せとスクワット……みんなで正しい姿勢を習ったのが懐かしい。
俺はちょうど良さそうな広いスペースの真ん中に立った。
ヒョロヒョロだからまずは十回から徐々に増やしていこう。
……
「はぁ……。もう無理だ…………」
上体起こしと腕立て伏せは何とか出来たが、スクワットは五回あたりから限界を感じて、休み休みでやっと十回だ。
俺、さすがにヒョロ過ぎない?
水を飲んで、一息ついた。
そろそろ支度をするか。
と言っても出来る事は少ない。部屋にあった鏡で寝癖をなんとかして、これで終わりだ。
俺は部屋を出ようとした。
ちょうどそのタイミングでメイドさんが来たようだ。ノックにドアの近くで反応すると、何故か悔しそうなメイドさんが朝食を知らせてくれた。昨日の新人さんっぽい人とは別のメイドさんだ。
朝食はこの部屋で食べるらしい。どうやら、この国の文化では貴族の朝食は家族水入らずでとるものだそうだ。
……
朝食を食べ終わり、メイドさんにお片付けを頼んだ。
今日の予定は、チェロナに魔力の制御と魔法を教えて貰った後、あの角と魔石を売ってこの国の通貨を得る。
セルゲンが信用出来る商人を呼んだそうだ。
ちなみになんちゃらベアの討伐報酬だが、専門家に鑑定してもらって、素材は本物だと確認されたら支払うみたいだ。
そしたらその金で服を買って、図書館があるなら行きたい。
部屋を出るとイゴルさんが居た。
「イゴルさん! 昨日は色々とありがとうございます」
「気にしないでください」
イゴルさんは相変わらず素っ気ない。っていうか敬語で話している。
「あの、敬語は辞めてほしいです。イゴルさんは年上の人だから」
「そうか。ならそうしよう」
うん、素っ気ないな。
そうだ、チェロナの居場所を聞こう。時間的にもみんな朝食を食べ終えた頃だろう。
「あの、チェロナさんに会いたいんですけど、今案内してもらう事ってできますかね?」
「ああ。メイドに聞いてくる」
イゴルさんは意外と親切だ。
しばらくして、チェロナを連れて来た。
近くに居たそうだ。そして彼女の目は輝いている。
「ケイ様、昨日のお約束ですわね!」
「チェロナさん! ご予定に支障が無いなら、魔力の制御について教えていただきたいんですけど、大丈夫ですか?」
「もちろんですわ」
海岸の近くに訓練に丁度いい開けた場所があるそうなので、そこに行く事になった。
ちなみに、様を付けるのを辞めてもらった。
「意外でしたわ。ケイさんほどの魔力量を誇るお方が、魔力の制御に詳しくないなんて」
「ま、まあ。今まで気付かなかったもんで……」
チェロナはとても疑問に思っている様子だったが、なんとか納得したようだった。
野原に行く最中、魔力について教えてもらった。
教えてもらった内容はこうだ。
魔力は人によって量と色が違う。
覇気とは魔力を勢いよく放出する事で、相手の魔力を表面部分だけ乱し、プレッシャーを与える。
覇気の魔力の勢いによって、誰かを殺してしまう事もある。
覇気は魔力の勢いに関わらず、魔物にダメージを与える。
亜人には常に覇気を放っている種類もいる。
ちなみに俺は人間ではなく覇気を放つ種族と思われていたらしい。
俺の覇気のせいで誰かに影響を与えてしまったかと思ったが、俺の覇気は魔力の量が多いだけで、勢いは大した事が無いそうだ。
なので感じた緊張感は大した事無かったそう。
それに、魔力をエネルギーとして消費する事で、昨日教えてもらった魔法というものが使えるみたいだ。
「そんな事も知らないなんて、いったい何処の村のご出身なのかしら……」
チェロナはひとり、意味が分からないと言った様子でケイを見つめるのだった。
……
……野原に着くと、魔力を軽く出し入れする練習をした。波の音が少しだけ聞こえる場所だ。
寒いはずだが、なぜか体が火照っていて寒く感じなかった。
魔力をしっかり引っ込める練習はチェロナの手本を真似する形になったが、俺には魔力が見えないのでよく分からない。
だが、チェロナはちゃんと出来ていると言っていたので多分出来ているのだろう。
「飲み込みが早い! さすがですわケイさん」
「はぁ……。魔力が見えないんでいまいち分からないんですけどね……」
「あら? 魔力を目に込めれば見れません? まぁ、生き物じゃない物に含まれる魔力はたいてい無色透明なので、これだけは見れないんですけれど」
「魔力を込める……」
そもそも俺は魔力の込め方が分からない。
「もしかして、ケイさんは常に魔力に包まれていますから、それに阻まれて見えないのでは? 抑えていても薄ーく表面が包まれていますわよ」
「そうなんですか」
「まぁ、いずれ出来るようになりますわよ!」
チェロナはなんか適当だ。もしかしたらこの世界の住人は魔力の扱いを感覚的にやっているから、説明が難しいのかもしれない。
この訓練は早々に切り上げて、次は魔法を教えて貰うことになった。
「魔法の発動には詠唱か魔法陣が必要ですわ。でも、魔法陣の方が発動に時間がかからないので、こちらが主流ですの」
詠唱とは決まった言葉を発する事のようだ。
チェロナに魔法書をみせてもらったが、ページは十ページ程と少なく、ページごとに付箋の様な物が付いていて、捲りやすくなっている。
チェロナはページをめくって、「よく見ていてくださいな」と言った。
すると旋風がおこる。
「すげえ!!」
「ふふん。でもまだまだですわ。もっとすごい事もできますわよ」
チェロナは自慢げにそう言って、別のページをめくった。
次は大きな水の玉が空中に浮かんだ。チェロナが空いている右手を上げると水の玉は上に向かって行って、すごく高い所で弾けて、一瞬雨が振った様になった。
俺は彼女に、他にもいろんな種類の魔法を見せてもらった。バリアみたいなやつとか、火の玉が出てくるやつとか。
俺は本当にファンタジーの世界というものを体感した。
……チェロナに本を貸してもらって、俺も魔法を使う事になった。
あらかじめ開いてもらっていたページに書き込んである魔法陣に触れる。次に魔力を込めるらしいが、感覚が分からない。
ちょっと力んでみたり、目を瞑って念じたりしたが魔法が発動する気配はない。
やけくそになっていると急に大きな水の塊が目の前に現れて、俺はとても驚いた。
魔法を使うと、なんだか力が抜けるような、ふわっとするような感覚があった。
なるほど、これが魔力を込めるという事か。
「うぉあーっ」
「ケイさんすごい! でも危ないから向こうにやってくださいな」
チェロナの指示に従って、水を海の方にやった。海に落ちると、大きな波が起きる。
人が居ない場所で良かった。
俺はちょっと自分が怖くなったのだった。
「あの、この魔法って別の世界に行ったりも出来るんですか?」
チェロナの表情は曇った。
「ケイさん、それは少し難しいかもしれませんわ……」
それを聞いた途端不安になった。
俺は帰れるのか?
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