第4話 街の灯り
……宵の口、俺はやっと街に着いた。
街は小さめだが、防壁がちゃんとしている。
今はちょうど門に松明を灯しに、人が複数人居る頃だった。
門番らしき兵士さんは俺がさげているカバンを見た途端、こちらに駆け寄って来る。
兵士さんは博物館に展示されるような、中世って感じの鎧を身に纏っていた。
「おーい! そのカバン……」
兵士は少し寂しげな顔をした。
俺は屈強な彼に怯みながら、持っていたカバンを開けて中を見せた。中には山小屋に居た彼らの遺品と、熊から取った角と魔石やらが入っている。
「あいつらは死んじまったのか」
「あ、あの角が生えたヤツは殺しましたよ」
「ああ……感謝する。」
兵士さんは涙を浮かべた。
彼は少しの間俯いてから、ハッとして街に案内してくれた。
街は何と言うか、臭い。さっきまで自分のニオイを気にしていたが、この街に住む人たちからすればあまり気にならないかもしれない。
人と話すと、この世界の言語の理解が深まっていく感じがする。
だが、やはり俺の頭に流れてくる言語とは少し違うような気がするのだ。訛りだろうか。
俺は門をくぐり街に入って、人に囲まれた途端崩れ落ちた。
安心したのと、脳に流れ込む言語の情報に追い付けなかったのだ。
俺は看板の文字が何となく読めるようになっていた。
兵士さんがそれに気付いて俺を抱えてくれ、カバンも持ってくれた。
兵士さんは無口そうな人で背も高い。
こういう気遣いが出来るんだし、さぞモテる事だろう。奥さんとかいるのかな。
だが兵士さんの抱え方はお姫様抱っこだった。
わざわざお姫様抱っこしなくても支えてくれるだけで良いのに……。
でも恥ずかしさなんてどうでもいい! 俺は筋肉に囲まれてすごく安心している。
そうか! 筋肉は安心の象徴なのだ。
よし! これから鍛える事にしよう。
「俺はイゴルだ」
「あ、け、ケイです」
急に自己紹介をされてびっくりした。人と話すのが苦手な人なんだろうか。
俺は他人に言える立場ではないのだが。
よく見るとイゴルさんは目が爬虫類のようだ。ちょっと吃驚したが、色々な人が居るのだろう。
「領主がそのアークブラッドベアの討伐依頼を出している。倒したお前には領主が報酬を払うだろう」
「俺が倒したかは怪しいんですけどね……」
……兵士さんに運ばれて俺は領主の屋敷の前に着いた。
俺はイゴルさんの肩を軽く叩いて降ろしてもらう。
すると、執事さんが門を開けて中に案内してくれた。
屋敷の庭は綺麗で毎日手入れされているようだ。
入り口につくと、メイドさん達がお出迎えしてくれ、彼女達は俺の服に付いていた土とかを軽く落とし、それが終わると執事さんが俺達を部屋へ案内した。
執事さんはこちらを値踏みするような目で見た後、イゴルさんに話しかけていた。
「アークブラッドベアの件ですね。領主様をお連れして参ります」
イゴルさんが執事さんに何かを伝えている。
状況がよく分からないが、俺はメイドさんに淹れてもらった紅茶を飲みながら、領主様を待つ事になった。
最初からトップらしき人物を読んで大丈夫なのだろうか? なんかそういうのは普通、誰かが様子見してからだと思っていたが……。
……
五分程して、執事さんが偉そうなおじさんを連れてきた。
多分この人が領主様だ。俺は背筋を伸ばした。
「ふむ、貴方がアークブラッドベアを討伐した者で間違いはないな?」
イゴルさんは隣でうんうんと頷いている。
「あの、アークブラッドベアって赤いヤツですよね?」
「そちらの名前を伺って良いかね?」
「ええっと、俺……僕はヒガノケイです。名前がケイで、名字がヒガノです」
「ふむ……名前と名字が逆なのか、珍しい。
その古風な話し方と関係があるのか……?
だが、そのような名前の者には心当たりがないな」
領主は途中で何か言っていたのだが、声が小さくて俺には聞き取れなかった。
領主は執事さんを見た。
執事さんは首を振る。ここから空気がピリつき始めた。
え? なんかやばい状況?
「失礼だが、君にあの災害クラスの魔物が倒せるとは思えないな。剣すら持っていないようだし」
「いや、倒したって言うか…………」
領主はこちらを疑うような目で見てくる。
そういえば、イゴルさんには倒したって言い回しちゃってたな……。
今更だけど、死んだのは確認したって言い方の方が良かったか。
この世界の言語は覚えたてなので許してほしい。
領主の目線の圧に俺はちょっと怖くて黙り込む。
コミュ障気味な俺は睨まれたりすると弱いのだ。
さっきまで生死が係っていたのでコミュ障な部分が麻痺していたが、それが元に戻りつつある。
領主がしばらくこちらを睨んでいたが、イゴルさんが急に立ち上がってカバンから角と魔石を取り出して見せた。
ガタイの良い戦士がむくれた顔をして無言で立っているのはなんかシュールだ。
すると執事が目の色を変え出した。
イゴルさんに近づき、持っている魔石をまじまじと観察する。
「旦那様、こちらで間違いありませんぞ……!」
「本当か!」
執事は詳しいようで、ひと目で分かったみたいだった。
領主の顔は一瞬にして変わり、こちらの機嫌を取ろうとする感じに変わる。
「こ、これは失礼致しました! あの覇気を放出なさったのはあなた様でしたか! 我が領地を守ってくださり、ありがとうございます」
領主は明らかにゴマすりをしている。
覇気ってなんだ? もしかしてあのときの強風? 俺じゃないし、もしかして覇気を出したっていう強い人の取り分横取りしちゃってるんじゃ……。
「あの、俺が手を下した訳じゃなくて」
「ああ、自己紹介がまだでしたね。 私はセルゲン・ハイリードルフと申します!」
「いや、あ」
「この街の領主をしております! 何がございましたら私にお申しつけ下さいませ!」
セルゲンはものすごい勢いで俺の話を遮って、自己紹介をしている。
俺がしどろもどろになっていると、執事が一瞬扉に目を向けて、セルゲンに声を掛けている。主が許可を出すと、執事は扉を開けて、誰かを招き入れた。
なんか専門家みたいな人来た!
フードを被った老婆だ。耳がウサギっぽい。本当にここは地球じゃないんだな……。
「チェロナ婆! お前もこの方だと気付いてここに来たのか!」
「ええ、やはりこのお方ですわ。あと旦那様、少し落ち着きなさって」
老婆はセルゲンを宥める。
そしてこちらに会釈をした。
「月兎族のチェロナと申しますわ」
チェロナと名乗った老婆は、朗らかな笑みを浮かべ小柄で小さい口で、高い声で話している。
「この場にいらっしゃる皆さんは、お昼にあった膨大な魔力渦の発生を肌で感じとった事と思いますわ」
魔力渦……なんだか凄そうだ。
「あの遠距離にあった魔力渦は普通、あたくしのような魔力探知に長けた者で無いと気づけませんわ。でも、この街の皆さんはそれに気付く事が出来ましたわ。それくらい大規模な魔力渦ですわ。あんなものを間近で受けた魔物は、間違いなく即死ですわ」
チェロナは恐ろしい事柄を、表情を変えずに話している。
もし覇気とやらの粒子とかがまだくっついてたら、他の人たちに影響は無いのだろうか。
「そんな魔力渦とまったく同じ魔力が、このお方から感じますわ」
チェロナはこちらをビシッと指差した。
可愛らしい動きだが、こちらとしては非常に困惑してしまう。なぜなら全く自覚が無いからだ。
「あの、俺としてはちょっと記憶に無くて……。近くに居たのは確かなのですが、もしかしてその魔力渦? の魔力がくっついちゃったとかは……」
「ありませんわ! あたくしが見間違えるわけがありません。間違いなくあなたの内側から同じ魔力を感じますわ」
チェロナはプライドがあるらしく、絶対に譲る気は無さそうだ。
まあ、魔力渦を起こしたのは自分だと言い張る者が出てきたら、このおばあちゃんに全責任を押し付けよう。
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