立国宣言

染よだか

立国宣言

 立国宣言をすれば誰でも立国できるようになったので、わたしと彼と彼女はこの部屋に国をつくることにした。とてつもなく面倒な書類が七十八枚も必要だったけれど、わたしたちは力を合わせてそれを乗り越えることができた。かつてわたしと彼は彼女を取り合い、昼と夜で分け合うことで合意したが、それだと夕暮れどきに引き裂かれてしまうと彼女が主張したので、わたしたちは朝も昼も夜も同じ国でともに過ごすことを選んだのだ。

 わたしたちは三人で国家を宣言したので、古きよき三権分立のしくみをそのまま採用することができた。行政の最高権力者にはもっとも社交性の高い彼が選ばれた。彼は外交や政治のすべてを担い、予算編成や政策の計画、運営管理なども引き受けた。毎月の徴税はやさしくはないが、申請すればお小遣いもくれた。わたしたちは三人で国家なので、お財布も一つだ。

 彼女は立法を担うことにした。彼女は掃除の当番制度や休日の過ごし方、とくにセックスに関して事細かにルールを設けた。わたしたちは法律により、仲良く三人で交わることに定められた。その際、誰が誰に挿れるかに関しては、公平にじゃんけんで決めることにした。あるいは手や口だけで済ませることもよしとされた。わたしたちは手や道具をうまく使うことで、三人で幸福に愛し合うことができた。

 わたしが法を司ることになったのは、三人のうちで天秤座がわたししかいなかったからだ。最初の営みで、彼はわたしと彼女に等しく挿入することが平等だと主張したので、それは違法だとわたしが言った。わたしたちは三人で愛し合うことが法によって定められていたので、彼も等しく挿れられる側になるべきで、また、わたしと彼女も道具を使えば挿入ができた。彼の主張は無事違法だと認められた。

 わたしたちは食卓を囲みながら、よりよい国づくりについて毎日考えた。わたしたちはそれぞれが最高権力者であり、それぞれが国民だったので、お互いを監視しながら正しく話し合うことができる。もっぱら議題に上がるのはインテリアについてだった。彼は機能性を重視し、彼女は美しさを優先した。わたしはいつも値段を気にしていた。インテリアは誰かの所有物ではなく、みんなで共有するもの。それでいて国を豊かにするために不可欠なので、公共施設の位置づけだ。

 まず最初に考えなくてはならないのはテーブルだった。それまでわたしたちは食卓を囲むとき、ダンボールの長辺を二人と一人で分け合っていたけれど、それだと二人になった方が水面下で手をつなぐなどの抜けがけが発生したため、テーブル問題は早急に対処すべきとされた。彼は「ともに同じ未来を見つめるためにカウンターテーブルにしよう」と言った。三人で並んで窓の外を眺めたら、季節の移り変わりを楽しめて素敵だという話だった。

「それだと真ん中の人が幸福になりすぎる」と彼女は反論した。

「左右の二人は愛し合うことができないため違法」とわたしも却下した。

 それで、テーブルの形状について三人で意見を出し合った。四角にすると不公平が生まれるため、三角にするか円形にするかが主な論点となった。三角にすると誰か一人が死んだときさみしくなるとわたしが言い、結局は円形に決まった。一人が死んでも国は存続するということも、同時に決まった。

 さらに、真ん中に素敵なしかけがあったらみんなが幸福になるだろうという話になった。窓の外を眺められない代わりに、季節の花を生けるための花器を買った。テーブル自体は安価でシンプルなものに決まったが、花が添えられるのであれば美しさは申し分ない。わたしたちは季節の花を手に入れるために三人で出かけることにした。国を出るのは実に一ヶ月ぶり、わたしたちの外交と貿易は基本的にリモートワークとネット通販とウーバーイーツによって完結していた。

 どこへ行くにもパスポートが必要なので三人はパスポートを首から提げている。あらゆる電子化が進んではいるものの、パスポート不携帯はいまだに厳しく罰せられる。とはいえ、出入国のスタンプがアプリ化され、位置情報で勝手にたまるようになってから旅行はかなり便利になった。五十個集めると好きなアイスクリームと交換できるしくみだ。でもあとから関税などといった得体の知れない手数料がごっそり差っ引かれるため、アイスクリームはほんの気慰みにしかならなかった。

 国と国との間にはその他の空間が無数に存在し、結局のところ母体は日本だ。日本は合衆国の制度を取り入れた新しい国になろうとしている。多様性を認めまくった結果か、あるいはやけっぱちだった。高架鉄道はいくつもの国の上を走り、越境するたびアプリにスタンプ獲得の通知が届く。花屋につくころには二十七個ものスタンプがたまった。そこでわたしたちはどの花を買うかで三時間悩み、最後の方はほとんどけんかに近かったがそれでも決まらず、とりあえず近くの公園で頭を冷やすことにした。公園は誰のものでもない日本の所有物だ。

 いろんな国の人があちこちでビニールシートを広げて花見を楽しんでいた。ちょうど桜が見ごろの時期だったらしい。わたしたちはほとんどを自分の国で過ごしていたから、季節のことをすっかり忘れていた。やっぱり花は必要なのだ。桜はどうだろうと彼女が言い、わたしと彼もそれに同意した。花見という文化のせいか、少なくとも三人にとって桜はそれなりに好きな花だったのでそうなった。わたしたちはそれぞれで好きな花が異なり、誰かの好きな花は別の誰かにとってそうでもなく、少なくとも食卓の中心に置くことはためらわれたが、その点、桜は三人にとってちょうどよかった。わたしたちは話し合いによってみんなが幸せになる道を選ぶことができたのだ。

 公園に生えている以上桜も公園の一部と見なされ、日本の所有物になる。勝手に持ち帰ると窃盗罪だ。でも落ちているものを拾うことは許されるので、わたしたちは落ちている桜を探すことにした。季節は公園に多くの落とし物をする。それは誰のせいでもなく、誰のためでもなかった。

 公園をぐるり一周したものの、落ちている桜なんてものはない。わたしたちはそのまま桜並木の道を歩くことにした。河川敷ではBBQを楽しむ人たちが現れ、小さいテントを張って引きこもっているところもあり、桜のある場所はどこも領土の取り合いだ。もっと行くと戦争を繰り広げているエリアもあった。立国宣言による小国の乱立以降、国同士のいさかいはすべて戦争扱いだ。殴り合い取っ組み合いの末、一人が死んで川に落ちるのをわたしたちは見た。桜を折るのは窃盗罪だが、国同士の争いで人が死んでも殺人罪にならないのは不思議だ。

 結局二つの国はほぼ相打ちとなり、残った一人もどこかへ消えたので、役所への電話は彼が引き受けることになった。しばらくすると白い防護服を着た人たちがぞろぞろやってきて、落ちている死体をぽいぽい川へ放り投げた。防護服の下はおじさんおばさんの他にバンドマン風の若者やスマホをいじるだけのギャルもいて、この手の仕事は高時給短時間バイトとして人気だ。

 落ちているものは誰の所有物でもないから、最終的には押し付け合いになる。川の下流にたまった死体を積み上げるバイトもあるらしく、どこに配属されるかはその日の運だ。防護服たちが桜の大枝を重たそうに引きずってきたとき、わたしたちは声をあげてよろこんだ。「花のついた小枝を何本かもらいたい、終わったらちゃんと川に落としておく」、わが国の行政を担う彼が持ちかけ、防護服の男は一度それを了承したが、あとからやっぱり賄賂をよこせと言い出した。よくよく顔を見るとさっきの生き残りだ。わたしたちは三人で力を合わせ、その男を防護服のまま川に落とした。

 桜は戦争に巻き込まれたのだろう。枝分かれの根もとからしっかり折れていて、きっと無理な負荷をかけた。ソメイヨシノだ、と彼女が呟く。細く伸びた枝の先で房状に花をつけるのが特徴という。花は集まって咲くから球を形づくり、それぞれがコロニーだ。まるで木全体がわたしたちの祖国であるかのように。

 たくさん花をつけた枝をいくつか集め、わたしたちは意気揚々と家路についた。帰り道には花屋に寄り、わたしたちは自分のための花を一輪ずつ買った。なにもわざわざ束にしなくたって花はちゃんときれいだ。アイスクリーム屋にも寄った。わたしたちはホッピングシャワーとベリーベリーストロベリーとジャモカアーモンドファッジを合わせて百五十個のスタンプと交換し、腕をからませ分け合いながら食べた。

 国に着くころにはみんなすっかりくたびれていた。わたしたちは一度わたしと彼と彼女に戻り、提げていたパスポートも靴箱に投げ入れて、それぞれの部屋に自分のための花を飾った。一時間ほどゆっくりそれを眺めたらパーティーの時間になった。わたしたちは声をかけ合ってリビングに集まった。

 円卓につくと二人の顔がよく見える。この美しいバランスでわたしたちは幸福を結晶化していくのだ。右隣のグラスにビールを注ぎ、左隣の皿からサラミを盗む。絡まった腕はきれいな幾何学模様をつくり、いつかこの国の紋様になる。

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