第43話 忙しくて他に気を回せない。

 体育祭実行委員会の会議は滞りなく終わった。


「で、残った私達は購買とか諸々の申請をしないといけないと」

「怪我の功名だったとしても事務仕事が増えると正直キツいですね」


 私達は会議室から生徒会室に戻って各種申請書類に理由と署名を記していった。


「仕方ないさ。退学者からの過干渉を受けている状態だしな」

「退学して拘束中の身の上で過干渉を行う神経を疑うけどね」


 先ず昼食購入先の限定化を優先して書類に記していく。

 これは異物の混入を防ぐ事と責任を一カ所に纏める事にあるのだ。


「購買限定にすると当日の購入方法も記載しないとダメですよね」

「そうだね。一人三つまでの制限を設けないと最悪は売り切れが出るだろう」

「限定的に売り方も変えないと事故が起きますよね。日々の大騒ぎを見るに、ですが」

「今回だけは、それも明記しておこう。対応を考えるのは購買職員の仕事だが」


 コンビニで買ってきた品物でも問題は無いが何処で混入されるか判らないからだ。

 弁当組も各自のロッカーに収めるとしても目を離す以上は何をされるか判らない。

 何より厄介なのは各自のロッカーを解錠する鍵に問題が起きていたのだ。


「会長が紛失事件の事を思い出してくれて助かったともとれますが?」

「あれには教師達も頭を抱えていた事案だったからね。忘れようがない」


 何故かロッカーのマスターキーが複製されている事が判明したからだ。

 判明しても、直ぐに直ぐ全ての鍵を作り替える時間もお金も無かった。

 それもあって貴重品を収めないよう注意を受けていたのだ。


「そもそもの話、ロッカーのマスターキーは簡単には持ち出せない物ですよね?」

「それがどうして紛失に繋がったんですか? それが戻ってきた事もそうですけど」

「昨年の事だけど一度だけ鍵が開かないと騒いだ生徒が居てね。担当が渋々と持ち出したんだ」


 持ち出して開けている隙にスポッと抜かれて何処いったという状態になった。


「それなんて教師の不注意が原因に思えますが?」

「当時の担当は山路やまじ先生だったから後は判るだろう」

「「「起きるべくして起きたと」」」


 数日後に鍵ケースを見ると戻ってきていて何が起きたのやらという事になったらしい。

 その件があったお陰で鍵の貸出時はどの先生でもケースを注視するようになったのだ。


「教師が訝しげに見てきた理由はそれだったのか。てっきり疑われていると思っていました」

凪倉なくら君の場合は噂がついて回っていたから、よけいに見られていたのかもね」

「終わったら返せよとか停学を匂わせていた理由はそこにあったんですね」

「困った事にね。あれも犯人が捕まらないから教師達もお手上げだったらしい」


 お陰で私のような生徒でも鍵を借りる時に同じような注意を受けるからね。

 あき君だけが特別視されていた訳ではないのだ。但し、生徒会室の鍵は除く。


「で、それから数日後、女子の私物が紛失した事件が起きた」

「あれは各所で起きた事案でしたね。盗まれた私物の全てが生理用品で」


 その件でマスターキーの複製が発覚した。施錠していたのに紛失していたからだ。

 鍵ケースのマスターキーも複数の南京錠で簡単に取れないようになっているのにだ。


「あったな。俺は何もしていないのに真っ先に疑われたっけ」

「私は疑った子達を陰ながら叱りつけたけどね」

「それでか。翌日に誠意のない謝罪をしてきたのは」

「誠意が無かったんだ。それならあとで叱っとく」

「終わった事だから気にしてないよ」


 同じような事件は定期的に起きていて、弁当であれなんであれロッカーに片付ける生徒は二年生以上からは居なくなった程である。一年生だけは知らない子だけが収めて、知っている子は収めていないけどね。


「鍵交換は卒業生が出て行った後に行うから一年生のロッカーは安全なんだけどね。マスターキーが違うし」

「それでもその噂を払拭するにはマスターキーを奪った犯人を発見するしかないですよね」

「見つかればね。既存のマスターキーを使うのは二年間だけ。三年と二年の代で終わりだから、時が経過するしか解決の糸口はないね」

「度し難いですね」


 他にも飲料水は自販機のみとなるので外からの持ち込みは原則不可とした。

 仮に飲みかけであっても全て捨てて新しく買うように指示しないといけなくなった。

 反発は出ると思うが腹痛で倒れたら目も当てられないのでこれだけは注意事項に追加された。


「起きる訳ないと騒ぐ可能性もありますよね」

「騒いだら舎弟と思ってマークすればいいよ」

「なるほど。舎弟という線もありましたね」

「一応、教師と相談して脅しが加わっている事は伝えようと思うけどね。校内にそれを行う者達が居る事も」


 風紀委員だけでは手がまわらないから教師も使うと。


「何も起きないならそれでいい。だが、こちらが警戒していると示せば相手も動きづらくなるだろう」


 流石に女子の生理痛だけは制御が出来ないので個別管理してと言うしかないが。

 問題は山積みだが、これが生徒会執行部の仕事なので諦めるしかない。


「これを乗り越えた先に癒やしが待っていると思うしかないね」

「癒やし、ですか?」


 会長が癒やしというと次の仕事を連想するけどね。

 会長って何気にワーカーホリックだから。


「今、私の事を仕事人間って思ったでしょ?」

「「「うっ」」」


 副会長以外は全員、思っていたのね。


「体育祭の翌日は休日。私だって家で横になりたい日もあるよ」

「意外ですね。惰眠を貪る会長とか?」

「意外でもなんでもないですよ。会長の普段はユルユルですし」

小鳥遊たかなしの言う通り、ユルユルだよ」


 あおいちゃんの疑問に副会長が反応し会長が肯定した。

 この時の私はいつぞやの出来事を思い出す。


「・・・カップラーメン?」

「「カップラーメン!」」


 あき君とあおいちゃんも思い出したのか納得気に頷いていた。

 自炊と称してカップラーメンを作ろうとしているズボラな生活習慣。

 私でも時々しか作らないカップラーメンを連日のように食すのだからユルユルと言われて納得出来た。

 きょとんは会長のユルユルを知っている副会長だけだ。


「カップラーメン?」

「・・・」


 会長は沈黙したまま書類に記すだけだった。

 この反応は教えていないだけかもしれない。

 

「人にはそれぞれの生活スタイルがあるのよ」

「言い逃れしたようにも聞こえる」

凪倉なくら君はあとで説教だ」

「理不尽過ぎませんか!?」


 よけいなツッコミを入れなければ助かったかもね。

 私はあき君が知っているであろう人物を例にあげた。


「でもさ? 叔母さんが叔母さんだし。私生活を考えると納得じゃない?」

「あ、それを言われると妙にしっくりくるな。納得だわ」

「ちょ!? 私の自室は汚部屋ではないよ!」


 管理人さんイコール汚部屋は身内しか知らないけど。


「飲兵衛の自室も汚部屋ではないですよ」

「うぐぅ」


 自室はね。他は油断するとズタボロになるそうだが。


「ところで会長? カップラーメンって」

「気にしなくていい。それはさきさんの戯言だから」


 戯言扱いって。だが、この反応を見るに副会長に食生活のお小言を喰らった過去があるように思えた。

 するとあおいちゃんが、


「会長。身体の事を考えるなら自炊はキッチリ行った方がいいですよ」


 会長を心配しつつ私の援護に乗り出した。


あおいちゃん!?」

「忙しいのは判りますが、身体を壊したら元も子もないですよ。戯言は聞かなかった事にしますから」

凪倉なくら君も!?」


 あき君は私が貶されたと認識したようだけど。

 私も戯言発言にイラッとしたので反撃しておいた。


「肥らない身体であっても悪影響が出ますからね。カップラーメン」

さきさん!?」

「何事も食べ過ぎは良くないって意味ですよ。会長」


 そんな私達の会話を黙って聞いていた副会長。

 言葉を何度も繰り返しながら会長に問いかけた。 


「カップラーメン? 食べ過ぎ? 身体を壊す? 会長?」

「も、黙秘します」

「あとでお説教ですね」

「そ、そんなぁ!?」


 色んな会長が見られる生徒会執行部。問題は山積みでも貴重な体験が出来るから入って正解かもね。

 するとあき君が書類束を纏めつつ、


「そういえばさきが居るから生徒会入りすると言った違うクラスの男子が居たな」


 会議前の出来事を思い出した。


「そういえば居ましたね。来期は人手が減りますし入れましょうか?」


 あおいちゃんも同意を示すように私に問いかけてきた。

 そんなの無理に決まっているじゃん。私の胸に視線を向けていたし。


「彼はノーサンキューでお願いします」

「なるほど。彼は要らないと」

「というかなんで急に思い出したの?」

「要注意人物と思ってな」

「あ、それで」


 警戒するつもりで話題に出したと。


さきの身体目当ての間男は不要だな」

「大体さ。婚約を周知しているのにあの発言は無いよね」

「生徒会入りも今知った的な感じだったな」


 校内の事情を知らないとしても異常過ぎると思う。


「ところで彼ってどのクラスだったの?」

「えっと・・・中央列、右側の三番目ですから?」

「理系のACEG、文系のBDFHで並んでいたな」

「二年の文系クラスですね」

「F組の男子にあんな人、居たっけ?」

「俺も覚えがないな。市河いちかわさんは知ってるか?」

「覚えがないので転入生かもしれません。今年度の初めに一人だけ居た気がします」

「珍しいな、二年で転入とか。でも顔合わせでは居ただろ?」


 珍しいってあき君は中二で転入してきた気がするけど?


「F組は女子だけでしたね。男子は何故か居ませんでした」

「初っ端から欠席かよ。度胸だけはあるな」

「単に世間知らずなだけではないですか?」

「だとしても転入してきて直ぐに実行委員って俺なら断るな」

「それって経験談?」

「経験談」

「例年と変化の無い競技ですから簡単だと言われたのでは?」

「でもさ? 言われたからってやるかな? 普通」

「普通はやらないでしょうね。様子見すると思います」

「それは経験上?」

「経験上の話ですね」


 あおいちゃんも転入経験があるもんね。


「どのみち生徒会入りは拒否の一択で」

「だな。動機が不純過ぎる」


 生徒会入りの動機が私って不純以外の何者でもないしね。



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