第44話 逆鱗は目に見えて明らかだ。
体育祭の準備は放課後を中心に行われ始めた。
「で、あれだったら一緒に買い物に行かないか?」
「・・・」
「もしあれなら、荷物持ちくらいなら手伝うしさ」
「・・・」
「どうかな?」
そう、行われ始めたのだが、俺の目と鼻の先で
「・・・」
真顔のまま画面を見つめるが野郎は意を介していない。
空気が読めない男の典型なのではと思えてならなかった。
先輩達でも空気を読むのに野郎は二代目
「なんか返事してよ。俺一人会話して恥ずかしいじゃん」
「・・・」
隣で見ていると
「勝手に恥ずか死ねって思ってそうな表情だな」
「ぶふっ」
当然だが俺達と同じように野郎を見つめる者達も居た。
「今日もナンパ君のアプローチが酷いねぇ」
「ところでF組の女子は何しているんだか」
「相手にしていないって感じかも。ほら、端で雑談してるし」
「ああ。もしかしてあいつ、普段からアレなのか?」
「アレかもしれない。顔は普通なのに俺様格好いい的な自己満足乙な残念さで」
「ぶふっ」
「
「笑いのツボにはまることあったかな?」
作業に支障が出ると後々大変だから。
すると
「あ、何処か行くの? 俺も一緒に行っていい?」
無視して会議室から出て行こうとした。
「変態」
「へ」
この場合はそういう事だよな。
野郎はきょとん顔で扉を閉める
「乙女心と空気の読めない男って最っ低!」
「俺でも判ることなんだが、大丈夫かアイツ?」
「同じ紅組であることが恥ずかしいというより嫌ですね」
「改めて理系で良かったと思えるわ。
「ここまで嫌われているのに声をかけて印象を最低にまで落とす男子は初めて見たな」
「過去最低の部類に入ると思います」
「これだと以前の
「顔と表向きの性格は良かったですもんね。空気も読んでいたし。裏の顔は論外ですけど」
終いには周囲の女性陣からも白い目で見られる始末だ。
俺も本音ではガツンと言いたい所だが、
男の俺がどれだけ言っても聞く耳を持たないからな。女性からだと割と聞くが。
「なんで俺が白い目で?」
「そら、花摘みに行きたそうな時に付いて行くって言えばな」
「花摘み? なんだそれ」
「お前、本当に文系か?」
理系の男子からも呆れられる語彙力?
俺はバカにするつもりで独り言を呟いた。
『空気も読めないクソだな。女心が理解出来ないなら、男子トイレの便座に詰まってこいや!』
勿論英語の呟きなので気づいたのは会長くらいだった。
汚い言葉だからか理解して噴き出したし。
「ぶふっ」
「なんか、一人だけ英語で話している奴が居るが、なんて言ったんだ?」
「お前、本当に文系か?」
こいつ、どうやって編入してきた? どう考えたっておかしいだろう?
「ウチの高校、こんなに偏差値が低かったのか?」
「そ、それは、ないと、思います。ぶふっ」
「こんなの一芸で入ったか。何らかの特待生だよな?」
「ああ、特待生ってやつか。頭が緩いのはその所為か」
「んだとぉ!?」
「見事にヒットしたみたいですね」
「あとは沸点の低さから、どの部か判明したかも」
「私もなんとなく分かりました」
「てめぇ! 表出ろや!」
「喧嘩なら余所でやれよ」
「お前に言ってるんだ!」
そう言いつつ人の胸ぐらを掴むなよ。
体重差があるからか持ち上がらないが。
「もう少し鍛えろよ。ほれ、腕が邪魔だ」
「うっ」
「軽く握っただけで呻くな。ホントに特待生かよ」
本当に軽く握っただけなのに痛そうに唸る野郎。
ボールを掴む事が多いから握力が強いだけなんだが。
「や、やめ、やめろよ!」
「その言葉、そっくりそのまま返す」
「い、いてぇだろうが!」
「お前の心ない一言で傷ついている者も居るんだ。少しは空気を読めよ」
「なんのことだよ!?」
「残念。理解出来ないとは猿以下か。大人しくボール遊びにでも興じてろ」
「てめぇ!? 言ってはならんことを!」
「お前の逆鱗なんて知るか」
本当に知るかなんだよな。
すると会議室の扉が開いて見覚えのある長身が顔を出す。
「おーい。
「あ、
「練習が終わったんだが、もう少しかかりそうか?」
「うん。あと少しかな?」
「そうか・・・って」
「てめぇ、何してやがる!」
沸点が低いのはこちらも同じ。
「あ、
「先に
「な、なんで怒るんですか!?」
やはりな。特待生とバスケ部のエース。
一年でスタメンとなった
体育会系は上下関係が厳しいもんな。
「俺の連れに喧嘩を売っているからだが?」
「つ、連れ!?」
「人の練習相手を怪我させたらタダじゃおかねぇからな」
「れ、練習相手ってこいつ素人じゃ?」
「んなわけあるかぁ! お前なんて逆立ちしても勝てねぇよ!」
「で、でも、監督から誰よりも上手いって」
「監督の見る目は皆無だ! スカウトも指導も顧問の方が上だ」
「そ、そんなこと言っていいんですか!?」
「みんな言ってるよ。あんなの前校長の伝手で入ってきたクズだってな」
まだ前校長の不穏分子が残っているのか。
おそらく契約上の話だから今期は残りそうだな。
というか
背後で「ぷぷぷっ」って笑ってないで。
「今じゃ練習にも顔を出さねぇじゃねーか。聞けば家で飲んだくれているとか噂があるぞ」
「そ、そんなこと」
「あるんだよ。お前も特待生で入ったなら委員会なんか取るな。遅れるだけ遅れて補欠行きになるぞ」
バスケ部もバスケ部で大変そうだな。
俺は呆れ顔のまま諭す事にした。
「この場に居るのは時間に融通が取れる者だけだ。部活に関わっている者は誰一人として居ない。それだけ本気で部活に取り組んでいるんだよ。人の婚約者に懸想する暇があるなら腕を磨け。次に
「こ、婚約者?」
「お前、
「婚約?」
おいおい。何処の田舎から越してきた?
こいつ、自分の世界でしか生きていけないタイプか?
流石の
「
「ゴクリ」
「既に遅いですが、ブチ切れて一生口を利いてくれなくなります。ハッキリ言うと
「・・・」
捲し立てるように語るのはいいが、変なネタバレは止めてほしい。
「
「良い練習相手にはなるだろうが、そんな選手は高校バスケには入れないわな。レベルに差がありすぎる」
「つか、
「
「引くなんて言わないでぇ!?」
「ごめんごめん」
頭をポンポンして可愛がる姿はバカップルだよな。
傍目には兄妹にも見えるが彼氏彼女の関係である。
すると花摘みから戻ってきていた
「で、いつまで胸ぐら掴んでいるのかな?」
「あっ」
「離してくれるかな? ワイシャツが伸びるじゃん」
「す、すみません」
「大丈夫?
「問題ない。それよりも疲れてないか?」
「めっちゃ疲れてる。コレが自分勝手な物言いでしつこいから本来の作業の三割も出来なかったし」
「そっか。持ち帰って仕事するしかないか」
「後で手伝って!」
「へいへい。手伝うよ」
物申したあとは俺の背中に寄りかかるように抱きついてきた。
制服越しに胸の感触が伝わるが気にしたら負けだろう。
「あ、あの。婚約者というのは?」
「何を言ってるの?」
「婚約者というのは嘘ですよね?」
「死ね」
「え?」
「私の目の前から消えて、目障りだから直ぐに居なくなって」
「な、何を言って?」
「居なくなれって言ってる」
「いや、だから、なんで。俺、悪い事した?」
「悪い事してるでしょ。私はね、
「ひぃ」
恐っ。この台詞と声音、ガチで恐っ。唸るような低い声音で会議室内の空気を凍らせたし。
「もしかして逆鱗に触れまくった?」
「もしかしなくても触れまくっていたよ」
「マジかぁ。お前、転校した方がいいぞ」
「な、なんで?」
「
「は、はい?」
まだ信じないか。
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