第42話 行動が予測出来ない問題児。

 体育祭の準備中に侵入してきた他校の女子高生達は風紀委員の尋問の後、警察に引き渡された。


「「なんでこんな事に」」

「恨むなら指示を出した奴を恨みなさい」

「「ブー!」」


 侵入してきた経緯は準備の妨害と奴が考案した景品が実現しているかどうか確認するためだったらしい。

 警察に捕まってもなお、外部との連絡が取れる状態なのは不思議でしかないが、面会の際に何らかの示し合わせでやりとりしたのだろう。ここまでくると面倒な輩でしかないと思わざるを得ないね。


「仮に罰するとしても厳重注意程度の補導だろうね」

「特に何かを盗んだとかではないしな。情報を盗んだとしても実害が無ければ罪には出来ないし」

「というより不可解な行動力ですよね。人々を陰から操って蠢く極悪人みたいな」

「「言われてみれば、そうかも」」


 私達は離れゆくパトカーを眺めつつ特別棟の会議室に戻った。

 すると会長が私達に気づいて数枚の用紙を手渡してきた。


「不審者が入っていたから、少しだけルール改定を行ったよ」

「「「ルール改定ですか?」」」

「景品に関しては伝えてしまったから変えられないが、男女混合リレーのルールだけ改定したんだ。既存だと病欠時の対応が加わっていなかったからね。そこで急遽だが、控え選手を二人ほど選出する事になったんだ」

「改定した経緯は何かあったんですか?」

「侵入していた彼女達から回収した資料。各クラス代表の名前欄の横に不可解な書き込みを発見したんだよ」

「「「不可解な書き込み?」」」


 それは一体なんの事だろうか?

 あき君は副会長から回収した資料を受け取っていた。


(見るからにボロボロなんだけど。何をしたらボロボロになるの?)


 もしかすると回収するしないでって奪い合いになったのかもね。

 あき君は代表者の横に書き殴られた文字を見てきょとんとした。

 それは二年の理系クラスに記された不可解な汚い文字列だった。


「なんでここだけドイツ語?」

「やはりドイツ語だったか。部分的には私も読めたのだが。汚い字でね」

「彼女達がドイツ語を書き込める事が疑問ですけどね。頭が良さそうには見えないし」

「どうせ単語帳を見ながら書いたんじゃない?」

「単語帳か。それなら見様見真似で書き込めるな。スペルが若干間違っているが」

「それでなんと書いてあるんだい? 病欠だけは読めたけど」

「残りは捻挫、打撲、骨折、腹痛ですね」

「えっと、それって?」

「理系クラス潰しを行うつもりだったのだろうな。それを誰かに手渡して指示を出すつもりだったと」


 なんでそんな事を? そこまでして勝ちたい理由はなんなのだろうか?


「おそらく、ラフプレイで怪我させるつもりだったのかもな。競技内容の中で怪しい動きをしそうなのは」

「男子が棒倒しと騎馬戦かな? 女子は玉入れと玉転がし・・・なんで玉なんだろうね」

「過去の生徒会が決めた競技だからじゃないですか?」

「そうなるとそれらを重点的に警戒する必要があるか」


 他のクラスの生徒を怪我させてまで勝とうとするとか度が過ぎているしね。


「各クラスの代表は委員以外は知らないから、それを目当てで今回侵入してきたなら?」

「裏に舎弟となり得る生徒が居るのかもね。要警戒だわ」

「なんか、舎弟というと不良っぽいですけど?」

「実際に不良だから居ても不思議ではないわね。表向き、優良生徒の振りをしている事だってあるし」

「そういえばそうですね。奴もそう演じて居ましたし」


 そうなると委員会とは関係のない生徒が奴の舎弟なのね。

 委員会で舎弟が怪しい挙動を示すと警戒されるから妹を寄越してきたと。残りの一人は不明だけど。


「では残りの腹痛ですと飲食物に混入? 生理痛は別ですが」

「食中毒だと開催自体が危ぶまれるから、そこは狙わないと思うが」

「景品目当てなら特に意味を成さないものね」

「とはいえ警戒する必要はあるから、当日は購買の販売だけにして」

「もらいましょうか。弁当組も購買で購入すると」

「そうなると彼女達の侵入はある意味で怪我の功名かな?」

「そうなりますね。当日になって文系だけの競技になるよりはいいですし」

「ルール無視の行動は厳重処罰の対処にしなければ!」

「「「「はい!」」」」


 そこだけは徹底しないとね。公平公正であらねば意味がないから。

 するとあおいちゃんが疑問気に物申す。


「そもそもの話、理系クラスに脚の速い人が少ないような? ほぼ文系に偏っていますよね。陸上部も」

「そうね。さきさんという例外は除くとしても」

「なんで私だけ名指しなんですかぁ!?」


 それはちょっと失礼だと思います! 会長!!


さきさんという例外は除くとしても」


 二度も言ったしぃ!? それは失礼ですって!

 私を無視した会長はパソコン前に座って体力測定の記録を参照した。


「理系クラスに・・・脚の速い生徒が少ないのは確かね」

「脚の遅い子が多いのね。それを知ると文系クラスもそこまでして勝ちたいと考えないはずだけど?」

「考えないはずですが、それは総意ではないので微妙ですね?」

「総意か。それを言われたら返す言葉もないわね」

「体力測定の結果を見るに、女子の一番はさきさんね」

「やはり助っ人として駆け巡った過去が結果にも反映されると」

「何気にスタミナが凄まじいですよね。さきさんって」


 もう、好きに言って。シクシク。


「男子の一番はE組の尼河にかわ君」

「やはりあかりが一番か」

「当然ですね!」

あおいちゃん。当日は敵対するけど?」

「それはそれです。当日は彼だけを応援しますし」

「なんか堂々と裏切るって言ってるよ。この子?」

市河いちかわさんはあかりの婚約者ですから」

「婚約者だったの? そうなると、こいの失恋は確定か」

「「「失恋?」」」


 ああ、雨乞あまごいはあかり君に横恋慕中なのね。

 残念無念。二人は恋愛の更に上に居るから、もう奪えないよ。

 それはともかく。


「二番手にC組の男子が。段階的に遅くなって凪倉なくら君は八番手に居ると」

「八番手? あき君?」

「・・・」


 それを聞いた私は疑問に思った。この人はなんだかんだ言って体力バカだ。

 普段は隠しているから分かり辛いが、あかり君と相応の体力が存在する。

 彼のバスケの練習に付き合っているあき君が後れを取るとか有り得ないよ。

 私は笑顔を意識しつつあき君に問いかける。


あき君、体力測定の当日、本気出した?」

「な、何のことだ?」

「本気、出した? 適当に流してないよね?」

「どうだったかな」

「私の目は誤魔化せないよ? あかり君の練習に付いていける人が遅いわけないよね?」

「あっ。そういえばそうですね!」


 あおいちゃんも今朝の練習を見ているしね。

 私がスタミナお化けならあき君はそれ以上である。

 すると私達の会話を聞いたA組のクラスメイト達が反応した。


「バスケ部のエースと練習だと? それなんて・・・あ! 体育の授業!? お前なんて事を」


 以前の体育の授業を思い出す男子。

 あれで勧誘合戦が開始されたもんね。


「なんで隠しているのよ!」

「そういえば先生相手にフェイントで釣っていたような」

「なんでそれを忘れていたんだよ! 俺のバカァ」


 思い出したのは授業を知る者だけだけど。

 委員だと合同授業に出ていたC組の男子だけが反応していた。


「そうなると、A組の控えはさき凪倉なくら君に決定ね!」

「お、おい! クラスの話し合いはいいのかよ?」

あき君も自分で言ってたじゃん。速い奴が一番だって言ってさ」

「うっ。そ、それはそうだが」

「ま、当日何事も無ければいいんだ。気楽にしてろ」

「そうそう。美紀みきが重い生理痛にならない限りさきが走る事も無いし!」

「それをフラグというのだが?」


 あき君が何か言っているが、委員達は聞く耳を持たなかった。


「二年A組の控えはこの場で決定と」

「あとは残りのクラスだけですね?」

「そうだね。ただ、今回は緊急案件だから決まり次第シークレットにしておく事としよう」

「シークレットというとクラス以外には教えない的な?」

「そうだ。どういう形で漏れ出るか判らないからね。怪我人を出すという意思表示を示された以上」

「今回は必要な対応と。確かに当日になって下手に騒がれるよりはマシですね」

「理系は休め、怪我人は走るなと騒げばそれが舎弟であると示す事にもなるね」

「「「確かに」」」


 奴の舎弟ならそれくらいの罵詈雑言はありそうだ。

 退学した親玉が干渉してくる理由は不可解だけど。


「彼にとっての計算外は凪倉なくら君の語学力と」

「ドイツ語ならば判らないと判断した知略は褒めるべきだがね」

「普通はそうまでして勝利しても喜べないはずよね」

「普通ではない。そういう舎弟共が下に居るのだろう」

「それってSNSに書き込んだ生徒とか?」

「おそらくそうだろう。名前は控えているが」

「あとで風紀委員にも教えてもらえる? 警戒するから」

「了解した」


 あき君は帰国子女だが得意な言語は英語だけではない。

 奴は有り得ないとして聞く耳を持たないが、そこが抜け穴になるなんて思ってもいないだろうね。


「これがアラビア語だったら俺でも判らなかったけど」

「それは私も読めないよ。書いている本人達が理解出来るものでもないし」


 書き方も一朝一夕で覚えられるものでもないしね。

 何はともあれ、今回は緊急案件ではあるが各クラスの委員達はメッセージのグループで話し合い、その場で決定したのだった。


「男子全員の了承を得たぞ。アンカーの代わりを頼むって」

「女子も全会一致だったよ。アンカーの前に走ってって!」

「これで決まったね。あき君」

「そうだな」


 こうなると逃げられないね。二人三脚だけでなくリレーの練習も行わないと。


「息ピッタリですし、お二人なら大丈夫ですよ」

「流石に喧嘩しない限りという条件が付くがな」

「仮に喧嘩しても私が先に折れるけどね?」


 喧嘩していないように見えるけど私達でも喧嘩する事はある。

 その大半は私の言ったとおり、私から先に折れる。

 喧嘩の主な原因は私の我が儘が発端だから。

 反省してごめんなさいするのだ。


「お二人も喧嘩するのですね?」

「「しないと思われる方が心外だ(よ)」」

「声と言葉が揃ってるし」

「これなら二人三脚の結果は一位確定だね」



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