第35話 教えられない事もあるよね。

「勢いで言いやがった」

「だって仕方ないじゃん。自分達が彼氏だと言いたがる可哀想な頭した猿人しかいないもん!」


 私の愛するあき君を貶されて黙って見て居られる訳がないでしょ!

 私なんて十年も遠恋して三年も我慢を強いられてきたからね。我慢はもう要らないよ!


「それはそうだがな。先輩方、生きてる?」

「「「「「・・・」」」」」

「返事がない。ただの」

さき、それ以上は言ったらダメだ。普通に死体蹴りになるから」

「地雷原に飛び込んだ時点でバラバラの死体だと思うよ。大体さ、彼氏云々って本当の話なの?」

「それは本当の話だな」


 ああ、あき君は把握していたんだね。

 あの時は立場上、書き込めなかったから私以上に我慢していそうだよね。

 多分、殺したいほどカチンときていたはずだ。


「以前、さきがシメた野郎共が居ただろ?」

「廊下に座っていたクラスメイトの男子達だよね?」


 私がスパッツを穿いたうえで右脚の壁ドンした奴等だね。

 スカートが捲れる事になったけど、怒りの方が上だった。


「そいつらが書き込んで地雷が真っ先に反応したんだ。俺はそれ見て呆れたもんだが、まさか鵜呑みする地雷の仲間が居たとはな。さきは誰なのか公言していないのに彼氏と思い込む地雷もどうかしているが」


 思い出すとイラッとするよね。彼氏が居たからといってクラスの男子達には関係ないでしょ。

 それは沈黙してあき君を睨む男子達も同じだけど。

 するとあき君もイラッとしたのか、


「文句があるなら聞くが?」


 本場仕込みの殺気を込めて睨み返した。


「俺は銃社会の国で大半を過ごしてきた。お前等の殺意は拳銃を向けられる事に比べたら屁でもねぇよ」

「「「「「・・・」」」」」

「もしかして向けられた事があるの?」

「あったなぁ。コンビニ強盗に出くわした時はヒヤッとした」

あき君が生きてて良かったよ」

「本当にそう思うわ。で?」


 あき君は安堵の表情からがらりと顔つきを変化させた。


「人様の恋路に踏み込むって事は、何時死んでもいいって事でいいんだよな? 勿論、殺しはしないぞ。俺も地雷の仲間にはなりたくないからな。但し、社会的に死ぬ事になるけどいいよな?」


 そう、言いつつポケットから透明な液体の入った瓶を取り出して蓋を開けた。


「これは衣類を溶かす特殊な薬だ。ここで股間にぶちまけられて、変態の誹りを受けたい奴だけ前に出ろ」

「え? え? そんな薬品なんてあるの?」

「昔、漫画に触発されて開発したんだよ」


 そんなの現実にあるものなの?

 するとあき君はデモンストレーションなのか、


「ここに一枚のハンカチがありまーす!」


 それに液体を少量だけかけていくあき君。


「みるみる内に消え去っていく。解けた繊維は水と二酸化炭素に変化するから人体には害がないんだよ」

「「「「「!!?」」」」」

「ま、悪用し放題だから、売り物にはならないがな」


 そんなものを作ったなんて!?

 驚く私を余所に真顔で脅すあき君。


「で? どうする? 股間にぶちまけてやろうか? 社会的な死だ」

「や、やめてくれぇ!?」


 直後、男子達はそう言って蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


「意気地の無い奴等だな。おい」


 あき君は呆れ顔のまま瓶の蓋を閉めた。

 私は気になったのであき君に問うてみた。


「ところでそれって本当に?」


 周囲の女子達も気になったのか聞き耳を立てている。

 この手の薬はあき君が言った通り悪用前提だから。

 それを使われると女子が真っ先に標的になるからね。

 あき君は笑顔になったと思ったら、


「本物なワケねーだろ。ブラフだよ。甘っ」


 真顔になってハンカチの残りを食べた。


「は? 甘い?」


 えっと、ブラフって・・・ハッタリって事?


「で、でも、ハンカチが溶けて」

「ハンカチがだよ。瓶の中身はただのミネラルウォーターだ」

「え、ミネラルウォーター!?」

「ほら? 飲めるし。口の中が甘いから丁度いいわ」

「ちょ、ちょっと私にも頂戴!」


 私は驚きのまま残りを貰った。


「本当にミネラルウォーターだ!」

「で、このハンカチは綿菓子を潰しただけの塊だ」

「綿菓子ぃ!? だ、だから甘いと?」


 じゃ、じゃあ、普通に水で溶けただけ?

 これには周囲の女子達も驚きでしかない。

 咄嗟に脅しに使えるのも驚きだけどね。


「というか綿菓子は何処から得たの?」

「朝のジョギング中にコンビニで買ってきた」

「もしかして、デザート的な?」

「もしかしなくても、デザートだな。最近は出費を抑え気味にしているから」

「なんだぁ〜。びっくりしたぁ」


 ま、でもそれがあったからウザったい男子が居なくなったけど。


「人様の恋路を邪魔する間男は馬に蹴られて死んでしまえばいいんだ。もちろん社会的な死だがな」

「まぁあき君以外のモノは見たくなかったからいいけどさ。これって後で求められない?」

「大丈夫だろ。あえて大声でブラフだと言ったし。あれを真に受けるバカは最悪詐欺に遭うだけだ」

「社会的な死ってそういう意味もあると?」

「社会に出たら詐欺師は普通に居るからな。駅前のキャッチセールスとか。ぼったくりバーとか」


 それを聞くと社会が恐くなるけどね。

 すると大盛り天ぷらうどんセットを持ってきた、


「見事な対応でしたね。衣類が溶けるって話は恐かったですが」


 あおいちゃんが苦笑しつつ私達の隣に座った。


「男なら誰しも興味がある分野だしな。実は俺もガチで開発しようした事があってな。理論を発見して、いざ製造って時に女性研究者達に止められたのが本来の話だったりする。論文諸共溶けて消えた辛い思い出だよ」

「つ、作ろうとしたのは本当だったんだね」

「女性研究者がどういう人達なのか分かりませんけど、グッジョブです」


 あおいちゃんの言葉に女子達も何度も頷いていた。

 私は苦笑だけどね。あき君の素性を知っているから。


「とはいえ婚約の件が表沙汰になりましたね」

「ま、いつかは知らせる必要があったからね」

「予定より早い公開にはなったがな」

「男子達の気色悪い視線がなくなるだけマシかなって」

「それはそうですね。私も大っぴらにした方がいいかな?」

「それはした方がいいと思うよ。相手が相手だし、ね?」

「奴に喧嘩を売れるのはバスケ部のキャプテンくらいだろ」

「というか私の彼を御存知なので?」

「「顔見知りだよ」」

「そうだったんですね。あかりは一言も言っていなかったですが」


 ああ、あおいちゃんは知らなかったかぁ。

 私が出会ったのは体育の授業の後だしね。

 あき君の勧誘話のあと、教室に顔を出したから。

 彼が『入らないのか』と聞いてきてあしらっていたっけ。


あかり自身、他人の振りをしてるからな。バスケ部の勧誘話で顔を出したくらいだし」

「本当は三年くらいの付き合いがあるんだよ?」

「そんなにですか!? 私と再会する前から・・・」


 そういえばあおいちゃんも遠恋だったね。

 両親の仕事の都合で五才くらいに他県へ引っ越した。

 高校入試のあと入学にあわせて一人で戻ってきた。

 妹は姉と過ごしたいと言って追ってきたらしい。

 奴の特性を知らなかったのは他県組だったからだ。


「あとは一年のアレとも知り合いだな」

「そ、それは気をつけないと!」

「気をつけるのはいいけど自分のを差し出すのはなしだよ?」

「私、食事中なんですけど?」

「ごめんごめん」


 でも、あおいちゃんなら差し出しそうな気がする。

 流石に変態的だから私は拒否するけどね。

 昼食後、教室に戻ると騒がしかった。


「婚約者が凪倉なくら君ってマジ?」

「誰から聞いたのよ?」

「男子達のグループからまわってきた!」

「ああ。そっちからかぁ」


 早速だがクラスメイトからの洗礼を受けた。

 それはあき君も同じであり、


「一体、何処に繋がりがあったんだよ」

「水くさいぞ。教えてくれたっていいじゃないか」

「水くさいもなにも。委員長の家が決めた事だし」

「そういえば令嬢だったっけ?」

「家の都合じゃあ仕方ないか?」


 上手く逃げ口上が作用していた。こういう時、一般家庭である事が救いよね。


「会長の従弟ですって言ってもいいと思うけど」

「え? 従弟? 誰が従弟なの?」

「あ。なんでもないよ」

「いや、これはなんでもないでは済まないよ?」

「全女子生徒の憧れの会長だよ?」

「流石に隠すのはないと思うな?」


 マズったぁ。あき君もこの時ばかりは寝たふりした。


(ちょっと! 午後の授業があるから起きてよね!?)


 私は内心で会長に謝りつつ教える事にした。


凪倉なくら君のお母さんが会長のお父さんの妹さんなんだよ」

「え? そ、それって」

「じゃ、じゃあ、あの」

「頭の良さって?」

「そうかもね。そこだけは血筋だと私も思うよ」


 会長も三年間学年一位を維持している秀才だしね。

 落下することは無いとさえ思えるもの。


「そうなると、完全に良縁じゃない?」

「そうね。顔良し、器量良し、頭良し」

「運動神経も良かったし。料理上手だし」

「苦手な事が無さそう」

「文系は苦手らしいよ」

「「「「え?」」」」

「英文は得意でもね。元々帰国子女だから」

「「「あ、そうか」」」

「他にはないの?」

「なんで苦手を探そうとするかな?」

「だって、完璧過ぎると親しみが、ね?」


 それを言われるとそうかもだけど。


(酒精という苦手な物もあるけどそれは言えないし)


 他に何かあったかな? あっ。


「デカすぎる巨乳が苦手だったかな?」

「「「「そ、それって会長じゃん!」」」」

「そうかもね。苦手なのは確からしいし」


 会長の場合、胸よりも性格的な面だけど。


「そうなるとさきは今以上に育てられないね」

「今以上? あ、胸ってこと?」

「「「「それ以外にないでしょ!」」」」


 どうだっけ?

 私は寝たふりするあき君を一瞥する。


(あ、サムズアップしてる。私は可なんだ)


 私だけは大きくても可と知って安堵した。


「そうだな。多分、大丈夫だと思う」

「その根拠は?」

「こ、根拠って」


 この場合は一つしかないよね。


「愛されているから?」

「奥さん聞きました?」

「聞いた聞いた。って誰が奥さんよ?」

「それは瑠璃るりだけど?」

「ぐっ。で? 愛されている証拠は?」

「そこまで聞く!?」

「いや、身体の相性もあるし」


 まだですって言えないよね。


「黙秘します」

「「「「そこで黙秘!」」」」



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