第33話 動機は寒気を催す物だった。

 D組のクラス委員長を殴りつけた陽希ようきはじめ

 奴は男性の先生方から拘束されたのち生徒指導室に連れていかれた。

 ずぶ濡れになったクラス委員長は上半身のブラウスを破られて胸元が露わになっていた。


「あそこまで、たこ殴りにするか普通?」

「酷い。女子にしていい行動じゃないよ。あれ?」

「殴るついでに脱がすって何を考えているのか?」

「本性がDV野郎だもの。考えなんて無いんじゃない」

「それこそ犯そうと思ったんじゃないか」

「ああ。やりそうですね」


 傘をさして現れた保健医の先生がバスタオルで上半身を隠し、クラス委員長の状態を確認していた。

 同じく中庭に倒された二人の女子はずぶ濡れのまま怯えきっていた。

 殴られたクラス委員長の顔は大きく腫れ上がっていた。


「そこの貴方、救急車! 急いで!」


 保健医は近くに居た男子生徒に指示を出す。

 ずぶ濡れの男子生徒は大慌てで電話していた。


「彼はクラス委員長の彼氏ですね」


 それを聞いた俺は無意識にさきを抱き寄せた。


「あ、あき君?」

「彼の気持ちが痛いほど分かるから」


 もしあれがさきだったならと意識したら、俺も怒り狂っていただろう。

 さき自身も盗撮の被害者で、奴に怒鳴りつける資格があるから。


「私は大丈夫だよ?」

「大丈夫とは思っているが」


 この事案の発端は奴に反発して噂の是正に動いたから起きたのではないかと思えてならなかった。

 

(それこそ俺がよけいな事をせず奴の言いなりになっていれば)


 彼女は五体満足で楽しい昼休憩が過ごせたはずだ。なのに現実は無情だった。


(奴に反発して追い詰めた結果がこれか)


 そう思った瞬間、さきから叱られてしまった。


あき君? 怒るよ?」

「え?」

「今回、あき君は全然悪くないよ。言い方は悪いけど、追い詰めた彼女が悪い。最初はあおいちゃんを口実に利用したでしょ。盗撮騒ぎがあった時に出来た事を、今になって行う理由が分からないよ」

「そういえばそうですね。私も被害者ですが近づきたくなかったですし」


 確かにそう言われると不審しかないな。

 俺の罪悪感を刺激する状況にも見える。


「近づきたくないあおいちゃんをわざわざ連れて行った。彼女自身に何かがあるとしか思えないよ」

「何かがある? 委員長が?」

「嫌がる市河いちかわさんを連れて行く理由、か?」

「一つ分かる事は倒れた女子が三人って事だよね? 最初はあおいちゃんを挟んで三人居た訳だし」

「「あっ」」


 そういえば倒れたのは三人だったな。


「怯える二人はどういう関係だった?」

「えっと・・・二人は副会長のファンだったような」

「ファンクラブの面々か。そうなるとD組の委員長は?」

「嫌っていましたね。お高くとまっているとか言って」

「副会長は生真面目なポンコツだから認識と違うような?」

「生真面目なポンコツは近くに居ないと分からないよ」


 心配気な副会長を一瞥すると大きなクシャミをした。


『ハックション!』

小鳥遊たかなし、大丈夫?』

『いえ。誰かが噂したみたいです。ズビッ』

『噂ね。反対側にさきさん達が居るから何か言ったんじゃない』

『そうかもしれませんね』


 気づかれてるし・・・それはそれとして!


「そうなると生徒会関係者に一矢報いるつもりだったか?」

「え? そ、それって?」

「最初の立ち位置と直前の立ち位置が不自然だな」

「私の席から見えたのは委員長が二人を呼び出して両隣に並ばせた。背後を振り返って誰かを探していたところまでだね」

「その時点で市河いちかわさんは俺達の背後に居たしな」

「ビクンビクンと感じ易いって話をしていたもんね?」

「その話から離れて下さいよ!」


 で、苛立った奴が急に立ち上がって勢いのままに三人を雨の中庭へと押し出した。

 相手を確認する事も無いまま真ん中の委員長へと馬乗りになりたこ殴りを始めた。


「確認せずに真ん中だけ狙った理由はなんだと思う?」

「俯いていて見てないか。示し合わせがあったとか?」


 示し合わせ・・・か。


「委員長の背格好ってどの程度だ? 遠目で見た限りじゃ分からないが」

「えっと。私と同じくらいですね。百四十八センチです」

「結構小柄だよね。あおいちゃんほど胸は無いけど」

「私の何処を見ているんですか!」


 普通に胸だと思うぞ。さきは同性だから平然と見るよな。

 委員長と市河いちかわさんの身長。胸元を晒した謎の行動。


「もしかすると本当の標的は市河いちかわさんだったか?」

「え!?」

「奴は会計を更迭されたからな。理由は市河いちかわさんへの暴行だ」

「で、でも委員長がなんで?」

「調べてみない事には分からないが」


 俺は思案しつつスマホを取り出して閉鎖された裏サイトへとアクセスする。


「拡張子を弄って・・・出た出た」

「何を見てるの?」

「閉鎖された裏サイトだ」

「「ふぁ?」」


 そこから直近の情報を洗っていく。


「閉鎖後も書き込んでいる奴が居るな。特定の人物みたいだが」

「管理人だけでなく他にも居たの?」

「どちらかといえば共同管理だな」

「「共同管理?」」


 どうも管理人が二人も居たようだ。


(そうなると仲間割れか? 或いは身内かもな)


 次は検索機能を用いてスレを開く。


市河いちかわさんに対する愚痴が大量に出てきたな」

「え? わ、私ですか?」

「良い子ぶりっこ。ロリ巨乳。胸で彼氏を誘惑した?」

「そんなことはしてませんよ!?」

「するようなキャラでもないしね。どちらかといえばムッツリだし」

「ムッ!」


 当たらずといえども遠からず。

 覚えがあるのか赤い顔でアタフタする市河いちかわさんだった。

 一方の俺は検索文字列を複数打って絞り込みを行った。


「発見!」

「何かあったの?」

「あったあった。閉鎖されている事を理由に示し合わせの書き込みが」

「え!?」


 これはスクショを撮って、あとで共有だな。


「胸元を晒したのは市河いちかわさんかどうかを確認するためだろう」

「あっ。そうか! 着痩せ以上の隠れ巨乳だから?」

「そういうことをここで言わないで下さいよ!」

「実際は巨乳ではなく壁胸が目前に現れたと?」

「じゃあ、裏切られたと逆上して、たこ殴り?」

「その可能性は無きにしも非ずだが、示し合わせの時点で途中までは自作自演だったかもな」

「自作、自演?」

「裏サイトに彼氏を誘惑されたからボコボコにしてやりたいと書いてある。これに奴が賛同を示して計画立案したみたいだな。ただ、過去の問題で再炎上したから俺に分からせる皮肉を一緒に用意した可能性もあるが」

「そこまで考慮して動いているなら相当な手練れだね。悪い意味で」

「ああ。将来は悪の親玉か悪徳政治屋だったろうな。衆人環視下で暴行した時点で復帰の目処は立たないが」


 俺は市河いちかわさんに真偽を確認させるため裏サイトを見せた。


「数日前に名指しで書き込んだのが委員長?」

「スレを遡ると暴行を受けた日と一年前の物も出てきた。男を知らない女だから開発してとかな。同一管理者のIDだからこれは誤魔化せないな」

「えげつないねぇ。委員長になる資格ないよ」

「ガチのクラス委員長の言葉は重みがあるな」

「でしょ? 私だから言えることだよね」

「つ、つまり・・・一年前から目を付けられていたと?」

「その時点で彼氏が居て、市河いちかわさん並に胸を育てろとか言われたらしい」


 結局は中庭で怒り狂う彼氏の愚行が招いた暴行か。


(これを知ると確かに俺の所為ではないな)


 証拠を消せばいいのに復旧させた事も愚行だが。


「あと、なごみちゃんに確認したけど誰にも言ってないって」

「じゃ、じゃあ? 私は嘘を吐かれたの?」

「知っているから計画を考えた一人だから」

「嘘を吐いておびき寄せるくらいはするか」


 有ること無いこと言う点は委員長も同類だな。

 これは単なる仲間割れの暴行事件でしかないが。

 ボコられた委員長は救急車で運ばれていった。

 彼氏も向かおうとしたが他人なので拒否された。


「彼氏といえど浮気性な男は付いていく資格ないよね」

「余計な事を言わなければ騒ぎにはならなかったしな」


 ボコった陽希ようきはパトカーに乗せられていった。

 周囲では人集りが出来ていたようでちょっとした騒ぎになった。


「衆人環視下で暴行すれば再起不能だよね。これ?」

「野郎への暴行と婦女暴行は違うからな。まして顔をたこ殴りでは」

「相手から訴えられて責任を取れと言われても不思議ではないね」


 仮に身内なら一生面倒を見る事になるな。

 従兄妹同士だったなら結婚させられるだろう。

 奴はそれくらいの事をしでかしたからな。

 それだけでなく奴の残した爪痕は他にもある。


「その前に別件の裁判が複数控えているけどな」

「それと例の一件も訴訟するんですよね?」

「高額な請求書を会計でもないのに事務局に置いていった話かな?」

「あれは受理出来ないと本人の家に送りつけましたね。会長が」

「学校が訴訟すると騒ぎになるから会長が弁護士を雇うみたいだな」


 在学中に判決が出る事はないだろうが使い込んだ金額分は返して貰わないと差し障りが出るからな。

 それこそ文化祭でリターンが出来ない限り次代は資金不足で詰む事になる。


「複数の爪痕があるのに退学処分にしなかった先生方の甘さだけは目に余るね」

「直前で退学者達の報復を匂わせたのは教師が甘いと知っているからだろうな」

「そうなると相当な悪党だと思わざるを得ないですね」

「最悪、心神喪失状態で釈放なんてされでもしたら」

「本当の意味での報復が行われるか」

「質の悪い悪夢でしかないですね」


 平然と演じるくらいはやるだろう。


「俺様ルールを維持するためならプライドを捨てる可能性もある」

「窃盗を自白して罪の軽減を願った事も演技なのかな?」

「別件の罪が山積みなのに意識誘導して忘れさせたりな」

「なんかとんでもないですね」

あき君はそれを三年前から?」

「何度も見せられて諦めの境地に立ったな」

「「おぅ」」


 俺との因縁は元々無かったと思うが、


さきの想い人が俺だった事が)


 奴の動機の一つなのだろう。さきへの執着が半端ないしな。

 ビデオレターには俺を呼ぶ笑顔のさきが映っていたし。

 ただま、


「血糊パンツに惚れるのは変態だよな。誰のパンツなんだ?」


 それは裏サイトの一番目に書かれていた衝撃的な内容だった。


「ゾクッ」

「どうかしたか?」

「今日は寒いね?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る