第32話 完全放置すれば良いものを。

 試験から数日後。結果が廊下に張り出された。


「お、おい。あれ?」

「なんだとぉ!?」

「昨年、不真面目だった奴が二位ってマジか?」

「でも、白木しらきさんは不動の一位だな」

陽希ようきの野郎が順位外に転落した理由は不可解だが、ざまぁと思えるのは何故なんだ?」

「そこは奴の性格を考えれば仕方ないぞ」

「そういえばそうだな」

「「「うんうん」」」


 張り出された順位は一位から五十位までだ。

 選択科目の成績を加味した結果も表記されていた。


凪倉なくら君? 少しいいかな?」

「はて? なんのことだ?」

「もう! 手を抜いたでしょ!?」

「手? 全然、抜いてないぞ?」

「私に嘘を付いたらだめだよ?」


 いや、少しだけ抜いたかも。さきには悪いがいきなりトップは危険と判断したのだ。

 中学生の頃、それをやって酷い目にあったしな。

 それなら二位でいいかと点数調整してしまった。


「これは答案用紙を見せてもらうしかないかな。空白が目立ったら点数調整したと見做すよ?」

「うっ」


 俺が訂正しない事を念頭に語るさき

 使用している消しゴムが小さいため、不必要に訂正する事を避けているのだ。

 それなら大きな消しゴムを使えばいいが試験中に落とす可能性があるからな。

 時間は有限。時間いっぱい試験に臨む以上、少しのロスが命取りなのだから。


「唸ったって事は点数調整したでしょ」

「委員長には嘘が通じないかぁ」

「私を誰だと思っているのよ?」


 婚約者で俺しか見ていない彼女だな。


「罰として放課後の買い物に付き合ってね」

「か、買い物?」

「もちろん、本命の買い物だよ!」


 本命というと・・・勝負下着かぁ。

 半裸でも結構キツいのに派手な下着をご所望のさき


(水着ならある程度は受け流せるが下着は脱がせる事が前提だからな)


 普段使いなら水着と同じ認識で見ていたが、


「覚悟、決めてよね?」

「うっす」


 将来の嫁の希望ならば致し方ないだろう。

 だが、そういう関係に至るには心の準備が必要だけど。

 それは俺もさきも同じである。

 抱き寄せる。抱擁。キスまでは行った。

 素肌を見せる行為は試着でさきだけが行っているが。


「なんか、あの二人・・・距離感近くね?」

「そういえば、そうだな? 何でだ?」

「一年の頃は互いに塩対応だったよな」

「ああ。二年にあがって何かあったか」

「そういえば生徒会入りしていたな?」

「あいつが生徒会? 何したんだよ?」

「会長に取り入ったとか?」

「繋がりは無さそうだが?」


 なんか周囲の野郎共の視線がめっちゃ痛い。

 実は例の噂の影響は未だに残っていて、女子達からの心証は会長達とさきの努力の甲斐あって改善したものの、野郎共の改善は今少しだった。クラスメイトくらいだな。普通に話しかけるまでになったのは。


「文系のアホ共は無視してよ」

「分かってはいるがな」


 理系の野郎共からは羨ましがられるものの、ここまで刺々しい視線は頂かなくなった。

 さきの言う通り刺々しい視線を向けてくるのは、文系の野郎共だけである。

 今はまだ陽希ようきの野郎が生き残っているから仕方ない話なんだがな。

 俺とさきは教室へと移動を始めた。

 昇降口に居続けると面倒な事になりかねないからな。

 道中の話題は文化祭の件を話そうと思ったが、


「厳重注意で終わって次はないと言われて」

「次はないのに何故かやらかしたもんな?」


 さきの中では陽希ようきの件が占めているようだった。

 早く片付いて欲しい願いが表情からも読める。

 俺としては完全に忘れて欲しいのだけど。

 奴を意識すると嫉妬してしまうから。


「その結果が張り出されていない理由だし」

「ご苦労様と言いたくなるな」

「ホントにね」


 ちなみに、奴の結果は担任と会長を通じてお知らせを受けた。

 結果は陽希ようきが一位。

 さきが二位、俺が三位。

 当然と思える結果を打ち出した。

 あれも模範解答を暗記するだけでいいからな。


「カンニングより酷い手口だと思ったよな」

「事前の成績を加味しても有り得ないって」

「小テストで落ちるところまで落ちていたのか」

「元々が理系で文系に行ったからじゃない?」

「そうなると苦手な科目に自ら突っ込んだのか」

「私の後を追ったともとれるけどね」

「なるほどな」


 理系なら小テストの結果も納得だわ。

 なお、本来の三位は市河いちかわさん。

 四位にはかしわが入っていた。


あき君なら文系でもいけるよね?」

「いや、文系は苦手だな。英文なら分かるが」


 さきはどちらも熟すので選択時は俺の動向を見ていたらしい。

 白紙提出と聞いて「おい」と突っ込んだけど。


「え? 苦手だったの?」

「日本に居なかった期間を思えば理解出来るだろ」

「た、確かに。語学力はあっても苦手もあると」

「俺はそこまで完璧じゃねーよ」


 そういう意味で理系に進んで助かったとも取れる。

 文系だと引き続き最下位を維持していただろうから。

 すると階下から叫び声が響いてきた。


『有り得ない! 何故、俺が下位なんだ! 不当だ! これはカンニングだぁ!』


 それは妙に聞き覚えのある叫びだった。


「あらら。過去と同じ単語を叫んでる」

「へぇ〜。一字一句同じって凄いね?」


 今回はたまたまだと思うがな。

 ドタバタと走り去る足音まで響いてきたから職員室に直談判するつもりなのだろう。


「直談判という名の自滅行為か」

「あれほどの証拠が揃えばねぇ」


 そうして昼休憩前に知った事だが、直談判した陽希ようきは先生方から窃盗疑惑を突きつけられた。

 返却した答案のコピーと改変する前の模範解答の見比べを先生方が本人の前で行った。逃げられないと察した奴は窃盗を自白したそうだ。金庫の番号を何処で知ったのか問うたところ、裏サイトに書かれていたと言っていた。過去に似たような窃盗事案があったため、退学した生徒の報復なのではと愕然とした先生方だった。


(過去に問題があったなら金庫を変えるなりすれば良かったのに。そうすれば・・・いや、たらればを言っても仕方ないか? しかしまぁ、退学かと思えば報復を恐れて)


 明日から一週間の停学処分としたのは甘いよな。


「報復する生徒も生徒だが。先生方も甘々だよな」

「本当にね。とはいえその甘さが罰にはなったね」


 不思議なもので窃盗話が名前付きで校内を駆け巡り、周囲から白い目で見られるまでになった。

 そこに忘れ去られた盗撮話と女子達へのセクハラ。

 中学時分に語られなかった真実が明るみにされ、何処に居ても嫌悪の視線を向けられるまでになった。


あき君的にはどう思う?」

「そこで俺に聞くか? 普通」

「いや。経験者は語る、だし」

「そうだな。客観的には可哀想かもな」


 あくまで客観的に見たらな。

 学食で昼食を取ろうとしても席を空ける者など居らず、雨粒が落ちる外で弁当を食べないといけない。

 クラスメイトもヒソヒソ話を繰り出して俺に同情する始末。

 終いには学食で食事を摂る俺に詫びる生徒も現れる。


「それで本音は?」

「ざまぁ! この一択しかない」

「やっぱりそうなるよね」

「ならない方がおかしい」


 中学時分から三年もの間、苦しめられてきたからな。

 ある種の報復は叶ったものの、虚しいだけである。


「あんなのに人生を狂わせられるって俺の隙もあったんだろうな」

「あったとしても認められる行いではないよね? 公序良俗的に」

「確かにな」


 すると弁当を食べていた奴の背後に女子生徒が集まった。


「「あ!」」


 何やかんやと騒ぎが起きて市河いちかわさんの姿も見えた。


「例の件を知ったクラス委員長が動いたか?」

「そうみたいだね。内容は聞き取れないけど」


 微かに聞こえるのは『謝りなさいよ』の叫び声だけだ。

 周囲の喧噪が大きすぎて聞こえづらいがそれは聞こえた。


「詫びを入れさせようって感じか?」

「一年以上も触れてきた痴漢だしね」

「これが交際中なら話も分かるがな」

「嫌々だったもんね。本人は敏感過ぎて辛いって言っていたし」


 生徒会室で俺の居る前で平然と言っていたな。

 暗に「触れないで」との意思表示だったがな。


「お姫様抱っこした時はビクビクだったしね?」

「あれは脚立から落ちてきたから、事故だろ?」


 で、市河いちかわさんの後にさきも抱き上げた。

 張り合ったというより、感覚の上書きだとか言っていた。

 重量で言えばトントンだった・・・胸の重さ分。


「意外と役得だった?」

「俺はさきの方がいいわ。大きすぎるのは勘弁だ」

「ふふっ。それは良かった」


 小柄なのに一部が大きすぎる市河いちかわさん。


「片方に荷重がかかって左肩が脱臼するかと思ったし」

「そんなに重量があるんだ。一体、何キロなんだろう」

「全体通してさきの体重と大差ないからな」

「そうなんだ。そうなると肩こりが酷そうだね?」

「そこにあの体質が加わるからマッサージすら天敵だろ」

「常にビクンビクンと感じてしまいそうだね」


 外を様子見しつつ市河いちかわさんを語っていると、


「なんて話を学食でしてるんですか!?」

「「あっ」」


 あちらに居たはずの本人が現れた。


「本日の仕事、増やしますよ?」

「「ごめんなさい」」


 小柄でも古参の生徒会役員だ。ネタにするのは良くないな。

 とはいえあちらの事情を知らねばならないので問うてみる。


「で、どうして? 隠していただろ?」

「それがですね。なごみ経由でバレまして」

「「ああ」」


 姉の口が固いが妹は緩そうだものな。

 その見た目からしてそうだし。


「そこからクラス委員長の妹が告げ口してきて」

「揃って奴の叱責に向かったと」

「話が大きくなり始めたので離れましたけどね」

「お、大きくって?」

「盗撮の件です。あの場に居るのは全員が被害者ですから」

「そういう事か」


 市河いちかわさんの件はあくまで口実。

 本命は盗撮に関する謝罪を求めたと。


「マジで女子は恐いな。クラスメイトを利用するとか」

「私でも恐いと思ったよ。私も盗撮の被害者だけどさ」

「私は同じクラスなので何も言えません」


 それはどうあっても言えないだろう。

 俺達は理系クラスだから好き放題言えるが。

 直後、女子達が雨の降りしきる中庭に倒れた。


「「「キャー」」」


 ずぶ濡れになった女子の上に奴が座った。


「あれ、殴ってないか?」

「ここで本性が出てきたかぁ」

「停学が退学処分になりましたね」


 衆人環視下での暴行だからな。


「呼び出された先生が羽交い締めしたか」



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