第30話 区切りが付いて安堵したよ。

 月日は巡り、あき君の噂代わりに拡がった盗撮噂が沈静化した頃合いに事件が起きた。


「お気に入りの下着が白って純粋だよね?」

「悪かったな。白の下着が好きで」


 だが、あれは沈静化する噂ではなかった。沈静化するに至った理由は裏サイトが完全閉鎖されたからだ。逃げ足の速さだけは感嘆したが、それだけで終わるような人物ではなかったと改めて意識する事になった。


「正直なところ勝負下着向けではないよね」

「勝負下着って。そのつもりで買ったのかよ」

「そうだよ?」

「てっきり普段使いかと思ったわ」

「そうだったの?」

さきがそのつもりと思って選んだから」

「それなら普段から穿こうかな? 勝負は後日で」

「また俺に選ばせるのか?」

「当たり前じゃない。脱ぎやすい物を選んでね?」

「ぜ、善処する」


 私達はいつも通り二人で登校して教室に向かった。

 すると教室内にあおいちゃんが居て、


「あ! さきさん、大変です!」


 私達に気づくと同時に声を荒げた。

 あおいちゃんは生徒会活動で朝から登校していたのだろう。

 例の会計が解任された結果、しわ寄せが一人に集中したから。

 私は顔面蒼白にも似た様子のあおいちゃんに問いかける。


「大変って何かあったの?」

「は、はい。あ、それと凪倉なくら君は先生が呼んでいます」

「先生が俺を呼ぶ? 何かあったのか」

「しょ、詳細は私の口からはちょっと」


 一体、何が起きたというのか? あき君には言えない事?

 それとも教室内では口に出来ない事かな?

 誰もが何かあったのかって顔でこちらを見ている。

 あき君は鞄を持ったまま教室を出て職員室に向かった。

 あき君を見送った私はあおいちゃんに連れられて、


「生徒会室?」


 会長達の待つ生徒会室に案内された。


「事が事だけに教室では言えませんから」

「何があったというの?」


 理由を聞けば有り得ない事だった。


「は? ちょっと待って? なんであき君が疑われるの? ある意味、払拭したはずですよね」

「払拭は出来ている。先生方も嘘だったと知ったからな」

「ですが今回の件だけは誰もが信じられない様子でして」


 いや、それなら私も一緒に呼ぶべきでしょ。

 一人だけ呼びつけるのは流石に違うと思う。


「試験問題の窃盗疑惑って・・・そんなの有り得ないですよ」


 現在、我が校は中間考査の試験期間に入っている。

 生徒は勿論、生徒会の面々も職員室には入れない。

 そして本日が初日の試験なのだが、試験問題が模範解答を含めて紛失したというのだ。それも二年の試験問題だけが消え去ったという。


「我々も説明はしたのだがな。身内って事で聞く耳を持たないんだ」

「誰が最初に気づいたんですか?」

「生徒指導の犬束いぬづか先生だ。初日は数学からだから」

「ああ。それで金庫を開けてビックリと。でも、なんで?」

「金庫内に凪倉なくら君の消しゴムが落ちていたらしい」

「え?」

「それも名前がデカデカと入った消しゴムがね」

「はい?」


 消しゴム? なんで消しゴム?

 そんな消しゴムは使っていないのにそれだけで?

 有り得ないでしょ。そんなの。

 私は陰謀めいた雰囲気に気づき訂正させて貰った。


「あの? あき君の消しゴムってシャーペンに付いている小さい奴ですけど。それ以外は持ち込んでいませんし、仮に間違いがあっても訂正はしませんよ?」

「そうなのかい?」

「はい。一緒に勉強していますから間違いありません」

「だとするなら?」

「嵌められましたかね? 会長」

「嵌められたか。やりそうな人物は・・・不思議と心当たりがあるね」

「私もありますね。職員会議にかけられても厳重注意になった」

「甘い処分になったクズが裏に居そうですね」


 あき君の周りでそういう事を行う人物は一人しか居ない。

 一年生のホモ男子に追われる事となった陽希ようきはじめだ。

 何処に逃げてもフィジカルの差で見つかってズボンを降ろされる。

 校内では行っていないようだけど、お尻を押さえて登校する姿が何度も目撃されているのは確かだ。

 そのまま受けの性癖が目覚めればいいが、目覚める前に報復行動に出たようだ。

 するとあき君が疲れた様子で、


「とりあえず、疑惑の解消はしてきたわ」


 生徒会室に現れた。


「どうやって解消したの?」

「それは筆跡しかないだろ」

「筆跡って?」


 あき君の字は誰の目から見ても綺麗だ。

 逆に消しゴムの文字が達筆なら怪しまれるけどね。


「現物のコピーを貰ってきた」


 あき君はそう言ってコピー用紙を取り出した。


「左が俺の字、右が消しゴムの字な」

「「全然違う!」」

「汚い字ね。こちらは」

「性格が出ていそうですね」


 本当に性格が出ていそうだ。

 もし仮に奴があき君の筆跡を知っていたなら、こんなお粗末な展開にはならなかっただろう。


「これで騙そうとするって」

「名ありの品があるから疑うって気持ちは分かるけどな」

「そうなると今日の試験は?」

「一応するらしい。部分的に問題を変える必要はあるが」


 お陰で二年を担当する先生方は大忙しだろうね。


(窃盗した者が誰か判別すればいいけど)


 そう、思っているとあき君が苦笑しつつ語った。


「ま、犯人と思しき形跡があったから、担任に確認したけどな」

「「はぁ? 証拠を得た?」」

「形跡も気になるけど」

「どうやって得たの?」


 するとあき君は鞄から一本の瓶を示した。

 大きさは栄養剤と大差ない小さな瓶だったが。


「それはこれを用いたんだ」

「「「「これは?」」」」

「人の皮脂に反応する皮脂硬化剤だ」

「「「「は?」」」」

「これを塗布すると紙面であれ金属であれ皮脂がごっそり硬化するんだ。硬化した樹脂に紙粘土を押し付けると形状維持したまま得られる優れものだよ。ま、まだ改良の余地はあるけどな」


 皮脂以外の場所はアルコールのように揮発して影響外になる。

 ちょっとした発明品だったが今回は役に立ったと言っていた。

 それを開発したのがあき君でそれ自体が一つしかないそうだ。

 持ち歩いている理由は紛失しないよう厳重管理しているからだとか。

 他国では認可済みらしいが日本は申請中で結果が出るのが半年先らしい。


「そ、それなんて?」


 例の件の代物では? 成人を機に公開する流れだから。


「わ、私の母が欲しがりそう」

「そういえば鑑識だったわね」

「指紋採取が楽になると知れば喜びそうです」


 確かに喜びそうだよね。固めてペタッと貼り付ければいいし。

 それはともかく!

 私は驚きを隠さないままあき君に問いかける。


「確認したってどういうこと?」

「そのまんまの意味だ。目星はついていたから、提出物のノートを借りて一致するか調べた」

「そうか、職員室にはあるわね。当人の持ち物が」


 やっぱりあき君も犯人が誰か気づいていたと。

 ま、一人しか居ないけどね。こういうことをするのは。


「お陰で疑惑から確信に変わって、結果が出る頃には単位抹消を実施するそうだ。これは教頭先生の言だな」

「あらら。事実上の退学勧告かぁ」

「まぁ試験問題を窃盗して仮に上位になるなら仕方ない話よね」

「ええ。疑われても仕方ないですね」

「俺なんて教科書類を持ってきていないからな。この瓶と弁当と筆箱くらいだ」

あき君の場合は全部覚えているもんね」

「「はぁ?」」

「ふふっ。頭の出来が最初から違うって事でしょうね」

「そんなあき君に嫉妬して悪質な擦り付けを行ったのだから、何が何でも報いは受けさせないとね」


 退学の後に訴訟も開始されるだろうし。

 それにあき君が言うには閉鎖されたように見えてプログラムは生きているらしいからね。見える範囲に別ファイルを置いて名前を変えているに過ぎないと。奴はその間に得られた情報を使ってあれこれしているようだ。

 悪人は何処までいっても悪人と。



 §



 試験日程が全て終わった。結果が出るまでお休み・・・ではなく授業はあるんだよね。今日は男女共に合同の体育である。試験までの間は体力測定とか外で走ったりした。試験後の本日は女子はバレーボールで男子はバスケットボールである。

 中心をネットで区切られ、舞台側と入口側で試合が行われている。

 あき君もいつもなら見学なのだけど、


「マジで!? そんなところからスリーを打つとか!」

「フェイントが自然すぎて釣られてしまった件・・・」

「おいこら! バスケ部が素人に負けるんじゃねーよ!」


 珍しく参加して本領発揮しているよ。

 素人認定を聞いた私はイラッとしつつ先生に申告した。


「先生! 凪倉なくら君は本場仕込みですよ! 素人じゃありません!」

「なにぃ!? それは本当か!!」

「ちょ! こら、委員長!!」

「てへぺろ!」

「あとで覚えとけよ?」

「覚えておきまーす!」


 どんな説教を頂くのか楽しみにしておくよ。

 あき君は体育の先生に詰め寄られるも素早い動きで躱していった。


「なんだあの動きは?」

「バスケ部顧問がフェイントに釣られたぞ?」

「ウチの部員として欲しいな」

「「「分かる」」」

「キャプテンと対決して欲しいな」

「それだとメンツがつぶれね?」

「ああ、無理か」


 体育会系は上下関係が厳しいと聞くもんね。

 欲したとしてもあき君は入部しないと思うな。


(生徒会入りも決まっているしね)


 それは私もなんだけど。

 入るに至った理由はあおいちゃんの要望が大きい。

 一人では処理しきれなくなってきて会計と庶務を欲したのだ。

 元々が書記のため複数業務を行う予定はなかった。

 一年生の候補こそ見つけているが固辞されたりね。

 副会長の妹さんも固辞したので二年生から見つけるしかなかったらしい。

 昨年は私が固辞したので順位的に次とその次に話を聞いたそうだ。


(奴は中程だったと聞いたね。瑠璃るりも固辞したし。唯一、あおいちゃんが受けた)


 それでも人数不足は拭いきれず、それを聞きつけた奴が入ってきた。


(結果的に問題を起こして多大な迷惑をかけて去ったけども)


 退学後は中卒者になるか、逆恨みしてきそうな気もする。

 何はともあれ、私と奴の因縁がこれで無くなるのなら素直に喜ぼうと思った。


さきの出番!」

「はーい!」

「夫婦の活躍期待してるよ」

「私達はまだ結婚はしてないよ!」

「でも婚約者は居るでしょうに?」

「居るけど」

「委員長の婚約者って本当に居たのか?」

「イマジナリーかと思ったが。居たのか」


 失礼な! 顔面にボールを受けて転げろ!



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