第28話 急速に拡大した交友関係か。

 今日ほど上流階級の人々の付き合いと考え方が違うと思った事はないな。


「広ーい!」

「わ、わた、わた、私は奥でいいです!」

「仮に窓際に寄ったとしても落ちないわよ」

「間取りはウチと逆かぁ」

「何故こんな事に?」


 唐突にさきの事情を語る事になった生徒会長。家に戻るはずの俺も生徒会長の家へと案内されたのであった。それは話を聞いていた全員だな。

 さきだけは一旦帰って着替えてきたが。


「で、話を戻すけど」


 生徒会長はリビングのソファに座って語りだす。


白木しらき家は名の通り、我が家と比べるとその母体は凄まじいと言っても過言ではないよ」

「え? ウチってそんなに大きいので?」

さきさんは知らされていないだけだと思う。家を継ぐのが長男で、いずれ嫁ぐ身なのだから」

「あ、ああ。それで?」


 制服姿のままなのは真面目な話をするためだとか。

 着替えてきたさきとの対比は凄まじい物があるが。

 雰囲気的に知的と称しても不思議ではないしな。


白木しらき家の母体は我が家を傘下に収めるからね」

「えーっ!? そ、そうだったんですか!?」

「声が大きいよ」

「すみません」


 これを聞かされたらさきでなくても驚くだろ。

 俺も驚いたし、市河いちかわさんは目が点だ。

 家の事情なんて聞いて良いのかって感じだろうな。

 一方、副会長は顔面蒼白でガクガク震えているが。


「とはいえさきさんの家は母体とは無縁の地位にいるのは確かね」

「無縁ですか?」

「ええ、無縁なのよ。父君が末弟である事が要因よ。長兄や次兄、その他諸々が間にあって末の末だから。一番可愛がられて甘やかされる立場でもあるの。それもあってさきさんの祖父母が世継ぎ問題から離したくて離した結果」

「無縁であると?」


 生徒会長はさきの言葉に無言の頷きでもって返した。

 口の中が乾いたのかコーヒーで潤したのち再度、語り始めた。


「それとさきさんの家はその中で関連企業の経営を任されているに過ぎないのよ」

「・・・」

「世継ぎとは無縁だけど家中では実力主義的な考え方もあるの。碌に経営が出来ない子息に任せるほど甘い家ではないの。その中で生きてきたから、母体から切られる事を予測して動いていても不思議ではないわ」


 生徒会長は真面目な表情のまま会話を区切る。

 さきを見つめ自身との違いを理解させるように語りかけた。


「それもあって貴女には自由奔放な生き方を教え込んでいると思うの。何も知らないまま社会に放り出されるのは恐怖でしかないからね。だからこそ、令嬢教育は必要最低限に留め、社会経験を先に積ませている。お金も浪費しない生活を心がけるよう自活を勧めているでしょ」

「そうですね。家賃以外は自分で稼げと言われていますし」


 俺の家がしがないサラリーマン家庭だから教育は不要だしな。

 必要最低限のテーブルマナーを覚えておけばいいし。


「その点で言えば私の嫁ぎ先は同系統だからね。令嬢教育で厳しく躾けられたわ」

「あ、だから?」

「本物とか偽物とか勘違いしたのだと思う。雰囲気の問題もあるでしょうね」


 雰囲気か。確かにそれはあるな。勘違いしたのもそれが原因だし。

 公立に通う理由も関係者に問われる事を回避するための手段だったしな。

 上流階級は上流階級で大変なんだな。庶民で良かったって思うぞ。


「それであっても令嬢であるのは変わらないから、安心して住まわせる事の出来る場所を用意したのだと思う。家賃不要としているのも学生の身で支払える額ではないからね。ここ」

「そうですね。それには感謝してもしきれませんが」

「あとは早い段階で婚約者をあてがったのも守るためでしょうね」

「「え?」」


 守るため? あ、そうか!

 立場上、起きうるもんな。


凪倉なくら君は気づいたみたいね」

「末弟の末娘。甘やかしていた祖父母が黙って見ているはずはないと?」

「そういうことね。父君の気持ちは何処の馬の骨とも知れない相手より、親友の息子の方が安心と思ったのでしょうね。凪倉なくら君に与えた英才教育も祖父母を黙らせるために御両親が苦心した結果だと思う」

「俺の努力の末に身に付いた事と思っていましたが、裏にそんな思惑があろうとは」

「努力も大切な事よ。結果が結びついているから、今があるのだし」

「そうですね。その点で言えば逃げなくて正解でした。愛するさきと別離は二度とごめんですし」

「ふふっ。愛されているわね?」

「はい! 私も愛しています!」


 世継ぎ問題が裏に潜んでいるとなると、奴がやらかした冤罪は早々に解決しないと不味いな。

 この一件で放置出来ないと改めて認識した俺であった。


「でもね、凪倉なくら家の祖父母とも仲が良かったから、実際は認めているそうよ」

「「はい?」」


 今、なんて言ったんだ? 仲が良かったって?


「う、うちの父の両親が何故?」

「茶飲み友達。御近所との話よ」

「「そんなオチ!?」」


 茶飲み友達の流れで決まるって一体なんなのだろう?

 やはり上流階級の考え方はさっぱりだ。

 そうして一通りの暴露話に付き合ったあとは、


「さて、時間も時間だし」

「俺達はお暇しますね?」

「私も夕食にしないとだ。妹が待っているし」

「わ、私はお先に失礼します!」


 三々五々、帰宅の準備を始めたのだった。


「私も夕食にしないとね」


 すると生徒会長が何を思ったのか棚の中からカップラーメンを取り出していた。

 それは盛り盛りと書かれた豚骨ラーメンだった。


「「え?」」


 副会長はさっさと帰ったのでこの状況は見ていない。

 中腰の俺は頬を引き攣らせながら問いかけた。


「か、会長? それは?」

「ん? 夕食だけど」

「ゆ、夕食って・・・自炊は?」

「これが自炊だけど?」

「えっと・・・花嫁修業は?」

「茶や華ならやっているね。家事全般は家政婦が居るから」

「「あー」」


 料理は危ないからやらせてもらっていないのか?

 そうなると、


「家庭科実習はどうなったので?」


 気になったのはこれくらいだろう。

 成績優秀者だから出来ないはずはないが。


「卵焼きくらいは焼けるよ? 私を何だと思って」

「落ち着いて下さい。それで、ご飯は?」

「洗剤で洗うような真似はしない!」

「味噌汁は」

「突沸に気をつけている」

「裁縫は?」

「ぞうきんを縫うくらいなら朝飯前だが?」

「副会長の趣味的な物を作るのは?」

「それは無理だね」


 そうだろうな。あれは写真を見た限りだが本業の域に達しているし。

 俺はさきと目配せし、


「これは少々残念過ぎるんだが?」

「私も思った。イメージ崩壊だよ」

「どうする? 呼ぶか?」

「ご飯に? ん〜。一緒の時間が無くなるしなぁ」

「でも、家には飲兵衛も居るぞ?」

「あ、存在すら忘れていたよ!」

「飲兵衛乙」


 こそこそと話し合った結果、カップラーメンの湯を沸かし始めた生徒会長に提案する事にした。


「食費を頂く前提になりますが、ウチで食べますか?」

「は? た、食べるって何を?」

「「夕食。可能なら朝食も」」

「「は?」」


 きょとんが二人。市河いちかわさんは帰っておらず玄関先で話を聞いていたらしい。



 §



 一先ず、生徒会長こと優木ゆうき李依りえ先輩を連れて階下に降りていく。


「フルネーム初めて知ったかも」

「普通に会長とか生徒会長とか呼ぶもんな」

「畏れ多いですよね。存在感が神々しくて」

「私は至って普通の女子高生なんだけど!?」

「至って普通は市河いちかわさんみたいな子ですよ。先輩」

「うっ」


 エレベーター内でのやりとりは少々騒がしいが、俺と一人を除いて私服姿なのは不思議な感じがする。

 さきは淡いピンクのポロシャツとジーンズという気軽な姿。

 先輩はガーリーな割にシックにも見える黒のワンピース姿であった。

 自由奔放を地でいくさきと、御嬢様然とした先輩か。

 するとさきが、

 

あおいちゃんはどうする?」


 一人だけ除け者になりそうな市河いちかわさんに問いかけた。


「私ですか? 伺っても宜しいので?」


 視線が俺に向いたので視線を合わせず答えた。


「一人増えようが二人増えようが影響はないぞ? 家主も構わないって言ってるし」

「そ、そうですね。着替えてから伺います」

「そうだよね。下は何も着けていないしね」

「それこそ擦れて感じてそうね。大丈夫?」

「ノーコメントです」


 これは感じていると見て間違いないな。顔が赤いし呼吸も荒い。

 気丈に振る舞っているが身体の反応は歴然だよな。


(これが奴の手で一年以上も開発された結果か)


 俺は視線を合わせず市河いちかわさんが住んでいる二階のボタンを押した。

 市河いちかわさんは金属鍵を取り出してエレベーターから降りていった。

 一応、家に入る鍵はどの部屋も同じだが、要望があれば通常鍵も使えるのだ。

 家に戻った俺は自室に入る。さきは先輩を連れてリビングに向かった。


『久しぶりに入ったけど雰囲気が変わった?』

『雰囲気ですか?』

『汚部屋だったのに全体的に綺麗になっているから』

『お、汚部屋って』


 微かに聞こえた会話から察するに、それは俺が住まう前の話だろう。

 あの飲兵衛は自室だけは綺麗にするが自室以外は掃除しないズボラなのだ。

 客の出入りがあるところだけ綺麗にしても意味ないのにな。

 同居開始日に玄関から異臭が漂ってきた時は愕然としたし。

 制服から部屋着に着替えた俺はキッチンに移動してエプロンを身に着ける。


「今日の献立はシチューでいいか。ご飯は炊いていないからパンで代用と」


 帰宅が遅かったので出来る事は限られる。

 それでもキッチリ作らないと飲兵衛が暴れるので作るしかないのだ。

 暴れるっていうか外食に出てしまうからな。


「なんか手慣れているわね」

「管理人さんの料理番ですよ」

「ああ、家政婦代わりと」

「洗濯以外はあき君が行っていますね。洗濯だと下着を洗わないとなので」

「なるほど。三十路前といえど女性だったね」


 それも既婚でバツ一のな。再婚する気はあるみたいだが、お眼鏡に叶う男性に出会えないのだという。再婚したら俺は家から出て行くしかなく・・・最悪はさきの家に泊まり込むしかないだろう。さき自身もそれでいいのか両手を拡げて俺を迎え入れると宣言していたりする。

 しばらくすると騒がしい声が玄関先から響いてきた。


『内気な姉さんにこんな知り合いが居たなんて!?』

『ちょ! 声が大きい』


 なんだ市河いちかわ姉妹がやってきたのか。



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