第27話 化けて出ないだけマシだな。

 問題児の対応にかかりきりになっていると最終下校時刻になっていた。


「結局、取りに戻ってこなかったな」

「単純に忘れているんじゃない?」

「忘れる物かね? 情報の塊だぞ」

「怒り心頭になっていたら意外と」

「その線もあるか」


 後片付けを済ませた俺とさきは施錠を行う生徒会長達を尻目に夕暮れの空を眺めていた。今回は体育祭の準備のため残っていたはずが、様々な要因で予定がずれ込んでしまったな。

 特に市河いちかわさんはとんでもない被害に遭った。

 本人は気丈に振る舞っているが内心は恐かったに違いない。


「フォローが大変そうだな」

「ああ、ね。でも、何処までやられたか知らないけど、瑠璃るりの言った通りなら」


 かしわが言った『小さい・細い・早い』か?

 これがアレク並だったなら、辛い目に遭ったと思う。


「なら、そこまでの被害は及んでいないと?」

「精々、見られて触られた程度かと思う。制服を汚されて捨てざるを得なかったのは手痛い話だけどね」


 第三者の目から見たらそうなるか。

 本人の立場になって考えると聞かれては不味い一言だが。


「それでも心に傷は残るだろう。特に触れられたくない部分なんてさきとしても嫌だろ?」

「そうだね。それを言われると正直嫌かも」

「その嫌な部分を本人の意思を介さず触れたんだ。男性恐怖症になっても不思議ではないぞ」

「なんか・・・あき君はそういう事情を知ってそうな物言いだね?」


 これは嫉妬か? そうか、彼女を心配したからか。

 仮にこれがさきだったとしても心配するのだが。

 俺はさきを抱き寄せ耳元で囁いた。


「知っているさ。友人が犯されて離れていったからな」

「え? そ、それって?」

「あちらで知り合った友人。アレクの腐れ縁だったが」


 あれは忘れもしない。アレクとバスケの試合をしている最中、何処からともなく現れた野郎共に襲われていたなんて。俺達が夢中になっている裏で起きた頭の痛くなる事案だった。


「男勝りな性格が災いしてな。野郎共に挑発した結果」

「ま、まさか?」

「手酷く犯されて男に近づく事すら出来なくなった」

「・・・」

「そういう事情を目の当たりにしたからな。相手が良くても壊してしまうんじゃないかって恐くなった」


 男とはそういう生き物だと・・・俺自身もそうだから恐くなった。

 それでも人並みに性欲があるから、意識しないよう努力した。


さきの事は大事にしたいし安易に傷つけたくない。一生を共に生きていく大切な女性だから」

「・・・」


 そういう行為に及ぶ時はどうあっても傷物にしてしまうから、


「本気で愛し合いたいと思う時でないと関係を結ぶのは難しいと思う」


 責任が取れる状況になるまではさきが望んでも出来ないだろう。

 反応はするから不能ではないんだが、俺の気持ちの問題でもあるからな。


「う、うん。分かったよ。わ、私も安易に考えていたのかも」

「ごめんな。ヘタレで」

「そんなことはないよ!」

「そうか?」

「私も口では軽々しく言うけど、その・・・心の準備が整うまでは無理だと思うし」

「・・・」

「お、幼い頃と違って、い、色々変わっていたりするしね。どうせなら、綺麗って思われる身体になってからの方が、良いと思ったし」

さきは十分綺麗だと思うが」

「わ、私の気持ちの問題! 以上!」


 そこで話は打ち切られた。ま、俺の気持ちの問題もあるから、緩りとしたペースで関わっていけばいいか。但し、落ちてくる火の粉には警戒して護る時は護らないといけないが。そんな俺とさきの会話を、


「な、なんていうか。お熱いですね。会長」

「そうね。プロポーズにも聞こえたけれど」

「私もこんな男性だったら良かったのにぃ」


 生徒会役員の三人に聞かれてしまった。


「でも開通はしてないでしょ? 一発目は制服への不時着だったし」

「未遂でしたけど恐かったんですよ? 細くて揺れる代物が目の前にあれば」

「それなら裸なった理由は?」

「汚されましたから、着たくなかっただけです。下着は破られましたけど」

「ああ、それで壁際に立っていたと」

「胸と股間を手で隠していたのは?」

「私まだ純潔です。繋がっていませんから!」

「でも生理の件は?」

「問われたから教えただけですよ」

「「「なんだぁ〜」」」


 おいおい。そうなると襲われただけか。

 それはそれでトラウマになりそうな事案だが。


「恐かったのは本当の事ですからね!?」

「「お、落ち着いて、分かったから!」」

「先輩達は分かってません!」


 急に騒がしくなった生徒会役員達。

 職員室に向かう俺とさきは苦笑しつつ安堵した。


「ギリ、傷物回避か。良かったような悪かったような」

「今回は例えようのない被害だもんね」

「単純に校内で露出狂が出ただけかもな」

「「「それだ!」」」


 俺のちょっとした例えで生徒会役員達は声を揃えた。

 今回の被害は変態に遭遇して襲われたって事だもんな。


「分類はどうします? 学校の怪談か都市伝説か?」

「この場合は都市伝説の方が無難ね。怪談は実害が無いし」

「なら出だしはこうですかね? 夕方の校内に出没する顔だけが良い露出狂」

「続きはこうね。細枝を揺らして白い樹液を垂れ流す。その正体は枯れかけたゴムの木の精霊だった」


 精霊とした段階で怪談になった気がするが。

 俺は疑問に思った事を生徒会長に問いかけた。


「校内にゴムの木なんてありましたっけ?」

「生物教師だった校長先生が育てているわ。越冬が出来ないから冬場は枯れかける事が多いけど暖房費がバカにならないからね。あれ」

「ああ、本当にあったんですね」

「経費の無駄だから正直やめてくれと言っている先生が多いのも事実でね。この際だから」

「奴の行動と合致させると」

「危ない生徒とすると警戒して帰る子が増えるからね。準備が必要な時に人手がないのはちょっと」

「だから、それを踏まえて奇っ怪な精霊が現れる事にしたと」

「ゴムの木を撤去する良い口実にもなるしね」

「「「なるほど」」」


 咄嗟の判断でこれを考えるとか、やっぱり血筋かね?

 優木ゆうき家は名の通り優秀な人材が多いとみえる。


「あとはスマホも拾得物として職員室に預けないとですね」

「ええ。中身を見た事は置いておくとして。丁度、バッテリーも切れたしね」

「危険な中身が見られる心配もないと」

「私達にとっても手痛い情報ですしね」

「男性教諭に見られるとか嫌だしねぇ」


 俺は良かったのかと疑問に思ったが口に出す事はなかった。

 こうして急遽決まった学校の怪談ならぬ都市伝説はこの場の人間から始まって校内に拡がっていった。

 噂というやつは一度でも拡散すれば、真偽はどうであれ嫌でも拡がるからな。

 この一件で校長先生に対して『ゴムの木を撤去してくれ』と願う女子達の署名が寄せられるのはそれからしばらく先の事であった。なお、ゴムの木の精霊の元。奴のやらかしは表沙汰にはなっていない。

 表沙汰になったら被害に遭った市河いちかわさんにも害が及ぶから俺達だけの心に留めただけな。



 §



 事後、帰り道も何故か全員が同じ通学路を進んだ。

 さきと生徒会長、副会長は同じマンションなので仕方ないと思うのだが、


「ところであおいちゃんって何処に住んでいるの?」

「私ですか? 妹と一緒に二人暮らしをしてますが・・・住んでいる場所は」


 何故かウチのマンションを指さしていた件。

 生徒会長達は知っていたのかきょとんとしたままだ。


「同じとこぉ!?」

「え? さきさんも一緒なんですか!?」

「う、うん。私は最上階だけど」

「どちらかと言えば私の家の隣だね」


 そういえば生徒会長の家も最上階だな。副会長は三階に住んでいるが。

 なんでも副会長は高所恐怖症らしく三階以上は恐くて登れないのだそうな。

 学校がギリで三階建てだからな。三階からの景色は大丈夫でも少しでも上に行く事になると足腰が立たなくなるそうだ。屋上なんて以ての外で食事の際は学食か生徒会室で食べていると聞く。


「御近所さんだったんですね」


 本当に御近所さんだったんだな。これは気づかなかったわ。


「ウチの学校に通っている生徒って多いのかな?」

「割と居るかもね。近いし、学生にとっては家賃も安いし」


 但し、最上階は除く。次に高いのはファミリー層向けだがな。

 あのマンションは階層が下がるに従い、値段も下がっていく。


(管理人室なんて家賃ゼロだしな。管理人だからゼロではないか)


 住人への気苦労を支払わねばならないから、医療費がバカ高いな。

 あとは酒代と飯代。飲兵衛の浪費もあるから、ゼロではないか。

 すると市河いちかわさんが一緒に帰っている俺に意識を割いた。


「ところで凪倉なくら君もこの近くなんですか?」

「近いと言えば近いか?」

「近いと言えば近いね?」

「そうね。近いわね」


 一階ですとは誰もが言わない。


「会長も御存知で?」

「以前の小鳥遊たかなしが知ったら後が恐いから言わなかったけどね」

「以前のって・・・いや、あれは、その。ごめんなさい」


 目を泳がせた副会長はそう言って俺に頭を下げた。


「謝らなくていいですよ。状況が状況でしたし」


 生真面目で融通が利かないからな。この人。

 それはともかく。マンションのエントランスに入った途端、白い目で見られた。


「え? 付いてくるんですか?」

「付いてくるの? 女性専用だけど」

「幾ら婚約者でも・・・それはちょっと」


 分かっていた事だが微妙に辛い。


さきの時を思い出すわ」

「それを言わないでよぉ!」

「ま、まぁ知らない者にとってはそうなるだろうね」

「会長は御存知だったので?」

「まぁね。管理人さんが身内だし。ここが父の生家でもあるから」

「「え? 生家?」」

「あちらの家は別邸でね。本来の実家はこのマンションの前にあった屋敷なの。でも老朽化が目立っていたから祖父母が元気な内にマンションとして建てて貸し出す事になったの。それからしばらくして父が生まれてって流れね。で、彼は長女。叔母の息子で今は次女の家にお世話になっているのよ」

凪倉なくら君って優木ゆうき家の?」

「親戚ではあるか。本物と繋がりがあると知ったのは今日だけど」

「そ、そうなんだ」

「ところで本物って?」

「私が偽物。会長が本物的な」

「由緒あるって家柄って意味なら白木しらき家よ?」

「「え?」」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る