第22話 用意周到とはこのことかぁ。

「もう、逃げられない」

「絶対、逃がさないよ」


 さきに先手を打たれて決定した男女混合二人三脚。


あき君が休むと私が一人になってしまうから休めないよね?」

「うっ・・・策士だ。策士が隣に居る」

「えへへ。褒め言葉として受け取っておこう!」

「全然、褒めてねーよ」


 決まる直前までは擦った揉んだあったが結果的に決まってしまった。

 擦った揉んだの主な理由は野郎共からの猛反発だった。

 猛反発を受けたさきは胸を張って冷たい視線を野郎共に向けた。


「私の胸に意識を割く人とは一緒に走れないよね? 密着したら胸が当たるもん」


 そう、今のように胸を張り、立ち上がった拍子に胸を揺らした。


「それはまぁ・・・そうだろうな。肩と腰も抱き寄せあって走るから」

「お尻にも当たるしね」

「そこは腰と太ももな」


 揺らした瞬間に視線を向けた野郎共に対して「変態」と言い放ったのだ。

 俺の席からも見えてはいたが変態の中に俺は含まれていなかった。


あき君は存分に意識してもいいけどね」

「それは素直に喜んでいい事なのか?」

「うん。喜んでいいよ?」


 むしろ存分に見てくれと隣で胸を張るが廊下という事もあってチラ見するだけに留めた。掃除当番の後、教室脇で待っていたさきと職員室に立ち寄った。

 鍵を返して訝しげな体育教師に見つめられながら。

 その際に、


「進路指導で呼び出しか」


 生徒指導室かと思えば職員室と区切られた応接室に通された。

 さきに対しても聞きたいことがあるのか座るよう言われていた。


「そういえば一年の時はなんて書いたの?」

「白紙」

「おい」


 飛び級の件もあってか不明確な進路が書けなかったのだ。


「ま、大学受験が叶うなら一般入試で受けてみるのも有りだろうな。記念受験になりそうだけど」


 過去は過去。学士という学位はあっても当時の在学期間より長く日本の学生を享受しているからな。流石に無理って事はないはずだ。よほどの事になれば何らかの特別枠が設けられそうな気もするが。


「記念受験はともかく、それって学部を変えるってこと?」

「ああ。経済学部も気になっていたしな。気になっていなければ株取引で利益を出そうとしないだろうし」

「そういえばそうかも・・・。でもさ? 理系に行けとか言われそうだけど?」

「理系に行かせられるならあちらに戻って大学院に入るわ」

あき君にはその選択肢もあったね」

「教授から戻ってこいって連絡もあるからな」


 これはガチで届いている。勿体ないと言われつつな。


「戻るなら私も付いていくよ?」

「留学って形で?」

「もちろん!」


 さきも今の年齢なら付いていく事も可能になるな。

 成績も良いから願えば叶いそうな気がする。


「あとは専門学校か?」

「そちらも可能だね」

さきの進路と被らなくなるけどな」

「そうなったらそうなったで一緒に行くよ?」

「いいのかよ? 経済学部」

「家を継ぐのは兄さんだしね」

「そういえば居たっけ。兄さん」

「存在感が薄すぎるけどね」


 妹から薄すぎると言われる兄さん乙。

 さきの兄さんは現在、俺の卒業した大学に通っていたはずだ。

 入れ替わりで留学してきて、出くわす事すらなかった。

 そんな内部事情的な会話をしていると、


「なんかとんでもない会話が聞こえた気がする」

「「気のせい気のせい」」

「あれが気のせいなら葉山はやま先生が顎を床に落としませんよ」

「「あらら」」


 引き攣った表情の担任が俺達の正面に座りつつファイルをテーブルに置いた。

 葉山はやま先生とは体育教師だな。気になって隣に立っていたのだろう。


「授業後に犬束いぬづか先生からの推挙があったのだけど、今の話を聞くと悩ましいわね」

「それはどうも」

「我が校としては記念でもいいから受験して欲しいけど」

「何事も受かれば・・・ですけどね。私の場合は例の件もありますから」

「それは・・・まぁ、そうでしょうけどね」


 担任も噂の件では苦々しくなるよな。今更、更生したとして一年次の汚点は拭えない。だから出来る事は記念受験だけになる。落ちる前提の受験だから表沙汰には出来ないが。


「ところで先生。私は何故?」

「第一志望がお嫁さんだからとしか言えないわ」

「おい」

「てへっ」


 そんな舌を出して笑わなくても。

 俺の白紙にツッコミを入れたのに自分はお嫁さんかよ。

 いや、まぁ分かるけど。


「第二志望からは大学進学だけど。第一と第二を入れ替える気はない?」

「そうですね。昨年はそう書きましたけど・・・」


 そう言いつつ俺をチラチラと見るなよ。言いたい事は分かるけど。


「極力、凪倉なくら君の進む道に沿ってみようかなと」

凪倉なくら君の進む道?」


 これはどう反応していいのやら。担任の視線がめっちゃ痛い。


「彼が大学受験するなら私も受けます。同じく専門学校に行くなら」

「い、いやいや。貴女の進路よ? これは」

「そうですね。私の進路ですが・・・それと同時に凪倉なくら君との進路でもあるので」

「どういうことなの?」


 今日のさきの暴走は相当だわ。

 俺は仕方なく本当の関係を明かす事にした。


「実は私達って幼馴染なんですよ」

「お、幼馴染?」

「親同士の仲が良い幼馴染です。あとはオフレコなんですが」

「オフレコ・・・外には言えない的な関係なの?」

「ええ。白木しらき家の外聞が関係するので表沙汰には出来ませんが」

「外聞・・・ああ。そういう? だから」


 察しが良くて助かるよ。そう伝えれば政略結婚と思われるから。

 とはいえウチの家は、企業でも経営者でもないけどな。

 ごく一般的なサラリーマン家庭だ。持ち家のない一般家庭。


「私は彼と一緒に居たいんです。今の立場上、大きな声では言えませんけどね」

「そ、そうなのね」

「例の件は私にとっても頭の痛い話なんですよね。喫煙と飲酒・薬物と暴力なんて何処から持ってきた話なのやら? 入学当時、科学的に身の潔白を証明しても、聞く耳すら持ってくれなくて途方に暮れていましたし」


 それが俺の偽らざる本音である。なのでこの際だからと暴露してみた。

 担任は急に話を振られたからきょとんとした。


「え? そ、それってどういう?」


 俺は制服の袖を先生に近づけてみた。


「まず、喫煙なら制服に異臭が残りますよね?」

「あ、そういえばそうね。葉山はやま先生の周囲なんて臭すぎるし」

「臭いですよね。体育教師がそれでいいのかって思いますもん。女子の間でも不人気ですしね」

『がーん』


 なんか外で誰かさんがショックを受けてら。これを契機に禁煙したらどうよ?


「飲酒なんて以ての外で、アルコール臭が苦手でした」

「は? そ、それって?」

「彼はアルコールに弱いんです」

「今の保護者が酒豪ですので、ある程度の匂いなら慣れましたけど」


 大学の時、それだけは本当に苦労した。


「薬物は血液検査と尿検査で一発です。これらの話は保健医の先生が詳しいかと」

「た、確かに」

「特に暴力なんてキリが無いですよ? 言葉の暴力、ペンの暴力、こうやってパシッと頭を叩くだけでも見る者によっては暴力にされてしまう。程度の問題であっても、一括りにするには主語が大きすぎますしね」

「それらを直接見てもいないのに平然と拡散しようとする悪意ある者の考えは理解出来ませんね」

「それを改めて聞くと・・・そうね。どうして信じていたのかしら?」

「一つは入学当初の彼の態度でしょうね」

「わ、分かるけどな。でもな? 初対面で面と向かって不良と言われたら、どうしようもなくね? 色眼鏡で見られている現状で、本当の事を伝えたとしても、信じる者なんて居ないだろ。思考停止の結果ともいうが」

「ああ・・・私達は思考停止していたのね」

「先生方は忙しいですから。その中で得体の知れぬ噂が拡がって困惑した結果、見なかった事にした」

「今は比較的、余裕があるから聞く耳を持ってくれたのでしょうけど」

「そうね。今日は進路指導でもあったのだけど」

「むしろ、進路指導だから良かったのではないですか?」

「良かったというと?」

「ここで状況打破しない事には学校名に傷が付きます。彼は謂れなき誹謗中傷に晒されて今があります。相談しようにも相談する先生が誰も居ないというのは、生徒のいじめに教師が荷担している事と同義ですからね」

「あっ」


 きっつい一言だが、まさにそれだな。

 職員室で聞いている先生方も沈黙中だ。

 ここで俺はとある情報をリークする事にした。


「それとなんですが・・・今日の昼間に生徒会長から相談された事があって、ですね」

「生徒会長? 優木ゆうきさんが貴方に相談したの?」


 あら? あの会長ってそんな名字だったのか。

 そういえば何処かで聞いた名字だな? 誰だっけ?


「ええ。まぁ・・・その時にですね」


 俺は小声で何を相談されたか明かしていった。


「え? 帳簿にそんな額の出費が?」

「いつのまに会長とそんな仲に?」

「一年の頃からだな。って、嫉妬するなよ」

「してないよ!」

「頬が膨れてる膨れてる」

「ぶー」


 さきは嫉妬したが担任は事情が事情なだけに愕然としていた。


「おそらくですが、来月の頭の請求金額で判明すると思います。生徒会長もそのつもりで動いています」

「ああ、そうか。証拠はあっても言い逃れする可能性があると」

「現物の納品があるなら見て見たいところですが」

「納品。広報誌よね?」

「そうなっていますね」


 担任は中座して事務局へと向かった。おそらく納品があれば受け取りは事務局が行うと思ったからだろう。


「生徒会広報誌なんてあったの?」

「生徒会長の言い分では存在しないな。副会長が関わっているなら話は変わるが」

「あの生真面目の権化が関わるかな?」

「奴を紹介したのは生真面目の権化だ」

「そうなの?」

「そうらしい」


 しばらくすると担任が戻ってきて、


「百部なら事務局に届けられていたわ」


 一冊の冊子を示してくれた。あったのかよ、広報誌。


「存在していたの?」

「生徒会長は知らないって言っていたが」

「依頼したのは小鳥ことりさんね」

「ここで副会長かぁ」


 これは裏で繋がりがありそうだな。


「でも、そうなると毎月の出費と部数が一致しないよ」

「百万部だろ? 届いたのは百部だ。桁が違い過ぎる」

「残りの生徒会費は何処に消えたのかしら?」


 それが分かれば苦労はない。



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