第21話 見事な掌返しに唖然呆然だ。

 昼食後、教室に戻った俺は席を立って近づいてきたさきから手紙を受け取った。


「あとで読んでね」

「おけ」


 すれ違い様にブレザーのポケットに入れてきたさきはクラスメイトの女子達と廊下に出ていった。自分の席に着いた俺は手紙に目を通す。


(あらら。菓子作り勢の目に留まったか・・・)


 このクラスには自作してでも甘い菓子を食べたがるガチ勢が居るのだが、今回のデザートを味わったガチ勢が、弁当を食べる前に自分で作ったと言っていたさきに問いかけたようだ。どうやって作ったのか分かるなら教えてと。


(たちまち、俺が作ったとは言えないからな)


 どういう関係なのかと騒ぎ立てる者が溢れ、別れさせるために動く者も居るだろうから。特に周囲で血走った目をしている野郎共。朝方、かしわがチラッと彼氏に会ったと含ませて言っていたので、何処の何奴だと未だに騒いでいる。授業中は静かだったのに休憩になると騒ぎだしてさきの不興を買っていた。どうも、この高校には寝取り根性だけの間男しかいないようだ。


(不興を買う行為だって気づけないのかね?)


 そもそもの話、さきは婚約者持ちの令嬢だ。

 そこらの有象無象など最初から相手にしていない。

 この件は生徒会長にも通じる話で生徒会長も大学に通っている男性が婚約者だと教えてくれたんだよな。生徒会長が相手でも告白してきた野郎は相当数居たそうで断り文句を考える方が大変だったと言っていた。


(素直にごめんなさいと言っても、聞かずに付き合おうとか言ってきた、俺様が多かったらしいが)


 どうしてこう、色恋が絡むと野盗共は貪欲に猿人に落ちてしまうのか。

 俺も同類にならないよう奴等を反面教師として見つつ気をつけないと。

 しばらくすると肩を怒らせたさきが戻ってきた。


「ほんと、いい加減にして欲しいよ。なんで私が付き合わないといけない訳?」


 右手に紅茶のペットボトルを持っていることから、学食の自販機に向かったのだろう。その際に何かしらの機嫌を損ねる何かがあって、普段はあまり見ない怒り心頭な表情になっていた。

 肝心の理由は一緒に買いに行っていた女子の発言で判明した。


陽希ようき君ってさ、顔だけはいいけど、中身は本当にダメよね」

「分かる! 顔だけは良いんだけどね。顔だけは!」

「なんで乙女心を理解しないかなぁ? 表情を見ただけで分かるじゃん。毛嫌いしているって」

「一時期付き合っていた瑠璃るりが言うと説得力あるわぁ」

「ちょっ! そこでその話を持ち出さないでよ!」

「いやいや。本当の話だしさ・・・」

「あんなの私の人生の汚点でしかないわ。なんで初めてをアイツに捧げたんだが?」

「「「どんまい、瑠璃るり」」」


 ああ、クズがさきに絡んだのか。


(自分が学年二位だから俺と付き合う方が良い的な口説き文句を使ってそうだよな)


 さきは学年一位だから何がなんでも付き合いたくて狙っていると。

 それを知ると怒りが湧き上がってきたがクズの思う壺になりそうなので我慢した。根回しを済ませているクズを相手に動くなら、こちらも相応の準備なくして動けないからな。たちまちは生徒会長が相談してきた使い込み問題をどうにかしないといけないが。そんな中、市場を注視していた俺のスマホへと例の裏サイトに不可解な書き込みが入ったと通知が届く。


(裏サイトリニューアルのお知らせ? 大規模サーバにて公開中。こちらよりも好き放題書けるから是非使って下さい? 何を書いているんだ。あのクズ)


 それは該当IPアドレスの持ち主が書き込んだ際に送られてくる通知だった。

 スマホから閲覧すると大変見覚えのあるプログラムが動いていた。


(認証を切られたはずだが? まさかバックアップしていたのか? いや、複数購入していたのか)


 開発者によって消されたはずのプログラム。それが復元された形で動いていた。

 データベースだけはまっさらになったから投稿数はゼロに近いが閲覧した学生達がこぞって移動している事だけは分かった。


(用意周到というかなんというか。早速、さきに彼氏が居た件が書き込まれたな。個人情報を意識しないバカ学生が多くて頭痛がする・・・あ、管理人が俺が彼氏ですって書きやがった。何様なんだろうな、これ)


 これは流石に生徒会長へと連絡すべき事案だよな?

 俺は以前教えて貰った連絡先にメッセージを飛ばす。


(該当裏サイトの再開を確認。来月初旬の会計項目に注視して下さい・・・と。了解ときたな)


 過去の件で騒ぎ立てたとしても言い逃れするので未来に起きるであろう事案で証拠を取るよう進言した。


(爆発的に伸びているアクセス数。一日で上限値を突破しそうな勢いだな)


 これが生徒会費より出されるとしたら請求金額はどうなることやら?


(学校の金でメシウマかね? 広告も載せているみたいだし)


 平然とこういう事をやってのけるから本当の問題児が誰なのか判明するよな。

 仮に俺が生徒会入りしていたら、過去のような隠れ蓑にされそうなので相談役で居る方が無難だろう。

 そうこうしている内に、俺の過去話まで書き込みやがったバカも居た。

 そのスレにクズが反論するように書き込んでいた。


(それ、嘘だぞ。そんな上手く発音出来る訳がないだろ。デマだ。デマ! って、お前がデマだろ?)


 実際に証拠として見聞きした教師達とクラスメイトが居る中で反論するクズ。

 どのような状態になっても俺を悪く言いたいとんでもな問題児だと分かった。


「面倒な輩に絡まれたもんだ」


 面倒臭がって私立中学には行かず、公立中学に行った俺の自業自得が原因か。

 昼休憩の後、選択授業が開始された。


「ふむ・・・本当でしたか」


 教科書を出している俺に気づいた数学教師。

 不服そうな表情のまま教科書を捲っていく。


(願った通り真面目になったら叱れなくなって意気消沈って何なんだろうな?)


 数学教師は復習と称して一年の頃に習った数式を黒板に書いていく。


「そうですね。凪倉なくら君、前に出て答えて下さい」


 俺と視線が合った瞬間、ニヤけ面で書けと言う。

 出来損ないに出来る訳がないと決めつけたいらしい。

 いつもなら分かりませんと返すが、


「はい」


 騒然とするクラスメイトの間を進んで黒板の前に立つ。

 数学教師も来るとは思ってもいなかったのか呆然としていた。

 俺はそんな教師を無視して数式を解いていく。

 途中式までしっかりと書いて、答えを出した。


「出来ました」

「あ、ああ」

「先生?」

「し、失礼」


 固まっていた数学教師は答え合わせを行っていく。

 俺は戻れと言われてないのでさきの前にて様子見した。


(というかさきの笑顔がすっげぇ眩しい)


 数学教師は「有り得ない」と呟きながら震える手でマルを書いていく。


「せ、正解です。戻りなさい」

「はい」


 クラスメイトは騒然としたまま俺に視線を向けてくる。

 授業態度が悪いだけで授業は聞いていたのかと勘違いする者も居たけれど。


(既に通った道だしな・・・こんなので驚かれても)


 すると椅子に座ろうとした俺へと数学教師が質問してきた。


「と、ところで凪倉なくら君は帰国子女と聞いたのだが」

「それが何か?」

「義務教育を受けずにどうやって今の学力得たのかね?」

「ああ。両親からの教育ですね。母は東大卒。父は京大卒ですので」

「そ、そうですか。座って下さい」


 本当は定期的に訪れた叔母から直接習っていたが言わずとも良いだろう。

 あの飲兵衛は東大首席卒だからな。頭の良さは母さん以上である。


「高学歴の両親持ち?」

「ほ、掘り出し者?」

「ムカッ」


 おおう。さきの機嫌が急降下してる。

 大丈夫、大丈夫だから。さき以外は相手にしないから。

 すると前の席に座る男子が振り返りつつ質問してきた。


「お、おい。質問なんだが・・・知能指数は幾つなんだ?」

「知能指数? あ、IQの事か。確か、百八十台だな」

「「「は?」」」


 この一言で教室内は騒然から沈黙に変わった。

 数学教師も顎が外れたように口を大きく開いていた。

 さきだけはドヤ顔に変わっているがな。

 これだけで機嫌が直るなら言って良かったか?

 そんな沈黙後、数学教師が掌を返してきた。


「そ、それなら、ぜ、是非、大学受験しろ、して下さい!」


 自主退学しろと言っていた教師がそれを言うか?

 これにはさきかしわもきょとんである。


「先生、授業を進めて下さい。進路指導は後日って事で」

「あ、ああ。そうだな、すまん。授業を続ける」


 どのみち、進学するとしても俺の立場はどうなるか分からない。


(飛び級ってどうなるんだ?)


 俺は過去、海外の大学で四年間通って卒業した。

 通うに至った理由は海外で両親の恩師達と知り合った事がきっかけだ。


(知能が高すぎる。家で腐らせるのは勿体ないだったか?)


 それもあって大学受験と聞かされても魅力的に感じなかったのだ。

 ま、それでも受けられるなら、受けると思う。


さきが経済学部に進学すると言っているし、記念受験だけでもしてみてもいいかもな)


 無理なら専門学校を選択して資格取得に邁進すればいいだろう。

 といっても、あと一年。その前には例の件が表沙汰になるから、


(進路が途端に分岐してしまうよな)

 

 俺の先々はまだまだ不透明でしかなかった。

 授業はともかく、クズの件といい、解決すべき問題が山積みだからな。


(教師陣を納得させられるか否かは今後の授業態度次第かね)


 俺はそう思いつつ真剣な表情のまま板書を続けるのであった。

 本日最後の授業はロングホームルームだった。


「今日は体育祭について話し合います。実行委員は前へ」


 開催までの期間が短いだけあって誰がどの競技に出るか話し合いの場が設けられた。


「最低一人一つの競技に参加して下さい」


 どうも委員会は週末に開催されるようで事前に決めておく予定なのだろう。


「どうする?」

「私は鈍臭いから玉入れかな」

「借り物競走もありだよな」


 体育祭で行われる競技は毎年変わらないらしい。

 これもあれこれ準備する手間を考えると仕方ないのだろう。

 俺は昨年休んでいたので残り物の競技を選ぼうと思った。

 そう考えて決まっていく様子を眺めていくと、


「私は凪倉なくら君と男女混合二人三脚!」


 笑顔のさきが先に決めてしまった・・・。



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