第20話 露見する時はドミノ倒しか。

 授業を淡々と熟した俺は昼休憩になると同時に弁当箱を持って教室を出る事にした。


(ぼっち飯はいつもの場所でいいか)


 本日から授業を真面目に受けたお陰か、周囲の見る目が少しだけ変化した。

 だが、それでも自らの意思で声をかけてくる者は誰一人として居なかった。

 さきも空気を読んでトイレ休憩以外で近づく事はせず、自席から静かに見つめるだけだった。


「え? さきは弁当なの? 学食には行かないの?」

「うん。今日から弁当にした方がいいと思って用意してみた」

「それって自炊?」

「ふふっ。どうだろう?」

「なんか、意味深ね?」


 英語の授業ではあえて質問の内容を変えて答えたが、あれも本当の質問は小っ恥ずかしい内容だった。


(交際している女性とか、面と向かって聞くことかね? どう考えたって返せないだろうに)


 表向きそういう関係である事は隠した方が良い。

 さきへの心証を考慮するとそれが一番だからだ。

 誤解答の件でもさきだから訂正を認めた。

 それが俺とか他の生徒なら確実に認めないだろう。

 教師としてのメンツも影響するだろうが、自身の認める者から間違いを問われたら無下には出来ない的な。

 俺は一人で渡り廊下を通り抜け特別教室の脇にある花壇前に陣取った。

 今日は用務員のおじさんが居ないのか殺風景な光景が目の前にあった。


「ああ、そういえば植え替えしたとか言っていたっけ」


 花壇に土は入っているが何も植わっておらず次に何を植えるか決まっていないのだろう。この花壇は園芸部が管理する花壇でもある。普段は用務員のおじさんが水やりをしているがな。


「ま、いいか。飯にしよ」


 自販機で買ってきていたペットボトルのお茶を開け、拡げた風呂敷から弁当箱を取り出した。


「いただきますっと」


 俺の弁当はさきにも提供しているオカズを入れてある。唯一の例外はデザートの有無だ。さきの弁当と飲兵衛の昼食にだけデザートを入れておいたので、反応が楽しみではある。


(どんな反応が出るやら? あとで感想を聞かないとな)


 そのデザートは一口タイプ。食後に口の中をサッパリさせるために用意した。

 こってりのオカズにあっさりのデザート。濃厚なようでいて口に含んだ時の軽やかさに驚くだろう。この一口も俺の口で一口だから、さきの場合は二口か三口になると思うがな。俺は弁当を咀嚼しつつ市場情報を洗っていく。

 その際にさきからメッセージが飛んできて感想を言ってきた。


(あ、メッセだ。なにあれ? ビックリした? もっと欲しい?)


 もっと欲しいと言ってきた理由はクラスメイトの女子にお裾分けしたからだろう。どうもフォークで割って小さく刻んで頂いたようだ。

 その写真を送ってきたから間違いない。


(結果は上々か)


 俺が用意したデザートはレアチーズケーキだ。それも保冷剤付きで小さい弁当箱に入れておいた。同じ弁当箱に入れるには大きかったからな。さきに手渡した弁当箱は飲兵衛が買ってきた品。

 大変可愛らしい弁当箱が複数あったので、その内の一つをデザート向けで用いたのだ。


(甘い物は別腹と聞くしな)


 さきを甘やかすのは彼氏である俺だけの特権である。

 昼食後、弁当箱を片付けて売買を行っていく。


「今日の利はそこまで出ないか」


 一番、良いタイミングで売りに出せなかったのは手痛いよな。


「授業を取るか利益を取るか?」


 学生としては授業を取らねばならないよな。

 そうなると利益が出なくなる頃合いに見切りをつけて、


(学生として取り組むしかないか)


 普通の貯蓄で我慢するしかないだろう。

 マンション管理のアルバイトは継続するが。


(修学旅行までにどれだけ稼げるかが鍵か?)


 本当は修学旅行も休む気でいた。でもさきとの大事な思い出を作るには参加が必須であり、見送る事が愚策と思えたのだ。体育祭と文化祭も、高二のイベントくらいは出ても良いかとか考えが変わったしな。


(仮に自主退学するとしても・・・あ、これはさきから反対されそうだな)


 状況の打開が可能なら考えを改めるのもありかもしれない。

 打開が無理なら自主退学して高校からおさらばするが。

 俺が思案していると背後から急に声をかけられた。


「また一人なの?」

「・・・」


 それは生徒会長の声音だった。俺は振り返ることなく無言を貫く。

 いつもの場所に一人きり。今朝の遭遇から察したようだ。


「君って管理人さんとどういった関係なの?」

「・・・」

「答えたくないの?」


 女性専用マンションにどうして住んでいるのか知りたいのだろう。

 この件で問題が起きると困るので俺は素直に答えた。


「母方の叔母です」

「叔母? 伯母? どっち?」

「母の妹です」

「叔母の方ね」


 より正確に言えばマンションが母さんの実家だったりする。

 祖父母は死去しているから、実家の維持は叔母の務めだが。


「ところで生徒会」

「遠慮します」

「まだ何も言ってないでしょ」

「いつもの問答ですので」

「それもそうね。それなら・・・」


 一時的に沈黙する生徒会長。

 何を思ったのか俺の右肩に何かを乗っけた。


「ん? これは?」

「会計帳簿」

「ど、どうしてこれを?」

「監査して欲しくてね」

「監査って」


 急に監査とか言われても生徒会役員ではないのだが。


「現状、生徒会の会計は小鳥遊たかなしの紹介で入った彼が担当しているわ」

「副会長の名字は小鳥ことりでは?」

「私が個人的にそう呼んでいるだけよ」

「そうでしたか」


 呼べなくはないか。実際にフルネームで小鳥遊たかなしとも呼べるから。


「でもね。昨年一年間に書かれた帳簿を彼の居ない時に見るとね。おかしな点があったのよ」

「おかしな・・・点ですか?」


 俺は渋々と帳簿を開いて中身を読み込む。


「げっ。単式」

「ま、それがあるから余計にそう見えるとは思うけど」


 それも汚い字で書かれていて、やる気あるのかよって思った。

 俺は昨年の四月。繰り越しされた頃より内容を洗っていく。


「・・・」

「・・・」


 生徒会長も右隣に座ってジッと見つめている。珍しく瞳が開いて真剣そのものだと分かる。どうもあのクズの行いに不信感を募らせている気がする。だから第三者に見て欲しかったのかも。


(副会長もなんであんなクズを紹介したんだか?)


 上辺だけのクズだと気づけなかっただけかもな、きっと。


「ん? これは?」

「何か気づいた?」

「ええ。ここが・・・おかしいですね」

「おかしいって?」

「広報の出費です。こんな高額なんですか?」

「広報?」

「生徒会広報誌で部数が百万部となっていますが?」

「そんな物は発行していないわよ? 精々、新聞部の取材で校内新聞が発刊されるだけだし」


 広報誌は無いのに高額な出費が月に一度発生している。

 発生時期は八月。そこから断続的に金額が記されていた。

 その分だけ生徒会費が削られるだけ削られている。


「ところで、これらの領収書は?」

「えっと・・・帳簿の最後尾に貼られているはずよ」

「ああ、これか」


 領収書だけは別口でファイリングするようになっていた。


「該当する時期、印刷会社の領収書・・・ないな」

「ない?」


 広報誌なら印刷会社と思ったのだが存在していなかった。

 代わりにあったのはサーバ事業者の領収書だった。


「は? なんで印刷会社はないのにサーバ事業者の領収書があるんだよ」

「サーバ事業者?」

「俺が個人的に借りている事業者と同じですね。クラウドサービスともいいますが」

「クラウドサービス?」

「この金額になるのはプロ仕様のサーバですね。最初から従量課金になっています」

「従量課金?」

「少ない時は少ないですが、酷い時には高額請求になる事もあります」


 俺の契約しているサーバは定額制でスペックは標準的な代物だけど。

 隣の生徒会長はプルプルと震えだしている。


「じゃ、じゃあ、おかしかった点は・・・それ?」

「ええ。七月までは従来通り。八月から爆発的に増えています」


 この流れ・・・もしかすると、もしかする?


(利用者が急激に増えてパンクしかけて移管しようにも資金不足になったから?)


 生徒会費を不正に利用して移管した可能性が高い。


(今が憶測の域だからこそ証拠集めしたしないといけないか?) 


 俺はスマホ越しではあるが、


「裏サイトのアドレスから逆引きして」

「え? 裏サイト?」


 サーバのIPを割り出す。サーバのIPから事業者名を特定した。


「ビンゴ!」

「ど、どういうこと?」

「実は」


 俺は昨日知り得た情報を生徒会長に明かした。

 噂の発生源が裏サイトと呼ばれる憎悪の塊だったと。

 サブドメイン毎に中学・高校と存在していた事も。

 単にディレクトリ別で分けていただけだと思うが。


「無駄に高スペックだったからか抽出が速かったんですよね」

「そう。そんなことをしていたのね」


 この返答はどちらに対してか? 俺かクズか?

 現状の裏サイトは真っ白で変化なしだ。奴が意図的に放置している可能性もあるので注視は必須だった。


「あと、八月にドメイン代と似通った出費もありますね」

「何処?」

「ここです。項目は資料費とありますが、該当サービスの更新料の金額と合致しますね」


 俺はクラウドサービスの金額表をスマホに映した。


「これは由々しき事態だわ」


 生徒会長は立ち上がり難しい表情で空を見上げた。

 何らかの対策を考え中なのか、それとも更迭するつもりか。

 奴の代わりは俺ではなく出来る人間を雇ってほしいものだが。

 帳簿を生徒会長に返した俺は時計を眺めて帰り支度を始めた。


「ところで生徒会に」

「生徒会入りはしませんが、相談に乗るくらいはしますよ」

「私は入って欲しいのだけどね?」

「そんなの副会長が認めませんよ」

「それを言われると反論出来ないわね」


 副会長は俺の事が嫌いだからな。会長とこうやって会話するだけでも嫌がるのだ。あの副会長もクズに染められたクチ・・・なのだろう。


「会計も顔だけはいいですもんね」

「顔だけはいいわね。本質は見たまんまクズだけど」

「会長も気づいていたので?」

「私が気づけないと思った?」

「気づけない訳、ないですよね」

「私も小鳥遊たかなしの手前黙ってはいるけど」

「交友があるとどうしようもないですね」

「本当にそう思うわ」


 生徒会長はそう言うと颯爽と教室に戻っていった。





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