第19話 混乱を与えるつもりはない。

 それはショートホームルームが始まる前。


「お、おい。根暗がイメチェンしてるぞ」

「あいつ、あんな顔だったのか」

「俺とタメ張れそうな顔じゃね?」

「ああ。これ、やばくね?」

「やばい。めっちゃやばい」


 何がやばいのか分からないよね? これ。

 教室内の男子が揃い、誰であれ視線をあき君に向ける。


「競争率、上がりそうじゃね?」

「女子の視線を総なめかよ」

「だ、誰か声をかけてこいよ」

「いや、無理。目つきが恐ろしいもん」

「眼鏡の奥は・・・ガチだったか」


 一方の女子達は瑠璃るりの加勢のお陰で彼女持ちと知り、彼女が羨ましいとか言っていた。


「ま、私の彼氏の方が一番だけど!」

「え? 瑠璃るりに彼氏が出来たの?」

「うん! 留学生だよ! とっても格好いいの」

「なんですって!? ど、何処で出会ったのよ!!」

「内緒!」

「「「教えなさいよ! あと紹介して!!」」」

「どうしようかな〜」


 その彼女は私ですとはまだ言えない。

 言えないが優越感めいた気持ちは湧き上がった。

 私に対抗する瑠璃るりのドヤ顔は仕方ないけど。


(やっぱり・・・皆、見た目在りきなんだね。中身は別と)


 あき君の中身を貶す噂も信憑性の無いものばかりだ。


(私は最初から信じていたけどね。そんな噂を立てられた件に疑問を持っていただけだし)


 入学当初こそ疑いの目で見ていた子達も居たが、一年間様子見した結果、噂通りの行動に出ていない事だけは気づいていたらしい。だって、本当に喫煙していたら制服が常にタバコ臭くなるからね。

 他にも暴力行為に及んでいれば、顔や拳に傷があっただろう。

 前髪で隠れていたのは目元だけ。頬や口元に絆創膏がないのがその証拠だ。

 噂を本当の事として信じ切っていた者達は平然と妄言を吐くが、


(気づき始めている人達もそれなりに居たんだね)


 誰もが口にはしないが思っていたのは本当らしい。

 これも付き合うなと教師が脅してきたから、誰であれ心証を良くしようとした結果なのだろう。私も似たり寄ったりだったから、心苦しくはある。


(この一年間の行いは誠心誠意、上書きしないとね)


 ショートホームルームが始まり、担任の先生も目が点となった。


「え? あ、ああ。次は」


 出欠を取ってあき君をスルーした際に固まっていた。

 それはあき君の容姿に対しての硬直なのか、或いは教科書を読んでいたからなのか? 今日は珍しく一限目の教科書を机に出していたからね。


「ちょ、ちょっと。後ろから流暢な発音が聞こえてきたんだけど」

「後ろ? 誰よ」

「誰って・・・あれ? 聞こえなくなった」

「耳、大丈夫? 耳鼻科行ったら?」

「なんで!?」


 予習と称して教科書を音読していたのね。

 どの程度の授業を行うか把握していたのだろう。

 昨日の予習でもあき君はリビングに教科書を持ってきていなかった。

 私の開いた教科書を見て簡単に解説してくれただけで中身を読み込んではいなかった。そうして英語の授業が始まると、


「本日は復習もかねてリスニングの小テストを行う。私とメアリーが会話するので、聞き取って訳すように」

「「「えーっ!?」」」


 事前に聞いていた通りの授業が始まった。

 進級して直ぐなら一年の復習を行っても不思議ではないよね。

 知らなかったクラスメイトは慌てて思い出そうとしている。

 小テストの用紙が人数分配られていく。

 そこには当然、問題児とされているあき君の用紙も含まれる。

 おそらく小テストを受けさせてどれだけ出来ないか把握するつもりだろう。


(設問は全部で十問。外国人講師とのやりとりは何処で出るかな?)


 やりとりを行う可能性は最後の十問目だろうか。

 なお、外国人講師は男性ではなく女性だ。口調は男言葉だけど名前は可愛いんだよね。性格もあき君が言うには男性的というから普段から異性として見られない人物だと分かる。


(既婚者と知って驚いたけど妙な馴れ馴れしさは既婚だからかな?)


 高校生なんて子供同然に見ているみたいな。

 実際に子供なんだけどね。


「では開始する」


 英語教師の合図でボイスレコーダーの録音を開始して緩りとした口調での会話が始まった。その会話はあき君が電話越しで行った口調とは雲泥の差があり所々で発音に引っかかりがあった。

 それは誤訳させるための発音だと思ったら、


(あ、講師から鼻で笑われてる・・・)


 誤訳ではなく本当に間違っていると気づいてしまった。


(ということは、あれはこちらの単語で合っていると)


 あき君からも「ぷっ」と噴き出す声が響いてきていたし、間違いなのは確か、らしい。教師達は一問一答の様相で質問と返答を行っていく。

 質問するのは外国人講師。返答するのは英語教師だ。

 私達は返答内容を翻訳して解答用紙に記していく。

 直後、外国人講師の言葉が過去最高の速度に変わる。


『えー。では次の問題で最後です。ここからは・・・ん〜。そうですね、きょうより生徒に問うた方がいいですね』

『何を言っている?』


 これってこの返答を記せばいいのかな?


(えっと・・・何を言っている? それだけ?)


 これには隣の男子もきょとんとしている。

 長い翻訳が途端に短くなれば仕方ないよね。

 外国人講師は指をさしてあき君に立つよう要求した。


「な、何を勝手に立っている!」

『立てと言われたから立った。それだけだ』

「は? な、なにを・・・!?」


 英語教師は愕然。クラスメイトは騒然とした。


『静かに!』

「「「・・・」」」


 沈黙した直後より行われる質疑応答。


(何を話しているのか分からないよ・・・。あ、視線が私に?)


 あき君の外国人講師との流暢な英会話。

 授業中にこれを示されてしまえば仕方ないよね。


「では最後に質問した内容を訳して答えて下さい」

『えっと・・・一文だけ変えていいですか?』

「そうですね。内容が内容ですし」

『ありがとうございます』


 外国人講師の言葉を理解して英語で答えるあき君。

 言われた通り、咳払いののち、答え始めた。


「貴方の人物は誰ですか。可能なら理由も含めて答えて下さい」


 え? そんな事を聞かれていたの?

 もっと長い会話をしていた気がするけど。

 あ、最後の質問だけ、か。


「私の尊敬する人物はクラス委員長・・・白木しらきさきさんです」


 私は小テストだという事を忘れてしまい咄嗟に振り向いた。


「理由は誰に対しても分け隔てなく優しく応じるところです。一部の先生達と違って器が大きく、大変頼りがいがあります。相談するなら先生よりも彼女が一番でしょうね」

「なるほど。ちなみに器が小さい先生に私も含まれますか?」

「いえ。メアリー先生は含まれません。器が小さい先生達は誰もが毛嫌いを態度で示しますからね。教師なら生徒の模範とならねばならないのに、模範になれない教師が多くて更生しようにも更生出来そうにないです」

「そうですね。それは私も感じていた事です。教師とは子供達の見本であらねばなりませんからね」


 この苦言には英語教師も苦渋の表情であった。

 誰に対しての苦言か個人名を出していないから、ここだけの会話として成立するだろう。


「最後の質問はきょうの発言を記して下さい。ボイスレコーダーの録音もそこで止めましたので」


 よかったぁ。先ほどの会話を書けとか絶対に無理だから。

 ちなみに、英語教師の名はいぬいきょうである。

 こちらも犬のように良く吠える英語教師として有名だったりする。


「以上で小テストを終わります。後ろから回収してきて下さい」

「・・・」


 その後、英語教師は苦渋の表情で答え合わせを行っていく。

 あき君の答案が目に入った瞬間、愕然とした様子で固まった。


「は? ぜ、全問・・・」


 全問正解と言いたげだね。これ?


「流石は十年もの間、海外で過ごした帰国子女ね」

「は? 帰国子女? そ、それは本当の事で?」

「ええ。私も本人から聞いたので間違いないですよ。その証拠が先ほどの会話できょうが理解出来なかった本場仕込みの英会話ね」

「ぐっ」


 あらら。ぐうの音も出ないとはこの事か。

 先生、立つ瀬残ってる?


「と、答案を返す。呼ばれた者は取りにくるように」


 小テストが返ってきた。私の結果は九割が正解だった。

 間違いがあったのは、発音をミスった場所だったね。


「あれって誤解答の発音だったんだ」

「は? 誤解答?」

「はい。ここの質問で右手となるか、手を書くか悩みました」

「右手と手を書く?」

「前後の文脈から察する事が出来たのは右手かと思ったのですが違ったみたいですね」

「え? ま、待って」


 英語教師はボイスレコーダーを改めて再生させる。

 そこで自身の発音が違った事に気づいて羞恥で真っ赤に染まった。


「せ、設問二。そ、そこは右手が正解です。点数を訂正するので、バツになっている人は持ってくるように」


 真っ赤なまま訂正を言い渡す英語教師。ここで放置すれば信用に関わると思っていそうだ。お陰で私の正答率は十割に戻った。これが私ではなく他の生徒が発していたら認めなかっただろう。


(日頃の行いはこういう形で出てしまうのね)


 小テスト後の授業ではスルーしていたはずのあき君にも音読させていた。

 音読ののち訳を読んで正解だったため、沈黙を守って次と返していた。

 当然、日本語から英語への翻訳でも呼び出され、


「せ、正解です。戻ってよろしい」

「失礼します」


 達筆な筆記体を示されて愕然としたままだった。

 これには瑠璃るりを始めとするクラスメイト達の見る目が変わっていた。


「字が綺麗すぎて、惚れ惚れする」

「汚い奴は本当に汚いから板書も大変だが」

「これは助かるな。いや、マジで」


 初日の授業でこの反応なら試験はどうなるのかと思わざるを得ないね。

 こうしてあき君は英語の後に国語や歴史等の授業を淡々と熟し、


「問題児が授業を受けているですって?」

「信じられないでしょうが。事実でしたね」

「ま、まさか・・・そんな訳。有り得ないでしょう?」

「一限目を担当したいぬい先生に伺ってみてはどうですか」

「そうですね。いぬい先生、どうでした?」

「噂とは鵜呑みには出来ませんね。視野狭窄になっていたと自覚しました」

「はぁ?」


 職員室が混乱のるつぼになっていたようだ。

 否定したいのは授業前の教師達のみ。

 授業後の先生方は認識が改まったのかも?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る