第18話 人は見た目で判断出来ない。

 私はあき君と登校した。少し距離をあけて付かず離れずの距離感で。

 通学路は比較的閑散としているが学校が近づくにつれて生徒の数が増えていく。


「視線が痛いね」

「そうだな。なんでだろうな」

「分かってて言っているでしょ」

「そうだな。さきが髪を染めたからな」

「それは違うと思う。うん、違う」

「そうか?」

「そうだよ」


 私達に気づいた生徒達の視線がグサグサと刺さってくる。

 私に突き刺す視線は先ず顔、胸、お尻と流れるように眺めている。

 あき君に突き刺す視線は、仏頂面の表情、薄く染まった髪。

 ひょろがりっぽい仕草。挙動不審で歩くからか釣り合わないとの会話も聞こえてきた。それと共に「誰あれ?」との興味本位の会話もちらほらあるね。


「もっと堂々と歩けないの?」

「歩けるけど・・・この状態だと遅い高校デビューだからな。二年からの視線がめっちゃ痛い」

「ああ、そうか。不安なんだね」

「俺だって不安に思う事くらいあるよ」

「私は心配して言っているんだよ?」

「そうか。すまん」


 ブレザー越しでは振り返るまで学年が分かり辛い生徒達。

 唯一の判断材料はネクタイとかリボンの色だけだった。一年は青、二年は緑、三年は赤。それらはジャージの色でも区分けされていて何処にどの学年が居るか遠目でも分かるようになっている。

 あき君は不真面目を演出する如くネクタイを緩め、ワイシャツのボタンを一つだけ外している。私はリボンも含めてキッチリ着ているので格好の差は歴然だった。

 スカートは校則に反しない程度に短くしているが、下にはスパッツを穿いているので覗かれる心配はない。どうせ覗かれるならあき君だけがいいしね。

 他の有象無象の視線はごめんなさいである。


「初日だから一年生が多いね」

「そうだな。さきに告白してくる野郎も大量だな」


 ああ、告白したそうに見てくる男子は確かに居るね。

 私に気づいて頬を染める。あの先輩は誰だと言って告るとか小声で話し合っている。隣に私の彼氏が居る状況で、そういう寝取り根性は隠した方がいいよ?

 この時、あき君の口調が苛立ちめいたものに聞こえたので問うてみた。


「それって嫉妬してる?」

「嫉妬してる。ぶん殴りたい気持ちに駆られるくらいには」

「ふふっ。そう、それは良かった。でも殴ったらダメだからね」

「分かってるよ」


 私を彼女として見てくれているだけで嬉しかった。

 問題行動を起こされると後々面倒なので注意したけど、分かっているなら安心だ。校門前では生徒会主催の挨拶運動が行われていた。

 奥から生徒会長と副会長。反対側に書記と・・・会計が通学してくる生徒達に挨拶していた。あき君はそれらの存在に気づき、私と距離を取る。


「とりま。ここらで」

「え〜。もっと一緒に」

「おいおい、委員長」

「うっ。そ、そうだよね。猫の皮を被らないとね。ぐすん」

「そんなわざとらしく泣く振りするなよ」

「わざとじゃないもん」


 本当にわざとじゃないからね?

 悲しいのは本当の事だし、これから放課後までいつも通り演じなければならないのが辛かった。


(気色悪い視線が刺さってる。陽希ようきのバカが生徒会入りしてる件は本当に信じられないよ)


 あき君を陥れた存在。件の主犯が生徒会会計として存在感を示している。

 裏サイトでは一時的に報復が叶ったから良かった。新たに書き込まれた噂の発端も埋もれていったしね。だが、解決には程遠く、生徒会に潜む問題児が消えない限りあき君の嫌疑は消え去らないだろう。


「獅子身中の虫? それとも面従腹背? 厚顔無恥かな」

「どちらの意味でも通じるだろ。あれはそういう存在だ」


 あき君も気づいていたのか私の呟きに反応した。


「やっぱり?」

「ああ」


 校内に隠れ潜む本物の問題児。中学時代の悪行を無かった事にして平然とした様子で仕事を熟している。もっとも許されざる悪行は自身の行為を全てあき君になすりつけた事だろうか?

 その行いを内申書に全て記され、奴は品行方正であると記されて今がある。


「あれが居る以上、お断りしないとな。あんなのと一緒とか地獄でしかないわ」

「何の話?」

「なんでもないよ」

「そう?」


 お断りって言ってるから何かあるのだろう。

 生徒会長と視線を合わせたあとそらしたし。

 校門前には生徒指導の先生も居た。


「「おはようございます」」

「はい、おはよう」


 居たのだがあき君に気づくことなくスルーした。

 これが以前の格好のままなら文句の一つも垂れていただろうが、


「こういうことってあるんだな」


 あき君ですらきょとんとする対応だったため、狐つままれた気分だよ。


「そうだね。もしかして見た目重視かな?」

「見た目重視だと? 校則違反のはずなんだが」

「主語の大きい生徒に見えたんじゃない? ギャルとか髪を染めた生徒には注意しないから」

「そういうことか。てっきり、自分より下に見た者へは誰であれ吠えると思っていたが?」

「ぷぷっ。それなんて、犬では?」

「いや。犬そのものだろ、あれ」


 当初は文句の一つでも喰らうと思っていたあき君。

 説教を喰らう以前に教師が容姿に恐れて逃げていったらしい。

 ただ、あき君と気づいてから注意してくる可能性もあり・・・今は一時の安息に浸るしかないね。

 昇降口に到着し、下駄箱でスリッパに履き替える。

 部活動から戻ってきた男子達と入れ替わるように下駄箱前から移動した。


「は? お、おい。あれ?」

「嘘だろ・・・化け過ぎじゃねーか?」

「あいつ、あんな顔だったのかよ」


 そこであき君本人だと気づかれる。

 下駄箱に書かれた名字で判別可能だもんね。


「ま、まさか名実ともに不良入り?」

「いや、見た目で不良って言ったら俺等も入るって」

「それを言われたらそうかも・・・」


 生徒の大半は髪を染めている。黒髪のままの生徒は割と少ないのが現状だ。

 校則違反のはずなのに、生徒指導の教師がそれを咎めないからね。

 それこそ体育教師が生徒指導に買って出た方が良いとさえ思える。

 教室までの道中は同じように視線を向けてくる生徒が大量だった。

 格好いいとか。誰あれ、とか。あき君と知って目を丸くする女子も居た。

 あき君の中の不安の一つが無くなったからか廊下だけは堂々と歩いているもの。

 私の前を歩いていても、咎める者など居なかった。


「髪を切って眼鏡を止めただけだろ。なんで化け過ぎになるんだよ」

「今後はあき君の自己肯定感を是正しないとダメかもね?」

「・・・」


 あら? 沈黙? まぁ沈黙するよね。


「委員長。そこは名字で」

「あっ。ごめんごめん」


 私の呼び名が違っていたから沈黙したのね。

 私も意識して切り替えないと。え、えっと・・・


「な、凪倉なくら君。是正した方がいいよ」

「善処します」

「ぷっ」

「なんで笑う」

「ご、ごめん。わ、私の問題だから、これ」

「委員長の問題?」

「うん。は〜、切り替わらない・・・」

「ああ、暴走状態か」

「そうかも。愛情が暴走して元に戻らないよ。どうしよ?」


 あき君はわりとスムーズに塩対応になったけど私は無理っぽい。

 このままだとダメだと思うけど、愛おしい気持ちが猫の皮を剥いでしまうから。

 するとあき君が溜息を吐きつつ、


「そのまま馴れ馴れしい態度でいいんじゃね?」


 小声で対応案を提示してくれた。


「いいのかな?」

「そもそも委員長だし。殺伐とした空気が嫌になったって言えばよくね?」

「殺伐とした空気・・・ああ、塩対応に疲れた的な?」

「そうそう」


 なるほど。


(確かに嫌だったし、丁度良いかもね、これ?)


 私は内心で納得しつつ態度を改めることにした。


「それでいっか。ところで体育祭は出るの?」


 私はその流れで思いついた話を振ってみた。

 あき君の隣に移動して上目遣いで問いかけたのだ。

 我が校の体育祭は中間試験と期末試験の間で行われる。

 梅雨に入る直前、酷い時は梅雨に入ってから行われるので、少々辛いものがあるのだけど。

 だから当然、あき君の返答は想定通りだった。


「休む」

「いや、出ようよ?」

「・・・」

「景品もあるよ?」

「体育祭にはないだろ」

「出てくれたら、ご褒美的な」

「・・・」

「考え中?」

「いや、委員長がご褒美なんて言うと男子が群がるぞ?」

「あっ」


 思いついた流れで、ウィンクしたキス顔でご褒美と言ったら、すれ違う男子達が血走った目で見てきた。


「え、えっと冗談、です」

「だろうな」


 ちょっと! 冗談って言った途端に舌打ちしたの誰よ!?

 教室に着いた私達は自分達の席に向かう。

 あき君は窓際の最後尾。私の席は窓際の最前列。

 いつもはあき君の席を素通りして向かうが、今日は寄り道した。


「そうなると、何がいいかな」

「物で釣るなよ」


 教室内に居る生徒は疎らだが、ぎょっとする人達が多かった。

 傍から見たらクラス委員長が問題児を説教している風に見えるかもしれない。

 いや、教師から関わるなと言われた事に反発している風にも見えるかな?


「ま、いいや。何か考えといて」

「俺が考えるのかよ」

「そうそう。私じゃ浮かばないから」

「仕方ないな」

「お? それって出てくれるの?」

「気が向けば」

「そこは出ようよ!」

 

 少々、ウザそうな態度になるあき君。

 イヤホンを付けてスマホの音楽を流し出した。


「聞く耳を持たない、か」


 するとあき君がメモ帳を取り出して、


(え? 出るから安心してくれ? ご褒美はさきからの勝利のキスで・・・)


 さらさらと書き記した。書いたあとはボールペンのインクを擦って消していた。


「り。それでいいなら安いものだね」

「そこは相手に依る」

「それはそうだけど」


 話し合ったあとは自分の席に向かう。

 早速、どういうことなのかと聞いてくる子が溢れたけどね。


「一体、どうしたのよ? 急に」

「ん〜。心境の変化?」


 私は鞄から教科書を取り出しつつ応じた。


「心境の変化って・・・大丈夫なの?」

「大丈夫って?」

「悪さされるんじゃ」


 ああ、どうあっても悪人に仕立て上げたいと。

 すると通学してきた瑠璃るりが呟いた。


「それはないでしょ」

「あ、瑠璃るり。なんで分かるの?」

「昨日ね。凪倉なくら君と彼の彼女に会ったの。普段は仏頂面でも彼女の前では優しいって」

「「「彼女! 優しい!?」」」

「こ、声が大きいって!」


 やっぱり驚くよね? その彼女は私だけど。



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