第17話 なるようにしかならないか。

 翌朝。いつも通り起床した俺は朝飯の準備だけしてジョギングに向かった。

 ジョギングのコースはマンションから学校の反対側にある河川敷に向かうルートだ。河川敷から近くの商店街を通りぬけ学校のグラウンド脇を通って戻っている。


「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ・・・」


 時折、時計を眺めてはペースを速めたり遅めたりして早朝の空気を感じつつ本日の予定を思案する。


(帰ったら、風呂。朝食の温め、あとは・・・)


 今日からさきも俺と一緒に登校するとの事でいつもより早めに起きてくる予定らしい。


(学校では極力話さない事にしているが登下校は別とか言っていたな・・・)


 これは少しでも一緒の時間を取りたいというさきの我が儘を聞いた形になった。俺としても願ったり叶ったりだが早々に学校へと出勤している教師達がどんな顔をするか恐ろしくはある。さきに対して苦言を呈したりな。


(あとは髪も絶対注意されるだろうな。問題児が本物になったとか言いそうだ)


 それならそれで、金髪プリンとかド派手なギャルはどうすると言い返せばいいが、言い返したら言い返したで口答えするなと騒ぎそうだから困りものである。特に生徒指導の数学教師が色眼鏡認識型だからな。


(ウチの高校って容姿に関する校則が厳しい割に教師が認識していない事が一番の問題だよな)


 認識していない訳ではないか? 吠える時はよく吠えるから。

 文句を返さぬ者・反発しない者には口喧しく注意するのに反発する生徒には弱い。一方的に見下した生徒に対しても無駄に強く出るから大変面倒だったのだ。


(まるで犬だな。自分より下に見た生徒にだけ嚙みつくのはそうとしか思えない)


 生徒指導の名前が犬束いぬづか幾雄いくおなので言い得て妙な気もするが、ともあれ。


(つか、これって、遅い高校デビューなんじゃ? 教室でもそれで揶揄われそうだな。めんどくさ・・・)


 俺はカーブミラーに映る自身の姿を見つめ溜息を吐いた。

 さきと釣り合うように容姿を改めたが、これはこれで面倒を招きそうに思えた。


「こうなったらクラス委員長様に期待するしかないか」


 彼女に丸投げするというのは卑怯な気もするが付き合っている事を知っているのはかしわだけだからな。なお、アレクから昨晩連絡が入りかしわと本格的に交際を始める事になったらしい。


(手が早いと思ったが、早速だもんな)


 早速、バイト終わりのかしわを連れて自分の住んでいるマンションに連れて行き・・・致したというのだから速すぎるだろうと突っ込まざるを得なかった。


(相性が過去最高って、アレクはかしわのために存在するようなものかね?)


 事後はかしわの家へと送り届け、母親に御挨拶したそうだから相当惚れ込んでいる事が分かった。かしわの母親も最初は驚いたそうだが、そこそこ好青年だった事が幸いして認めてくれたらしい。


(ガチの国際結婚になりそうだが。長男ではないし・・・本気で帰化しそうだな。アイツ)


 この件に関して『就職はどうするのか?』と聞けば『日本のバスケチームに入る!』と言って早速大学のバスケ部に入部すると息巻いていた。経験者だからと言って早々受け入れるものでは無いと思うのだが?


(体育会系って上下関係が厳しいと聞くしな。自由人なアレクはやっていけるかね?)


 プレイ自体は一流と称しても過言ではないが波があるんだよな。

 それも恋愛が絡むと強くなるが喧嘩してしまうと弱くなってしまう。


(そうなったらさきと協力してでもかしわとの仲を仲裁しないといけなくなるな)


 最も気をつけるべき時期は倦怠期。以前の彼女が浮気したのは倦怠期だった。


(そう考えるとさきに倦怠期ってあるのかね? ちと、想像が出来ないな)


 何せ、十七年もの間、俺への想いを熟成させてきた彼女だから。

 俺が一時的に離れかけた間も俺への想いを継続させていたというからな。


(ガールフレンドの件も何処までやったか問うてきたもんな)


 精々、キス止まり。それ以上はさきの顔がチラついて出来なかったと返した。それを聞いたさきは春巻きを食べたばかりなのにキスしてきたからな。大蒜の香りが漂う唇を俺の唇に重ねてきた。

 キスの風味は春巻きだったが、


(想い、重い愛。さきから嫉妬されないよう気をつけないとな、マジで)


 なりふり構って居られないさきの感情が乗ったキスだったので忘れられなくなった。学校脇を通り抜け朝練に向かう生徒達とすれ違う。


「あ、あの人・・・格好いい」

「だ、誰だ? あんな奴、居たか?」

「今、ウチのジャージを着てたよね?」

「色合い的に・・・二年か。見た事ねぇぞ。あの顔?」


 そういえば今日は洗い替えのジャージが無かったから学校のジャージを着ていたわ。


(体育の授業は次の火曜日まで無いから気が緩んだ証拠かもな、きっと)


 ウチの高校では一年が青、二年が緑、三年が赤というジャージ色が決まっている。ジャージの質も私立かと思うほど高品質のため、何年経っても傷まない優れものだ。そのため毎年数着は買い換えが必要になり兄や姉が居る者達はお古を着てくるらしい。見た目も男女共に違いは無く、例外的に姉達の居る弟などは胸周りが辛い事になるそうだ。


(二年だとバレたのは仕方ないが、名札無しがこういう形で功を奏したか)


 妙に騒がしい学校付近を通り抜けマンションの近くに戻ってきた。

 するとマンションのエントランスに一番会いたくない人物が佇んでいた。


「おや? 君は? 二年生の・・・」

「おはようございます」

「お、おはよう」

「では」

「ちょっ」


 俺は挨拶だけして自動ドアを開けたのち奥に向かう。

 本来ならエントランスの清掃もあるのだが今日は出来そうにないな。

 何せ、きょとんとしたまま固まっている生徒会長が背後に居るからな。


「管理人室? 管理人さんの身内かしら?」


 この生徒会長は何かにつけて俺を勧誘してくるのだ・・・生徒会に。


(更生してあげる。そのためには生徒会に入って印象を変えましょう? だったか)


 学校での噂は信じておらず、俺の態度が気に食わないと面と向かって注意する令嬢だ。


(確か、生徒指導の教師が望む、不良生徒を演じるなって何度も注意されたんだよな)


 俺の本質を見抜いたうえで言ってくるから一番苦手な相手になってしまった。

 この件はさきも知らない。ぼっち飯の最中に言ってくるから始末が悪い。小鳥ことりゆう副会長のように色眼鏡で見られた方が楽ではあるのだが、


(あの令嬢・・・なんで公立高校なんて場所に通っているんだよ?)


 この俺ですら考えが読めない不可解な生徒会長だった。

 ちなみに、生徒会長の容姿は黒髪ロングかつ容姿端麗。目元は吊り目寄りの糸目であり、目を見開くと碧瞳の三白眼が丸見えになる。彼女の瞳を見た者は少なく見たら最後・・・凍結したように固まるという。

 それは比喩ではなく、見惚れるという意味で硬直するのだ。

 なんでも父親が日本人で母親が北欧出身とだけ聞いている。

 体型はブレザーを押し上げる大きな胸と膝丈のスカートを持ち上げる大きな尻が特徴的だ。ウエストは本人の暴露により細いらしい。

 何故それを俺に言うのかとツッコミを入れた程だ。

 趣味は本人の暴露により判明したが・・・主にオンラインゲームを嗜んでいるという。学校では真面目過ぎる生徒会長。その実、家ではガチゲーマーなのだから「嗜むとは?」と疑問に思った。

 人は見かけによらないって、この人の事を言うんだよな、マジで。


「生徒会長は朝から仕事か」


 本日から一年生も通ってくるので挨拶運動でも始めるのだろう。

 今は副会長待ちでエントランスに居たようだが、な。

 風呂に入って朝食の準備を行っているとさきが訪れた。


「おはよう!」

「おはよう。今日も元気一杯だな」

「もちろん!」


 玄関の鍵は前日と同じように自分の鍵で開けたらしい。


「あれ? 管理人さんは?」

「例の件で朝方まで仕事していたぞ。ま、クレームもあったから、どのみち寝られなかったみたいだが」

「クレーム?」

さきのバイト先のお局様からのお呼び出しだよ」

「あ、あー。え? クレームなんて言ってくるの? お局様」

「ああ。どうも職場のストレス解消に使われているみたいだな」

「うへぇ。非常識極まりないね、それ?」

「本当にそう思うわ」


 そう、飲兵衛は俺が起きる直前まで仕事をしていたので今朝は一緒に食べない。

 作り置きして冷蔵庫に入れておけば、勝手に温めて食べるので放置でいいのだ。


「それと弁当。学食と同じ金額でいいぞ」

「あ、ありがとう。すっごく美味しそう!」

「オカズの残りでいいなら食べるか?」

「是非!」


 今朝の朝食はネギの味噌汁、焼き鮭、目玉焼き、春野菜のサラダ、ご飯だ。

 そこに弁当として作っておいたピリ辛唐揚げと卵焼き、豆腐ハンバーグとポテトサラダを並べておいた。これらのオカズは作り置きしている物が大半で、弁当箱に詰めるだけにしてある。朝の忙しい時に唐揚げなんて作れないからな。

 流石に卵焼きは朝のうちに焼いたけど。


「この唐揚げ、すっごく美味しい!」

「それは揚げたあとに豆板醤のタレの中に漬け込んだんだよ」

「そうなんだ。あとこの卵焼きも焼き目がなくて綺麗だね」

「だし巻き風にしたからな」

「ああ、それでカツオの風味があると」

「それは花カツオだ」


 朝食後は洗い物だけして弁当箱を鞄に詰め込む。

 飲兵衛の部屋に入ったのち、一筆認めておいた。


「どうかしたの?」

「昼食はこれこれがあるって示しておいたんだ」

「示す?」

「ああ。そうしないと冷蔵庫にある食材全てを平らげるから」

「た、平らげるんだ?」

「どの料理も酒の肴になるからな」

「そういえば結構味が濃かったね」

「ご飯のオカズだからな。これが薄味だと」

「食べた気にならないね」

「そういうこった」


 身体の事を思えば薄味も大事なんだが、そこはバランスを考えて作っていたりする。


「あとは弁当だけにデザートも入れておいたから」

「デザート?」

「開けてビックリしてくれたらいいよ」

「私が驚く物が入っているの?」

「いや、クラスメイトが驚く代物だな」

「クラスメイトが驚く?」


 デザートは手製の菓子。それは口直しの意味も含む代物である。



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