第8話 反芻するんじゃなかったよ。

 家に帰った私はベッドへと横になり夕食後の会話を思い出す。


「色々な事情が分かったのは嬉しかったけど」


 嬉しい反面、悲しい現実を思い知らされてしまった。

 一つは例の男子と姉があき君を陥れた事実。

 それなりな詳細は知っていたが、その裏で担任教師までもが関わっていたとは想像出来るものではない。人伝で例の男子がやり過ぎた報復と聞いた時、どのような意味でやり過ぎたのか聞いていなかったからね。


「裏方が居たかどうかも聞けば良かったよ」


 彼女も生徒の見本となるべき教師まで関わっていると知ったから口を噤んでいたのかもしれない。見たくないものに蓋をする。忘れたいがために例の男子の事だけを教えてくれたのだろう。


「教師が暗躍していると知ったら誰を信じて良いか分からなくなるもんね」


 教師に相談したら聞かれたくない相手に筒抜けだったとか地獄でしかないし。

 いや、実際に地獄を味わったから、二度と近づくなと断ったのだろう。


「お陰で心にも無い態度で応じなければならなくなった」


 大好きな人に嫌われる行為。私の心は常に悲鳴をあげていた。

 嫌だ、関わりたい。一緒に居たい! そう願っても、周囲がそれを許そうとしない。私を誘蛾灯と思っている瑠璃るりがその筆頭だから、友達選びを間違えたと思うしかないよね。


「そう思うと私って友達が少ないよね・・・」


 一つはマウントを取る行為が嫌いと知った事。

 私も立場上、マウントを取ったらダメだと口を酸っぱくして注意していたが、同じ立場じゃないかと笑われたり、オタクな男子達からはどの口が言うと陰口を叩かれたりしている。

 中には良い子の振りをしているとか女子の間でも陰口を叩かれたりね。


「好きで上に居る訳じゃないんだけどな。楽しい雰囲気のある場所に居たいだけだから」


 そこにあき君という婚約者が居てくれたらなお良かったけど、それは叶わない夢でしかなかった。


「かと言って、直ぐに直ぐ、改善出来る話でもないよね」


 根付いてしまった嘘の噂。これを取り除く事は不可能に近いだろう。


「私が急に態度を変えたら不審に思う子も湧くと思うし」


 それならそれで構わないが、空気が悪くなる事が好きではないから、同調してしまうんだよね。


「状況を改善させたいなぁ。一緒に過ごしてキスして・・・」


 私が願ったところで思いつく方法など存在しない。

 取り返しの付かない状態にまでなってしまっているからね。

 それこそ県外の高校に転校するか、何らかの形で関係をリセットするしか手がないと思う。でも、そういう形で逃げたとしても悪い噂ほど逃げた先に付いてくるから意味がないのだけど。

 一応、それらを打開するような驚くべき起爆剤も有るには有るが、


「管理人さんから聞いた、偉業。あれはあき君が成人するまでは非公開なんだっけ?」


 調べようと思えば調べられるそうだが、まさか関わっていようとは誰もが思う事ではないだろう。様々な企業から打診こそされているが年齢が年齢だから、対応は管理人さんが行っているという。


「あと一年。いや、十一ヶ月と少し。それまでに雰囲気が良くなっていたらいいけど」


 今のままだと嘘だなんだと騒ぐアンチが湧くだけだ。

 有り得ない。信じられない。悪事を行ったとか、週刊誌も都合の良いイメージだけで再展開して偽善の悪意に巻き込まれてしまうだろう。


「偽善なのに悪意って。そう考えるとあき君は偽悪の方だよね」


 わざとそういう態度で臨むから。

 昼行灯のような態度。その実は能ある鷹だ。

 それを考え無しで発揮して例の男子と姉に疑われた。


「帰国子女、周囲は見知らぬ男女だけ。女子校に行ったのが間違いだと思ってしまうよぉ」


 仮に私が近くに居たら窘めていたかもしれない。

 そんなたらればを考えても意味はないのだけど。

 あき君も流石に不味いと思って隠したが、それが運の尽きだった。

 噂に拍車をかけてしまい、諦めの境地に到達した。


あき君には私以外の知り合いは居ないもんね。海外はともかく日本にはね」


 唯一の知り合いは叔母。管理人さんくらいだね。


あき君も私には気づいていないけど」


 貴方の好きな子だよ。私も大好きだけど。

 なのにどうして気づいてくれないの?

 一体、彼の身に何が起きたというのか?

 それだけが不可解だった。

 するとサイドテーブルに置いていたスマホが揺れた。


「ん? あ、管理人さんからだ・・・」


 スマホを開くとメッセージが入っていた。

 アカウントは管理人さん本人のもの。

 黒いビールとジョッキのアイコン。

 アイコンにするくらいお酒が好きと。


「え?」


 肝心のメッセージには悲しい現実が記されていた。

 昔のあき君は私を「さーちゃん」と呼んでいた。

 その呼び名を今の私に使ったら別人と言っていたらしい。


「なんでぇ〜!? 本人だよ。私がさーちゃんだよ?」


 なんで気づいてくれないの?

 顔立ちは昔と変わっていないと思う。

 髪はあき君のお母さんみたいに伸ばしたけど。


「私、本名を伝えていたよね?」


 さきだって。

 なのに現実は別人扱い。

 しくしく。こんなのって無いよ。

 私が絶望で打ちひしがれていると、


「だ、打開策? 朝晩、食事においで? 食費は貰うけど?」


 私の身を案じた管理人さんから提案をうけた。


「そ、それってつまり、そういうことだよね」


 メッセージの続きにはお弁当もあるよ・・・とあった。


「そんなの応じるに決まっているよ!」


 私も自炊こそ出来ているが断れない性格が災いして日々疲れて帰ってきているのだ。疲れが酷い時は令嬢に似つかわしくないカップラーメンで済ます事もある。

 余裕の無い日はバイト先で賄いを食べる事もある。


「勉強もしなきゃだし。損な性格をしてるよね」


 流石に告白だけはノーを突きつけるが、それ以外ならウエルカムな状態である。

 好きでウエルカムな訳ではないが誰かが困っていたら助けたいと思うじゃない。

 それが良い子に見られたいと思われる行為だとしても損得無しで助けたいのだ。


あき君の事も可能なら助けたいし」


 だが、これは願っていても出来る事ではない。

 周囲が止めに入り、距離を置く状況にもっていかれる。

 私も振り払って助けに入ればいいが、


「く、空気が重くなるよね・・・」


 状況が許す方向に向いていないため見守るしか出来ないでいた。

 唯一出来るのはあき君への悪質な話題をそらすくらいだ。

 変に悪感情を持たれて、いじめに発展しようものなら、手の施しようが無くなるから。現状はいじめと大差ないが教師がいじめと認識していないからいじめではないらしい。


「内心ではごめんなさいだけど」


 悪人だから何をしても良いという風潮。本当の悪人はほくそ笑んで消え去るのを待っているから質が悪い。


「生徒を指導する教師なら生徒一人一人の本質を見極めてほしいよね」


 噂を鵜呑みして、嘘に踊らされ、悪質な生徒の思惑通りに動く傀儡教師。

 それとおそらくだが学校の関係者は私達の関係を知ると妨害に勤しむかもしれない。教師然り、生徒然り。婚約破棄しろと命じる赤の他人が湧くよね、きっと。


「学校は敵しか居ないアウェー。私だけはあき君のホームで居続けないと」


 彼を護る味方が誰も居ないのは酷だから。

 幸い、明日は入学式でお休みだ。

 私はスマホを手に取ってあき君へとメッセージを打った。


「えっと。緊張する・・・今日はありがとう。明日もよろしく、ね」


 送ったメッセージは直ぐに既読が付いた。

 肝心の返信は、


『よ? よろしく? あ、ああ。飯の件な』


 サムズアップするブサ猫のスタンプが続けて送られてきた。

 それだけで私はとても嬉しかった。

 スクショして保存するくらいには。

 私はその際にある名案が浮かんだ。


「そうだ! えっと、明日、暇でしたら、勉強会をしませんか」


 あき君にとっては簡単な事でも、二年の教科書を見た私は頭を抱えたほどだ。今から予習しようにも授業は始まっていない。復習は出来ても何処まで通じるか分からないのだ。


「二年から難易度が急にあがったよね。一年が基礎だけなのは仕方ないけど」


 基礎の一年。応用の二年。受験の三年。

 私も大学に行く予定なので学年一位を維持しないといけない。

 仮にあき君が本気を出すなら喜んで席を明け渡すけど。

 既読は付いたが返信はこない。


「熟考中?」


 既読スルーはしないと思うけど。


「あ、そうだ。本音で語り合おうよっと」


 追記して送るとブサ猫が四つん這いになったスタンプが届いた。


「なにこの反応? どう捉えていいの?」


 猫だから四つん這いになるのは違和感がないのだけど、暗い雰囲気というかショック的な扱いのスタンプだったので反応に困った私である。


『ごめん忘れていた』

「なんで忘れるのよ」


 失礼しちゃうよね。でも、それでも、反応が返ってきて、とても嬉しいのだけど。


「仕方ないなぁ・・・あ」


 そう言いつつ送ったスタンプがアイラブユーだった件。

 発情したブサ猫が瞳をハートマークにしている代物だ。

 本当は隣にあったOKのスタンプを送ろうとしたのに。

 誤爆どころではないよね。


「ほ、本音だし、いいかな。うん、いいよね」


 返信は『冗談でしょ』が入ったスタンプ。


「冗談じゃないよ。私は本当に愛しているの!」

『塩が融解したのか?』

「あ、じ、地はこれなので」

『そうか。面白い性格してるな』

「うぅ。失礼だよ!」


 それ以降は文字を打つのが面倒なのかスタンプの応酬が始まった。

 そうして私が寝る前にもメッセージが届き、


『なんか懐かしいやりとりだな。久しぶりに楽しかった。それこそ俺の好きだった女の子と会話しているみたいな・・・いや、なんでもない。と、とりあえず、おやすみ!』


 本当の意味で両思いだと知った私は幸せな気分のまま床についた。


「好きな女の子。やばい、ニヤける。興奮して寝られないよ」


 私は何度も何度もメッセージを読み返す。

 とっても嬉しい気持ちで一杯だったから。

 だが、途中から妙な違和感を感じ取ってしまった。


「好き、だった?」


 好きだった? あれ?


「なんで過去形?」


 幸せの絶頂に居た私はそれに気づいた途端、


「・・・」


 冷や水を浴びせられたように急な寒気に襲われた。


「あ、あき君の中では終わってる?」



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