第4話 冒険者ギルド

 宿屋街は娼館街とはまるで逆方向にあった。


 ――あの兵士め、嵌めやがったな。


 これは俺を召喚者と知っているどころか下手するとタレントまで知られている可能性もある。大賢者様が常識人……かはともかく、まともな感性の人だったから油断していた。シーアさんも貴族……いや彼女もまた大賢者様が気を許している以上、貴族然としていないのかもしれない。



 ◇◇◇◇◇



 娼館街は門を出て南北の大通りを南へ行き、東西に走る大通りと交わったところを左、つまり東へ向かった先にあったが、宿屋街は逆方向、西にあった。アイリスさんに教わった街の概略を思い浮かべながら西へ向かう。


 東は階数の少ない住居や大型の煙突、工房のような建物が多かったが、街の中央へと戻るに連れて階数の多い建物や商店が増える。そしてその大きな建物よりも目立つのが大通りに沿って東西南北に貫く巨大な橋。橋は門よりさらに北から街に伸びてきており、多くの建物よりも高い場所を走っている。


 巨大な橋は水道橋。街の中心部から外に向かうときには気付かなかったけれど、逆に中心部へ向かうとその圧倒的な存在感が自然と目に入る。東に向かう水道橋はいくつかの水道塔を経てより低い水道橋へと分散されている。南や西に向かう水道橋は東よりも高い所を走っているが、おそらくは建物の高さに合わせているのだろう。



 ◇◇◇◇◇



 東西南北の大通りが交わる広場までやってくる。ここから南へ向かう大通りはやがて二股に分かれ、どちらも先に大橋があると聞いた。大橋より手前は旧市街。かつては旧市街を囲っていた市壁は水道塔の周りを除いてほとんどが取り壊されているそうだ。


 いずれの大橋も橋自体に木造の建物が並び立ち、多くは商人の店舗や旅商人の宿泊場となっているらしい。さらに南は新市街地で、二股に分かれた大通りの一方が東へ、一方が南への街道へと繋がっているそうだ。



 ◇◇◇◇◇



 俺が向かう西の大通りには市場がある。朝には王都の西に広がる肥沃な農地からの収穫物が集まるというので、落ち着いたら覗きに来てみようと思う。


 市場の先が宿屋街。そしてまずは今晩の宿。できればしばらく下宿できるような宿を探したいが、これはすぐに見つかった。街灯が目立ち始める前に宿を取れたのは幸いだった。宿は一階が食堂になっていて、部屋は二階がいちばんいい部屋らしく、ちょうど空きがあって一週間で銀貨18枚だった。ぜんぜん金額が違うじゃないか……。



 ◇◇◇◇◇



 次に向かったのが冒険者ギルド。こちらも場所を聞いていたのですぐに見つけられる。高い情報料を払っただけのことはある……。


 ギルドは聞いた通り、小休止できる広いスペースと受付があった。


 入ってすぐ右に四角いテーブルが二つあって疲れた顔の男たちがたむろしていた。彼らは俺にちらと目をやっただけで興味はなさそうだった。俺も今は平民に近い身軽な服装をしていたため、せいぜい目立つのは黒髪くらいだろうと言われていた。


 左の方は広く、奥まったところまで丸いテーブルがいくつか、そしてそれぞれの窓際には小さな四角いテーブルが置いてあるカフェのようなスペースがあり人はまばら。


 正面奥が受付のカウンターでそれほど広くはない。カウンターの右側には奥の部屋へと続く廊下と階段に通じる入口、左奥には裏手に向かえる廊下が続いているのが目に入る。


 受付には爺さん。


 ――え、かわいい受付嬢とかじゃないのかって?


 彼女らの仕事は夕方までと聞いた。うら若き乙女の貴重な時間をむさくるしい冒険者のために奪うわけにもいくまい――ということらしい。俺は受付の爺さんに大賢者様からの紹介状を渡してギルドへの登録を願い出る。


「『若者よ、そなたの進む先に希望の星溢れん冒険者の道へようこそ』……だ。ではこれを読んでサインをしてくれ」


 言葉の内容の割には抑揚のないセリフを投げかけてくれた爺さん。羊皮紙らしき紙には、プランの立てられない依頼の請負の禁止、依頼が達成不能な場合の対応などのほか、王都の法律に従うことと言った簡単な制約しか書かれていなかった。


 サインを書いたり、変な球に触れたりするとやがて一枚のカードを発行してもらえる。このカード、馴染みのあるサイズだなと思ったが、これ絶対召喚者の誰かが仕組みを作っただろ。ギルドの歴史自体浅いと聞くし。


 カードの表に触れると先ほどのサインと俺の祝福が浮かび上がり、そこには『魔女』とだけ書かれていた。目を閉じて自身を鑑定すると『冒険者ギルド所属』の文字が追加されていた。そして俺の祝福。魔女の隣には『賢者』の文字が。鑑定は、より上位の鑑定の力を持つ者の能力は正しく読みとれないらしい。つまりあの変な球の能力は俺より下ってワケ。


 ちなみに賢者のタレントだが、賢者と言っても独自の魔法は無い。大賢者様曰く――賢者は知識を求め続ける者であり、こと魔法に関しては最初から与えられて満足する者ではあってはならない――のだそうだ。鑑定はいいんだ?――と聞いたことがあったが――それしか取り柄が無いからいいじゃん!――と拗ねられた。かわいいのでその日のデザートを分けてあげた。



 ◇◇◇◇◇



 さて、ギルドでは『依頼』という名のお仕事の斡旋もしてくれている。内容は多岐にわたるため、街の底辺層の救済にもなっている――そう、俺のことだ。


 依頼を書いた書板がカウンター手前の右側の壁一面に掛けられているが、まずは常識を知らない俺と一時的にでも行動を共にして冒険者としての常識を教えてくれる人を探した方がいいと大賢者様に教わった。ここで言うところの一行――つまりはパーティと呼ばれる集まりの募集だ。下位の能力を含めても鑑定ができる人の数はそう多くなく、一定の需要はあるそうだ。ちょうどひとつ見つけたので受付の爺さんに伝えておく。



 ◇◇◇◇◇



 宿に帰った俺は一階で遅めの簡単な食事をとって二階の自室へと戻る。埃っぽいベッドで横になるが、これ娼館の一階の部屋のベッドより汚くないか?



 そんなことを考えながらうつらうつらしていると、隣の部屋の客が帰ってきたようで音がする。くぐもった男女の声が聞こえてくるので嫌な予感がしていたが、やがて嬌声に変わってくる。いつになったら娼館から離れられるんだよ! 俺はを必死に思い浮かべないようにしながら壁ドンを……する勇気もなく毛布に包まっていると、又隣の客が壁ドンしてくれた。


 ――gj! 感謝する又隣さん。







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 男と女、ひとつ屋根の下、何も起こらないはずがなく~。

 水道橋のある街並みって好きなんですよね。


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