第5話 少女冒険者
ここのところ睡眠時間を長くとっていたせいか朝早くに起きても苦にならない。外が明るくなったので朝食をとりに食堂へ降りたが、既に結構な数の人で溢れていた。
豚の塩漬け肉が入ったスープとパン、薄めた葡萄酒が朝食だったが、朝から酒の類はまずかったかもしれない。屋敷では果実水を飲んでいたから。これで銅貨10枚。銀貨1枚が銅貨12枚だから、ひと月銀貨100枚もあれば外食でも十分な食事がとれる。
ちなみにここの一般的な飲み物は葡萄酒,林檎酒,蜂蜜酒,麦酒などを水で割ったもの、もしくはそれを一度沸かしたものだ。冬場は温めて飲むらしい。いずれも糖分を残したままの発酵途中のものなので甘い。前の世界で言う発酵中の炭酸の残った甘酒のようなもので、葡萄酒も中学の頃に台所で盗み飲んでみたワインのように渋くないから飲みやすくはある。
どれも大賢者様のところでご相伴に預かったが、未成年に酒を薦めてるわけではない。そのままの水を飲む習慣が無いのだ。安いのは麦芽糖を発酵させて作る麦酒だそうだ。特に南部では専ら麦酒という話。蜂蜜酒は北の国で多く呑まれている。この辺りで多いのは葡萄酒と林檎酒。香りが良くて多めに薄めても飲みやすい。
◇◇◇◇◇
食事を終えた後、用もないのでギルドまで散歩しようと宿の外に出て歩き始めると、後ろから小走りで近づいてくる足音。その足音の主は俺の隣で歩調を合わせると、首をかしげながら顔を覗き込んできた。
「にゃー」
その声に目を向けた俺はハッと息をのむ。そして
「――ん? なに? えっ、どうして泣いてるの!?」
いつの間にか俺は涙を零していたらしい。
目の前の赤髪の少女は困惑していた。当然だろう。昨日、俺が
「や、ゴミとか。目に……」
慌てて涙をぬぐい、取り繕う。
「――昨日……ど、どうだった……」
何がどうなのか。コミュ障特有の、少し時間を空けるだけで他人行儀というやつだった。
ただ、それでも赤髪の少女は引くことなく、普通に答えてくれた。
「おかげで無事、帰ることができたよ。ありがと。ごめんね、昨日は」
「そ、それはよかった」
無駄に食い気味になる。
俺よりも少し背が低いくらいの少女は、鮮やかな赤い髪をなびかせ、後ろ手に両手の指を絡めたまま、くるくると表情を変えながら不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。
「昨日と雰囲気、違わない? もっと達観してなかった?」
「そう?」
昨日のことを始め、何か聞きたいことがあった気もするが続かない。彼女もこちらの反応が薄いからか黙ってしまう。ただ、俺としてはこうやって並んで歩くだけで何故か懐かしさを伴う幸せを感じることができていた。
朝の涼しい空気の中、少し風を感じるくらいには大股で歩いていたが、四肢の長い彼女は容易に俺に並び、ついてきていた。
やがて目的の冒険者ギルドへ着く。
「ありがとう。ちょっと故郷を思い出せて嬉しかった。じゃ、俺ここだから」
ギルドの前で立ち止まる。幸せで少し気分が解れた。
「あたしもここだから」
なんかちょっと笑ってしまった。冒険者だったか。
◇◇◇◇◇
朝のギルドは待ち合わせが幾人か居るだけで人は少なめ。そして受付には聞いた通りちゃんと女性が居た。赤髪の少女も受付を目指していたようなので俺は先を譲った。彼女は一瞬、驚いた表情を見せたが、特に何も言わずにそのまま受付嬢へと話しかける。
アリアは確かによく見れば普通の女の子の恰好では無かった。腰にはベルトで直剣を下げていて服も厚手のものだった。直剣を下げたベルトとは別の幅広のベルトには小物入れやナイフなんかも差してあった。
俺は壁に掛けられた書版を眺め見ていた。昨日よりは数が減っていたが、依頼を終えた冒険者たちが次の依頼を受けていくのだろうか――そんなことを考えていると――
ユーキという方ですね――ふたりの会話の中で自分の名が聞き取れた。
「呼びました?」
「えーっと、魔女のユーキさん? 男の方?…………です……ね。あ、確かに書いてありました」
「魔女……」
受付嬢からの話を聞いて訝しげに俺を見つめる彼女。ジト目もかわいい。
あっ――小さな声とともに胸の前でポンと手を合わせる。
何かを察したような表情。娼館にいる魔女、つまり――
「いやいま考えてること、それたぶん誤解だから」
俺は彼女が答えを口にする前に制止した。
◇◇◇◇◇
カウンターで銅貨4枚を支払い、ティーセットを受け取って近くの丸いテーブルに二人で着く。貰った茶葉を鑑定したところ、好みに合わせた抽出時間までわかる。さらに熱湯を注ぐとバー表示のタイマーまでポットの上に出現する。
――わあ便利ぃ。
「買ってるのかと思ったら売ってたんですね」
感慨にふけっていた俺を強めの語気でぶん殴ってくる少女。
「違うよね。いま鑑定の話をするところだよね」
「両方ですか」
「買ってもいませんし、売ってもいません」
食い気味に反論しておく。あと急にかしこまるのもやめて欲しい。
話が進まないので、カップにお茶を注ぎながら自分が召喚者――これは言っても良いと教わっていた――で街に無案内だったため、門の兵士に騙されて宿と勘違いして娼館に入ってしまったことを説明した。途中、――あ、おいしい――なんて呟いていたのでちょっと鼻が高い。
「そんなだとすぐ騙されますよ。冒険者なんて特に」
「鑑定があるからいいの。俺には」
「鑑定って物の名前がわかるくらいなんですよね??」
「えっ、そういうものなんだ」
眉をひそめる彼女――これはそもそも鑑定ができるのかという疑いのまなざしだろうな。
「――そうそう! 自己紹介がまだだったな。俺の名は祐樹。そして君の名は――」
大きく息を吸い込み、余裕をもってその名を告げる。
「――アリア・イル――」
「ストーップ! ちょっ! まって! ストップ!」
慌てて俺の目の前で両手を振る彼女。
「――ファーストネームだけにして」
「アリア」
「はい」
「かしこまった喋り方もやめて」
「わかった」
彼女が目を伏せてる間に
鍵付きの人は意外と少ない。街中を歩いてみてもほとんど遭遇しない。
「フルネームと祝福くらいはわかるよ」
「そうなんだ。そんなことまでわかるんだ……」
「それで? 合格?」
「え?」
「臨時?」
「あ、うん。合格。臨時だけど」
「臨時でも助かる。ほら、全然わからないから、この世界」
笑顔を向けるとアリアも微笑み返してくれる。なんかいいな。
◇◇◇◇◇
アリアのパーティについて尋ねると、他は近くの孤児院に住む子が三人だけ。もうすぐ独り立ちする予定なので一緒に組んでいるのだそうだ。三人とも祝福を既に得ているらしい。手ほどきとして、価値の高い薬草採取の知識を得るために鑑定を頼みたいそうだ。そういえば薬草師や薬師の募集と併記されてたな。そっちの方が見つけやすかったんじゃないかと問う。
「それが…………ちょっといい人が居なくて」
そんな馬鹿な。薬草の知識なんて初歩の上に冒険者として必須じゃないの? なんなら冒険者仲間にでも聞けばいい。なぜかそこで自嘲気味に笑うアリア。そんな彼女を見ると胸が痛む。娼館でのことといい、ちょっとおかしくない?
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お酒事情は作者の趣味ですね。
麦酒はエク28とかが似てると思います! おいしいんですよねあれ。
葡萄酒はほら、昔よく葡萄農家がみつぞ――。
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