3. 幻精姫遊

「OKでゴザルよ。今生きてるのもソリス殿の判断のおかげでゴザル!」


 黒髪ショートカットで年季の入った丸眼鏡をかけたフィリアは、黒いローブの前をキュッと閉めながらおどけて答えた。


「寒いから……ダンジョン賛成……」


 栗色の長い髪を後ろでくくったイヴィットも、弓のつるの調子をチェックしながらボソッと答える。


「ありがと。あたしらのモットーは『安全第一』。今日も無事に帰ることを目標にしましょ!」


 ソリスはニコッと笑って言ったが、二人はため息をつき、ただうなずくばかりだった。一攫千金を狙う若者もいる冒険者稼業の目標が『無事帰還』だなんて何の夢もない話だが、三人ともアラフォーとなってしまった今では、もはやそこを目指す以外道はない。攻撃力も体力も落ちる一方で、無理をすれば多くの冒険者の末路がそうであるようにあっという間に殺され、魔物に食い荒らされてしまうのだ。


 魔物を倒せばレベルが上がり、攻撃力なども上がる訳ではあるが、それは基礎体力に補正がかかるだけであり、若いうちならともかく高齢になってくれば攻撃力などは落ちて行ってしまう。つまり同じレベル40でも二十歳前後とは比べ物にならない程落ちており、実質レベル35相当になってしまう。こうなると、手ごわいと感じた敵を倒しても自分のレベル以下の魔物であるため、経験値はほとんどもらえず、レベルも上がらなくなる。結果としてソリス達三人はこの一年、レベルが上がらないままだった。


 また、パーティを組みかえるにしても若い子たちは、経験値効率上損な中年冒険者とは絶対に組まない。結果中年ばかりの弱いパーティで活動せざるを得なくなっている。


 そして、それは今後悪化する一方で改善の見通しなど全くない。時の流れは残酷であり、真綿で首を締めるようにアラフォーの冒険者たちの人生は絶望に塗りつくされていくのだ。


 長年冒険者をやってきた者の転身先は多くない。折からの不景気で戦闘しかやって来なかった冒険者を雇う者などいなかったのだ。


 まるで未来の希望が見えない中、三人は言葉少なに朝もやの街を歩いた。



      ◇



 朝市の脇を通っていくと、広場のベンチから何やらかしましい若い女たちの笑い声が響いてくる。


 三人は顔を見合わせ、渋い顔をしながら足早にその場を過ぎ去ろうとした。


「あっらぁ! 三ババトリオじゃない? これからダンジョン? ふふっ」


 若人パーティ『幻精姫遊フェアリーフレンズ』のリーダーがリンゴ酒のジョッキを片手に煽ってくる。


 ソリスはキュッと口を結び、聞こえなかったふりをしてやり過ごそうとした。


「返事もできねーのかよ! ダッセェ!!」「あぁなっちゃお終いよね。みんなもよく見ておきな! きゃははは!」


 言いたい放題の小娘たちの放言に、さすがに堪忍袋の緒が切れたソリス。


「朝から酒? いいご身分だこと!」


「うちらはダンジョン十五階帰りだからね。祝杯中~。オバサンたちは何階行くの?」

 

 リーダーはニヤニヤしながら煽る。流れる金髪に青い目、整った目鼻立ちに高価なゴールドのビキニアーマーを装備したリーダーはギルドの人気者で、ファンクラブまである厄介な存在だった。


「じゅ、十五階!?」「マジかよ……」


 フィリアとイヴィットは気おされ、うつむいた。


 ソリス達華年絆姫プリムローズの最高到達回数は九階。二桁の階層へ行くには十階のボスを倒さねばならなかったが、それは随分前に諦めてしまっていた。


「な、何階だって関係ないでしょ!」


 ソリスはギリッと奥歯を鳴らし、叫ぶ。


「あー恐い。更年期障害って奴? イヤよねぇ……」


 ブチッ! と、ソリスの頭の中で何かが切れる音がした。


「小娘! 言っていいことと悪いことがあるでしょ!?」


 ソリスは頭から湯気を上げながらツカツカとリーダーに迫る。


「あら、オバサン。冒険者同士のケンカはご法度よ?」


 ジョッキのリンゴ酒を呷りながら立ち上がり、ニヤニヤ笑いながらソリスの顔をのぞきこむリーダー。


「お前が売ってきたケンカでしょ!?」


 ソリスはガシッとリーダーの腕をつかんだ。


「痛い! いたーい! 助けてー!! 誰かー!!」


 急に喚き始めるリーダー。


「な、何よ……。腕を持っただけよ?」


 何が起こったのか分からず唖然とするソリス。


「何やってるんだ!」


 奥の方から金色の鎧を身に着けた若い男が飛んできた。


「助けて、ブレイドハート!!」


 リーダーは涙目になって訴える。


「お前! 何してる!!」


 ブレイドハートと呼ばれた男は二人の間に入るとソリスの腕を払った。この男はまだ十八歳の若きAクラス剣士で、ギルドではトップクラスのホープだった。


「な、何って、彼女がケンカ吹っ掛けてくるから……」


「痛ぁい! 骨が折れたかも……」


 リーダーは腕を抱えてうずくまる。


「おい! 大丈夫か? ヒーラー! ヒーラーは居るか!?」


「いや、私、ただ、腕を持っただけなんだけど?」


「何言ってる! こんなに痛がってるじゃないか! このことはギルドにもキッチリと報告し、処分してもらうからな!!」


 ブレイドハートは目を三角にしてソリスに怒った。


「いや、ちょっと、それは一方的でゴザ……」


 フィリアはあまりに小賢こざかしい振る舞いに頭にきて横から口を出したが、その言葉を遮るようにリーダーは喚いた。


「痛ぁい! ひどぉい! うわぁぁぁん!」


「治療が先だ! お前らは早く行け! このオバサンパーティめ!」


 ブレイドハートは聞く耳を持たず、ソリスたちを追い払う。


「はぁ!? ちょっと、君ねぇ……」


 丸眼鏡をクイッと上げて語気を荒げるフィリアをソリスは制止した。元より中立の立場になど立とうとも思っていないブレイドハートには、何を言っても無駄なのだ。


「言いたいことはギルドで言えばいい。揉めちゃってゴメン」


 ソリスはフィリアにそう謝り、がっくりと肩を落とした。


 力があればこんな運命は招かなかった――――。そんな思いがソリスの胸を苦しくさせる。多くの冒険者が命を落としていく中、『安全第一』のおかげでソリス達はアラフォーまで生き残ってきた。だが、それは同時に成長の糧をあきらめた事でもあるのだ。命を顧みず、貪欲に強さを求めた若者がデカい顔をするのは致し方ない面もある。


 だが……。


 ソリスはギリッと奥歯を鳴らした。自分はともかく、フィリアたちが軽く扱われることは受け入れがたく、どこかでキッチリ抗議しなくてはならない。ソリスは燃えるような怒りに震えながら急ぎ足でその場を離れた。

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