4. 禁断の果実

「ったく! ふざけんじゃないわよ!!」


 ソリスはゴブリンの群れに猛然と突っ込んでいくとバッサバッサと斬りはらい、最後は盛大に返り血を浴びながら飛びかかってきたゴブリンの心臓を一突きした。


「ソリス殿、気持ちは分かるけど最初から飛ばし過ぎでゴザルよ……」


 フィリアは丸眼鏡をキュッと上げ、首を振る。


「私たちだって今まで無数の魔物を倒してギルドにも貢献してきた訳でしょ? なぜ、馬鹿にされなきゃならないのよ!」


 ソリスの目には悔し涙が光っていた。


「時の流れ……、残酷……」


 イヴィットは肩をすくめる。


 フィリアは何も言わず大きくため息をついた。


「今日は気合入れていくわよ!!」


 ソリスはそう叫ぶと、我先にダンジョンの奥へと進んでいく。その背中にはままならない現実へのもどかしさが映っていた。



       ◇



 快調に飛ばしてきた三人は、いつもよりも早く地下九階を踏破してしまった――――。


 地下十階へと降りる階段をソリスはじっと見つめる。薄暗く不気味なその階段は今まで無数の冒険者を死へと導いてきた非情の階段だった。


「ソリス殿、そろそろ帰還でゴザルよ」


 フィリアはソリスの肩をポンポンと叩く。ソリスの無念は分かるが、命あっての物種なのだ。


「……。ねぇ……? これが……、ラストチャンスじゃないかしら?」


 ソリスは階段の向こうの未知の領域への未練を断ち切れない。


「分かる……。あたしらは……これからどんどん弱く……なる」


 いつもは決して無謀な事には賛成しないイヴィットも、今日だけは迷いが生じていた。


「イヴィット殿まで何を言うでゴザルか!? 安全第一! 無事に帰るのが今日の目標でゴザルよ!!」


「なんか今日は凄く調子いいんだ……。ここ数年で一番動けてる気がする……」


 ソリスはまるで何かに魅入られたように階段の先を見つめる。


「いやいやいやいや……。十階の赤鬼オーガの攻略法は今まで何度も何度もシミュレーションしたでゴザル! 結果無理という結論だったでゴザルよ!」


 フィリアは必死になって押しとどめる。


「でも……、これ……、あるから……」


 イヴィットはポケットからグレーの艶々した石を取り出した。


「き、帰還石!? どうしたの? こんな高価な物!?」


 ソリスは目を丸くする。


 帰還石というのは割れば瞬時にパーティをダンジョンの入口までワープしてくれるという、ダンジョンの深部で稀に見つかる貴重な魔道具だった。


「今まで……ずっと持ってた。いざという時に……って」


「すごい! これならお試し挑戦ができるわ!」


 ソリスは目をキラキラと輝かせながら、イヴィットの手を握った。


 ボスに挑戦するだけ挑戦して、ヤバければ帰還石で瞬時に離脱する。帰還石があればそういったことができるのだ。


「いやでも……赤鬼オーガの棍棒に当たれば即死……。帰還石では生き返らないでゴザルよ?」


 フィリアは正論を投げつけ、眉をひそめて首を振る。


「じゃあ何? これからもずっと一生、あの小娘たちに馬鹿にされ続けるって言うの? そんな人生に意味なんてあるの!?」


 ソリスは涙目になりながら叫んだ。


 フィリアはその気迫に圧倒され、何も言わず首を振りながら近くの岩に座り込み、大きくため息をつく。


 ダンジョンの天井から水滴がしたたり、ピチャンという音が響いた。


 みんな自分たちの人生が行き詰っていることは痛いほどよくわかっている。寄る年波には勝てない。近い将来冒険者としてやっていくことに限界がやってくる。しかし、目立った実績もない自分たちには転職先などない。どうやって食っていくかすら見通しが立たないのだ。


「そりゃ確かに十階を超えられたら、しばらくは美味しい階が続くでゴザルよ? そりゃぁ、行きたいに決まってるでゴザル……。でも……」


「行くなら今しかない。もう二度とこんなタイミングはやって来ない。一生で最後のチャンスだよ?」


 ソリスはフィリアの目をじっと見つめた。


「はっ! まるで自殺志願者でゴザル! そんなに死にたいんかオノレらは! いいわよ! 死んでやるでゴザル!!」


 フィリアはすくっと立ち上がるとニヤッと笑い、ソリスの鎧の胸のところをコツンと小突いた。



         ◇



 地下十階の巨大な扉の前で最終確認をする三人――――。


「いいか、打ち合わせ通り頼むよ! 誰か一人でもヘマしたらその時点でイヴィットは帰還石をくだいてよ?」


「分かったでゴザル」「了解……」


 三人はお互いの目を見つめあい、うなずき合った。二十数年という長きにわたり頑として守ってきた『安全第一』の鉄則を始めて破る。それは禁断の果実をかじるような甘美さと、死の淵をのぞく背筋を凍らせるような恐怖を同時に彼らにもたらした。


 ソリスはふぅと大きく息をつくと、ボス部屋の巨大な扉を見上げる。この高さ五メートルはあろうかという巨大な鋼鉄の扉の向こうにボスは居る。二十数年間、どうしても行きたくて、でも諦め続けた運命のボス部屋――――。


「いざ勝負!!」


 ソリスはブルっと武者震いをすると力いっぱい扉を押し開けていった。

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