2. 余りモノ不器用トリオ

 泣き疲れ、ゆっくりと立ち上がるソリス――――。


 冷静に考えてみて異常な勝利だった。何度も何度も殺され……倒した、それはまるでインチキであり、赤鬼オーガに申し訳なくすら思ってしまうくらいだった。


 ソリスはステータスウィンドウを空中に広げてみる。



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ソリス:ヒューマン 女 三十九歳

レベル:55


 :

 :


ギフト:女神の祝福アナスタシス

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 いつの間にかレベルが40から55にもなっていたことにも驚いたが、ギフトの項目の【女神の祝福アナスタシス】に目が留まった。


 もしかしたら、これが死後の復活を行ってくれたのかもしれない。


 今までこれがどんな効果を持つのか分からず、ソリスは長年疑問に思ってきたのだった。女神をまつる教会で聞いても『前例がない』と、一蹴されていた謎のギフト。まさか死後に復活し、なおかつレベルアップもしてくれるチート級のギフトだったとは全く分からなかった。


「早く気づいていれば……」


 ソリスはがっくりと肩を落とす。


 自分のことを死なせまいと必死に頑張ってくれていた仲間。しかし、それが逆にギフトの把握を遅らせ、結果、仲間を失うことになってしまったという皮肉に、ソリスはやるせなく動けなくなった。


「もっと早く死んでいたら……」


 亡き仲間たちへの思いが胸を圧迫し、ソリスは悲しみのしずくを一つまた一つとこぼした。



          ◇



 まだ十六歳だったころ、孤児院の院長からメイドの仕事を紹介してもらったソリスは、面接で仕事先のお屋敷におもむいた。


「ほう、なかなかいいじゃないか。男性経験はあるのかね?」


 最終面接で出てきた雇用主の男爵は、顎髭あごひげをなでながらいやらしい目でソリスの身体をなめるように見回した。


 いきなりのセクハラ発言にドン引きのソリスは、ギリッと奥歯を鳴らした。


「メイドのお仕事と聞いてここに来たのです。性的なご奉仕は一切やりません」


「何言ってるんだ……。『お手付き』こそ、メイドの本懐だろ?」


 男爵はソリスに近づくと、胸をむんずとつかんだ。


 キャァァァ!!


 ソリスは金切り声を上げ、男爵の頬を全力で張り倒す。


 パァン! と、派手な音が部屋に響き、男爵の頭からカツラが吹き飛んだ。


 ぐふぅ!


 あまりの衝撃にしりもちをついてしまう男爵。


 あ……。


 ソリスはやりすぎたと唖然としてしまう。だが、誰にも触らせたことの無い胸を勝手につかんだ罪は実に許しがたく、謝るつもりはなかった。


「お、お前……。どこにも就職できないようにしてやるからな! 覚えてろ!!」


 真っ赤になってカツラを拾い、慌てて退場していく男爵は去り際に捨て台詞を残していったのだった。


 後に『光沢事件』と、伝説になったそのスナップの効いた盛大なビンタは、ソリスの未来に大きな影を落としてしまう。


 決してやましいことをやった訳ではないソリスは、激怒する院長にも毅然とした態度を貫いたが、就職先が無いことは頭の痛い問題だった。結果、万策の尽きたソリスは冒険者の道を歩むことになる。



        ◇



 正しいものがバカを見る世の中に絶望していたソリスは、着古したグレーのパーカーを雑に羽織はおり、仏頂面で冒険者ギルドの初心者講習会に来ていた。冒険者というのは街を守ろうと燃える正義感あふれる者たちだけでなく、まともな仕事に就けなかった者の最後の砦にもなっており、明らかにヤバい社会不適合者たちも見受けられる。


 その講習会に、後にパートナーとなる新人女性冒険者、フィリアとイヴィットも参加していた。それぞれスラム育ち、貧乏な農村育ちで貧しい身なりをし、人生に絶望した死んだ魚のような目をして講師の話を聞いている。


 ソリスはそんな二人に同族嫌悪に似た不快感を感じ、目を合わさないようにフードを目深にかぶった。


 しかし――――。


「それじゃ、周りの人とパーティーを組んでください!」


 この講師の一言でソリスは焦った。周りを見回せばみんなすぐに相手を見つけどんどんパーティが組まれて行っている。


 陰気なフードの女なんて誰も声をかけてこない。オロオロしながら焦りばかりが募る中、嫌な予感通り、最後に残されたのが絶望に塗りつぶされた三人娘だったのだ。


 あまり者パーティ。周りの視線が痛い中、ソリスは絶望に駆られて二人をにらみつけた。


「講習の時だけだからな!」


「何その上から目線? 陰気でイケズ……、拙者せっしゃも願い下げでゴザルよ!」


 フィリアは丸眼鏡をクイッと上げながら、怨念のこもった目でにらみ返した。


「陰気な方たち……、ケンカ……、しないで……」


 イヴィットはオロオロしてしまう。


「あんたも陰気やろ!」「お前もな!」


 最悪の出会いだった。


 でも、一緒に行動してみればフィリアもイヴィットも個性的ではあったが、真面目で優しい可愛い女の子だった。


 それから二十三年、結局誰も欠けることなくこのパーティ華年絆姫プリムローズの縁は続き、もはや家族同然となっていったのだ。


 三人とも『男性と家庭を持って子供と暮らす』というこの世界の常識に惹かれる部分が無かったと言えばうそになるが、三人でいる居心地の良さに流され、結局アラフォーにまで至っていた。



         ◇



 運命の日――――。


 時は赤鬼オーガ戦勝利の日から一週間ほどさかのぼる。


 朝もやのけぶる石畳の道をソリスはフィリア、イヴィットと一緒に歩いていた。三人はもう十数年一緒に住んで、時折ぶつかりながらも仲良くしている。


 フィリアは魔術師、イヴィットは弓士で、腕は悪くはないが『安全第一』でレベル上げにこだわらなかったこともあり、ソリス同様中堅どころである。ただ、中堅どころの『安全第一』戦略では生活は楽ではない。でも、誰も文句も言わず毎日魔物を倒し、生計を立てていた。


「寒いわねぇ……。今日もダンジョンでいい?」


 ソリスは肌寒い朝の空気にブルっと震えると二人の方を向く。暗黒の森の方が金は稼げるのだが、こういう寒い日はまれに高ランクモンスターが出ることがあった。そうなったら命にかかわるため、出てくるモンスターが安定しているダンジョンを選ぶことにしていたのだ。

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