第4話  何も失わないために

 小さい頃は純粋だった。

 いや、何も知らなかったのか。

 それともただ、何も考えていなかったのか。


 人はみんな分かり合えると思っていた。

 話をしたら誰とでも仲良くなれると思っていた。


 しかし、そんなことはなかった。

 人は歪んでいる。

 人は己のためなら、他者を蹴落とすことすら厭わない。

 人は己よりも相手が下だと思えば、見下す。

 人は己の快楽のためなら、他者を平気で傷つける。

 人は己が気に入らないと、相手に非がなくても攻撃する。

 それが一般的にはどれほど間違っていようとも。

 人は己が良いと思えば、それで良いと思う生き物だ。


 もちろん、それが全ての人間がそうではないことはわかっている。

 そんな環境の中でもまともなやつはいた。

 だからこそ、まだ自分もまともでいられた。


 しかし、それもまた幻であった。

 人の意思は力の前には無力で、呑み込まれる。

 それが大きな力であればなおさら。

 結局は、己の望みためなら犠牲なんて気にしない。


 結局人は、多少なりとも歪んでいる。

 違うのは隠すか隠さないかぐらいだろう。

 それが人に残された、申し訳程度の理性だろう。


 そしてその理性は、大きな力の前では意味をなさない。

 だったら人の手に余る力なんて、存在しない方が良い。


 だから俺は決めた。

 人の手に余る力は人から切り離す。

 

 だから俺は全てを捨てた。

 もう何も、失わないために。


☆☆☆


 放課後。俺、陰星 真聡はまだ学校周辺にいた。別にそれは暇だからではない。今日は学校周辺の澱みが湧きやすい「孔」と呼んでいる場所を徹底的に潰していたからだ。


 この街にある孔の中でも大きなものは、既に処理済みである。しかし孔は大きさに関わらず、存在するだけで澱みを産む。もちろん、全て消してしまうとそれはそれで問題があるが。しかし、学校周辺だけでも先に潰しておいたほうが楽だと俺は考えた。もし、授業中などに澱みが発生されたら面倒なことになるのは目に見えていた。


 学校周辺にある最後の孔を潰す。これで今日の予定は終了した。この後何をするかを考えていたそのとき。空気中の魔力に揺らぎを感じる。その直後、微かに悲鳴が聞こえる。


 俺は揺らぎを感じた方向へ走る。学校の外周に突き当ったので、壁に沿って走る。そして外周の角を曲がり、校門がある道に出る。


 生徒たちが逃げ出すように学校から出てきている。どうやら今日は校内で出たらしい。俺は自身に認識阻害の魔術をかけて、敷地内に入る。


 揺らぎの原因はすぐに見つかった。はえ座の墜ち星が男子生徒を襲っている。どうやら感じた揺らぎははえ座のものだったようだ。

 こいつとは既に何回も戦っていた。だから、今日こそは倒す。


 俺は左手をお腹を上を右から左へなぞり、手元にないギアを呼び出す。ギアは光と共に現れ、体に巻かれる。次に左手に刻まれている山羊座の紋様に意識を集中し、星力を結晶化させてプレートを生成する。そのプレートをギアに差し込み、左手を肩の高さに持ってくる。そこから時計回りに左手を回し、左手が一周した所で左に伸ばす。そして目を隠すように左腕を戻す。


 「星鎧 生装。」


 その言葉と共にギア上部にあるボタンを押す。するとギア中心部から山羊座が俺の眼の前に出現する。出現した山羊座は光を放ち、俺の全身を包み込む。光の中で俺の身体は星力が結晶化した鎧に纏われる。そして、光は晴れる。

 俺はこの星座の力が宿った鎧を身に纏うことで、澱みや墜ち星などの人に害を与える人の力が及ばない存在と戦っている。


 はえ座がこちらに気付き、突っ込んでくる。俺はそれを横に転がることで躱す。

 やつの面倒なところは速度が速い点と空が飛べる点。どちらも今の俺には厳しい特性だ。こちらの攻撃も当てる事ができなければ、拘束することもできない。

 もう一度、突っ込んでくるはえ座。馬鹿の一つ覚えのような攻撃方法だが、今の俺には有効なのは事実だ。俺は杖を生成して、両手で持ち地面を突く。すると眼の前に土壁が現れる。

 しかし、この技も既に何度かやっているため、対処されてしまっていた。はえ座は壁の前で上に方向を変えて、壁をよりも高い位置から突っ込んでくる。俺はそれをなんとかまた転がって躱す。さっきから転がってばかりだ。突破口を開かなければ勝ち目はない。


 はえ座はまた飛び上がる。今ので味を占めたのか、また上から攻撃を仕掛けてくるつもりのようだ。上に逃げられると、草や土の魔術が使えなくなるので勘弁して欲しい。しかし、相手が苦手な攻め方をするのが戦い。ではこちらはどうするべきか。はえ座の攻撃を躱しながら俺は考える。そして、思いつく。

 相手が予想してないところから攻撃をすればいい。


 俺は向かってきたはえ座を直ぐには躱さず、ギリギリまで引き付ける。そして相手の突撃が当たるよりも早く、火を纏った蹴りを叩き込む。今日はまだこの方法は使っていなかったからか綺麗に決まる。吹き飛ぶはえ座。

 隙ができた。俺は自分に脚力強化の魔術をかけ、2階の渡り廊下の屋根に飛び乗る。はえ座はまだ体制を立て直せていない。そこで俺は校舎に向けて跳躍し、校舎の外壁を蹴りさらに高く飛ぶ。そして風魔術で上空で体制を整え言葉を紡ぐ。


 「火よ。人類の文明の象徴たる火よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。今、この世に蔓延る澱みを焼き尽くす炎となり給え。」


 杖先に魔法陣が現れる。そして俺は杖を地面に向けて構える。これではえ座を焼き払う。

 しかし、肝心のはえ座の姿が見当たらない。嫌な予感がする。

 後ろを振り返ったときにはもう遅かった。既に後ろを取られており、はえ座は攻撃の体制に入ってる。

 どうやら俺は、はえ座の移動速度を甘く見すぎていたらしい。

 この間合いだと、今から撃っても間に合わない。諦めて俺は星力を体中に巡らせて、攻撃を受ける用意をする。

 次の瞬間、お腹に強烈な痛みを感じると共に俺の身体は凄まじい勢いで地面に落ちていく。次は地面に激突したときの痛みが来る。体の背面に星力を集中する。しかし感じたのは、地面には激突したものとは違う痛みだった。


 液体の中に落ちた感覚。飛び上がる水飛沫。どうやら俺はプールに落とされたらしい。鎧を纏っているとはいるが、水中での長時間は活動できない。俺は急いで水から出ようとする。しかし、水に落とされたことでもう1つの手段を思いついた。

 俺は水から出るのをやめて、はえ座の様子を見る。相手もこちらの様子を伺っているようで、上空で飛んでいた。好都合だ。

 しかし、杖が手元にない。どうやら落ちたときに何処かに行ったようだ。そのため、俺はもう一度杖を生成し直す。そして杖先だけを水中から出して、星力を魔弾にして撃ち出す。

 魔弾は基礎的な魔術だが、俺が使える魔術では唯一相手追尾をするという特性がある。はえ座は魔弾を振り切ろうとどこかに飛び去る。

 俺はその間にプールサイドに上がり、左手を地面に当て、杖を持った右手を後ろにして急いで詠唱始める。


 「水よ。生命の源たる水よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。今、我が身を数多の外敵から守り給え。」


 地面に魔法陣が現れ、プールの水が俺を包み込み始める。塩素が入っていても魔術で操れるようで一安心する。一方、はえ座はようやく魔弾を対処して戻ってきたところのようだ。今は校舎の3階ほどの高さで飛んでいる。今回は間に合った。

 はえ座は俺の始めて見る技にどう攻めるか考えているようだ。しかし、結局諦めて突っ込んでくる。それを待っていた。


 「水よ!捕らえよ!」


 俺がそう叫ぶと俺の周りの水が裏返えるようにはえ座を包み込む。水中でジタバタと動くはえ座。やはり、水中での動きは鈍るらしい。捕らえたのは簡易詠唱魔術だが、今度こそ隙はできた。これなら詠唱魔術を遠慮なく撃てる。俺は右手で持っている杖をはえ座に向けて構え、左手を添える。


 「水よ。生命の源たる水よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。今、この世に蔓延る澱みを流し給え。」


 再び杖先に魔法陣が現れ、そこにプールに残っていた水が集まっていく。そして少し遅れてはえ座を包みこんでいた水も集まり始める。

 はえ座はその隙に逃げようとするも、こちらの詠唱が終わるほうが早かった。


 杖先から放たれる水流。はえ座は凄まじい勢いで弧を描くように空に向かって吹き飛ばされる。そして見えなくなる。倒せたかどうかは確認できない。しかし、詠唱魔術をあの距離で当てたから致命傷にはなっただろう。


 本来なら倒したかどうかを確認すべきところだが、今の俺は立っているだけで精一杯だった。鎧が消滅し、制服姿に戻る。孔潰しをした後に、戦闘。しかも詠唱魔術を不発を除いて2回。簡易詠唱魔術を1回。水はあったものを使ったとはいえ、今の俺の星力量だと使いすぎらしい。

 とりあえず、人目につかないところに移動しようと体に喝を入れる。

 しかし、残念ながら俺の意識はそこで途絶えた。

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