私ではないんですね

夕方5時。

イベント1日目は無事に終了した。


「笑輝、おつかれ。どうだった?疲れたか?」


店長の長谷川が簡単に片付けながら声を掛ける。


「いえ。そんなに。勉強になりました。」


笑輝も笑顔で答える。

笑輝が疲れたのは仕事ではなく、集まる女性客をさばく事だっただろう。


「おかげで、うちのブースはかなり盛りあがったよ。明日もよろしくな。」

「よろしくお願いします。」


笑輝は、隣の涙のブースを見た。

涙も1人で片付けをしている。

笑輝は自分の方を早く片付け、涙を手伝いに行く。


「おつかれ。手伝うよ。」


涙は顔をあげた。


「ありがとう。でも、もうほとんど終わったから。」


大きな白いリボンのバレッタで束ねた髪。

胸元の開いたシャツに光るシルバーのネックレスに、笑輝は一瞬見とれてしまったが、すぐに目を反らした。


「Lacocoさんは1人なの?」

「うん。うちは基本ね。あたし1人でさばけるし、お昼なんかはオーナーが来てくれるから、なんとなるし。」


そう言いながら涙は手早く帰り支度を始める。


「涙さん、笑輝、夕食後、浜辺で花火大会があるから、みんなで見に行かないか。浅野夫婦も合流できるみたいだ。」


長谷川が声を掛ける。


「花火、未有ちゃんが言ってた。冬の花火なんて素敵ね。」


涙は目をキラキラさせた。


「じゃあ、今からみんなで食事に行きましょう。近くの中華料理店予約してありますんで。」

「ありがとうございます。」


笑輝は、嬉しそうな涙を優しく見つめた。


「ん〜〜っ、おいしい♡」


涙は美味しそうに春巻きを食べた。


「今日は、みんなお疲れ様でした。とくに、笑輝は急遽参加してくれて、ありがとう。ほんとに助かった。」


Kiritoのオーナー浅野高文が言うと、笑輝は、少し照れたように笑う。


「いえ、こちらこそ。いい経験ができました。ありがとうございます。」

「まだ明日もあるから、頑張ってね。涙ちゃんも、慣れてるとはいえ、1人で大変だったでしょう。」


妻の紗友美も、涙をねぎらう。


「あたしは全然大丈夫です。プロですから。」


涙がガッツポーズをすると、全員が笑った。


シメのラーメンが運ばれてくると、笑輝が全員分を取り分ける。紗友美がレンゲにのせて食べると、


「オーナー、そういう食べ方は、美味しくないですよ。ラーメンっていうのは。」


涙はズズーッと麺をすすった。


「ん~~っ♡こうやって食べるのが美味しいんですよ。」


そう言ってニコッと笑った。

その姿を見て、紗友美も笑顔になる。

笑輝は少し驚いた。


「涙ちゃん、最近、なんか変わったわよね。」

「え?そうですか?」

「うん。綺麗なのは相変わらずだけど、なんて言うか、前はもっと、ツンとすましてた感じだったけど、今はだいぶ、柔らかくなったっていうか。」

「そうですか?」


笑輝と涙は目が合い、笑輝はスグに目を反らした。


「食事が終わったら、もうすぐ浜辺で花火が上がるから、みんな暖かくして出て行った方がいいぞ。」


高文は言った。


食事が終り、みんなは先に浜辺に出て行った。

笑輝はトイレに寄り、みんなの後を追う。


ドンッ


トイレから出ると女性とぶつかった。


「すみません。」

「こちらこそ、すみません。」


2人は顔を合わせる。


「みっ君。」

「粧子。」


元カノの粧子だった。


「帰ってきてたのか。」


笑輝は嬉しそうに言う。


「うん。昨日帰国したばっかり。まさか、ここで会うとはね。」

「手紙ありがとな。元気そうで良かった。」


2人は久しぶりの再会に嬉しそうだ。

お互い、別れたといっても、嫌いになって別れたわけじゃなく、粧子の海外行きを期に、

お互いの夢を尊重する為に一度別れたという感じだった。

忙しさのせいで、あまり連絡はとってなかったが、再会すれば、2年も付き合っていたのもあり、会話も弾んだ。


「そうか、イロイロ大変だったんだな。」

「うん。まあね、でも、学校卒業して、スグに海外なんて、早すぎたのかもしれない。もっと日本で経験を積んで、自信がついたら、また挑戦するつもり。」

「すごいな。粧子は。」

「みっ君はどうなの?」

「俺はまだまだアシスタントだよ。今日来れたのも先輩の代わりだし。」


粧子は笑顔で話しを聞いた。

浜辺をゆっくり歩く2人は、端から見たらカップルそのものだ。


ヒュ〜〜

ドーン!!!

パラパラパラ・・・・


花火が上がった。


「始まったな。」

「綺麗ね。冬の花火なんて素敵ね。」


笑輝は一瞬、涙が頭によぎった。

2人は自然に手をつなぎ、見つめ合い、自然とキスをした。


――笑輝どこに行ったのかなぁ。


涙は笑輝を探して歩く。

ふと見ると、熱いキスをしているカップルがいる。

涙は驚いて目を反らす。


――ビックリしたー!こんなとこでキスなんて堂々としすぎでしょ。


「じゃあね、笑輝。あとでね。」

「ああ、また後で。」


――え?笑輝?


笑輝に気づかれる前に、涙は走ってその場を離れた。


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