第8話 困惑の鬼神父


 本官はオガエル。かつては色々とあったが、今は神官として諸国を漫遊する鬼である。


 そんな本官だが五年ほど前から、とある村にご厄介になっていた。


 理由はジークという赤子がいたことだ。たまたま村に滞在していた本官は、ジークが魔爆病を患ったと聞いて治しに出向いた。


 魔爆病は生まれたばかりの赤子に稀に出る症状だ。近くに神官がいて、すぐに対応すれば死ぬことはない。

 

 なのでいつものように赤子に知識を植え付けて、病を治して終わらせる予定だったのだが……なんと赤子が意思疎通を行ってきたのだ。

 

 あの時の驚きはいまだに色あせない。多くの赤子を魔爆病から治してきたが、赤子と話すことなどなかった。いやあってたまるものか。


 しかも本来なら危険な魔殻を、体内に溶かして自分の糧にするとまで言い出したのだ。あまりにも前代未聞で、しかも成功してしまったのだから恐ろしい。


 こんな赤子に出会うのも鬼神様の思し召しだろう。それに魔殻は膨大な魔力を含んでいるし、身体に流し続けるなど熟練の魔法使いでも困難だろう。


 そう思った本官は諸国漫遊をやめて少し村に滞在することにした。


 だがジークはこともなげにそれをやり遂げた。魔力の殻を完全に吸収し終えて、自分の力にしてしまったのだ。


 いやそれどころか自分で魔力の殻を作り出して、体内に取り込むという離れ業まで行ってしまった。


 魔力の殻というのは【母が作り出す奇跡】とまで呼ばれている、子を産むときの母にのみ創造を許された代物だ。数多の魔法使いが魔力の殻を研究しているが、今も全く解明できていない。


 それを作り出すなど信じがたいにもほどがある。まさに天才や神童、比喩ではなく天の与えた才か神の童だ。


 そしてジークの魔力は日々膨れ上がっていた。五歳になった日にはすでに世界トップクラスの魔術師にも劣らぬ、いや下手をすれば勝るほどの魔力を得ていたのだ。


 それは五歳児が持つにはあまりに過ぎた力だ。こんな魔力量を持つ魔法の素人なんてあり得ない。だが今ならばまだ、本官には彼の魔法を止める自信があった。


 故に本官は彼に魔法を撃たせてみることにした。うまくコントロールできなかった時に、本官の全力で押さえるために。


 その結果が、想像をはるかに超える炎魔法だった。まさか本官が全力を出してなお、互角になるほどの魔法を繰り出すとは……。


 さらにその強すぎる魔法の反動で右手が折れることも、予想外であった。いや正確に言えば反動で身体を痛める可能性はあると思っていた。


 だがまさか骨が折れるほどの魔法を放てるとは、流石に考えられなかった。強い魔法を放つのには魔力があればいいというわけではない。


 例えば力がある者ほど石をより速く投げられるとは限らない。魔法も同様に力だけあっても、魔力をうまく制御しなければ強い魔法にはならない。


 だがジークの魔力制御はずば抜けていた。確かに彼は体内で魔力を操り続けてきたが、外に出すとなればまた話は違うと思っていたのに。


 それと人の子供が、木を蹴り倒せないくらいに非力なのを忘れていた。いや本官は鬼なので、つい鬼の子基準で考えていたところが……。


 とにかく彼は天才か神童だ。それは魔力量だけではない、魔力の制御なども含めて魔法における才能に満ち溢れている。


 ジークが骨を折った日、本官は寝付けなかった。朝になっても眠れなかったので、借りていた宿の外を出て、村の広場をふと歩くことにした。


「なんという天才か。鬼神様、本官にあんな天童を導く権利があるのですか……? 以前に才能を潰してしまった本官に……」


 思わずそう呟いていた。


 そうして半月後、ジークの右手が治ってから、今度は身体能力の確認を行った。


 優れた魔法使いは身体能力も高い。何故なら魔力が身体を活性化させるからだ。


 だからこそ、彼のあまりに多すぎる魔力量は、身体をあり得ぬほどに活性化させていた。逆に身体の毒になってしまうほどに。


 その結果は残念なことに予想通りで、彼の身体は出せる出力に耐えられていなかった。


 ジークは天才過ぎた。その才能に、人の身体では耐えられぬほどに。


 彼は凄まじいショックを受けているだろうに、本官は思わず言ってしまったのだ。その才能はなかったことにして、この村で安らかに暮らしませんかと。


「なんと安易で愚かな発想か! 本官は! ええいっ! なんと安易な!!!」


 気が付けば本官は、森に入って木々を殴り倒していた。朝日が森を照らす中、いくつも木を潰していく。


 これも鬼神様の教えだ。悩んだ鬼は自らを戒めるために、そして人を殺さぬために、大いなる自然に激情をぶつけよと!


「がああああぁぁぁぁ!!!」

「クマか! これも鬼神様の思し召し! 本官の邪念を晴らすにもってこいだ! さあかかってきなさい!」


 本官が近くの木を引き抜いて投げ捨てる。するとクマはなんと尻尾を巻いて逃げ始めた!?


「がああああああ!?!?!?」

「なんと!? 何故逃げるのです!? 待つのですクマよ! 本官と戦ってください!」


 そうして本官はクマを投げ飛ばしたり、木を頭突きで粉砕したり、岩を拳でへこませ続けた。


「……ふぅ。本官も焦っておりましたな。いやはや、悪いイメージに頭を支配されて、悲観的な考えしかできなくなっておりました」


 少し頭が冷えたので、村の広場へと戻ることにした。


 冷静になって考えてみれば、ジークの結論を出すには早すぎる。すぐ解決しないと死ぬという類のものではないのだから。


 そうして村の広場で村人たちの治療などをするため戻ったところ、ジークが走ってきた。


「おやジーク君。どうされました?」


 何気なく、なるべく明るく振る舞う。


 そして昨日の発言を謝ろう。君にはまだまだ未来があるのだと、そう告げようとした瞬間だった。


「神父様! どうか、どうか俺を……呪ってください!!!!」


 本官には彼の考えがいつものように理解できなかった。これが天才、神童なのだろうか。




----------------------------------

鬼神の教えは力こそ正義の鬼のための宗教です。

なので基本的には力こそ正義であり、その力を正しく導くための教義です。

怒りに身を任せて人相手に暴れる前に、他で発散してしまおうという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生したら強すぎる力に身体が耐えられないガラスの天才になりました。なので力をセーブした上で無双します ~常時リミッター付きでも世界最強になればいいよね~ 純クロン@弱ゼロ吸血鬼2巻4月30日発売 @clon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画