第6話 最弱魔法の反動で右手が折れた
俺はオーガ神父様に介抱していただき、右手を布で吊っている。
なんと本当に右手が折れていたのだ。あまりにアッサリ過ぎて、なんか折れてる実感があまり湧いてない。
「まさか魔法一発で右手が折れるとは思いませんでした」
「普通ならあり得ないことですからな。本官もまさかここまでとは思っておりませんでした。鬼神様よ、彼の者に豪なる力を」
オーガ神父様が杖を振るうと、俺の右腕が光ってるのが布越しに見えた。こんな詠唱だが回復魔法らしい。流石は鬼神様だ。
ただ回復魔法は治る速度を速めるが、瞬時に骨折をなかったことにするのは無理だと聞いた。
「これで安静にしていれば、半月程度で治ると思われます」
「魔法一発で骨折となると割に合いませんね。もっと身体を鍛えて魔法に負けないように強くしないと」
五歳児のぷにぷにボディだからな。あの大きな魔法の反動に耐えられなかったのだろう。
ならこれからは身体を鍛えていけばいいだけだ。それにこれから骨も丈夫になっていくし。
だがオーガ神父は申し訳なさそうな顔になると。
「それは難しいでしょう」
「え? どういうことでしょうか」
「ジーク君。君の魔力は一日ごとに目に見えるほど成長しています。身体は強くなっていくでしょうが、それ以上に魔力の成長が凄まじ過ぎる。しかもさっきの魔法が初めてでしょう。次に撃てば慣れてもっと強い威力になるでしょう」
「……つまり魔法を撃つ反動は日に日に悪化すると?」
オーガ神父様は小さく頷いた。
「次に撃てば、両腕がへし折れるかもしれませぬ。さらに半年後には両腕が反動でちぎれるやも」
「……ちぎれたら魔法で治せます?」
「無理です」
…………嘘だろ? 魔法を撃つだけで両腕欠損って、そんなロボットアニメのリミッター解除攻撃みたいな……。
「それと身体について気になっていることがあります。その手が治ったら少し貯めさせてもらいたいのです」
「え、は、はい」
そして神父様に連れられて家に戻ったところ、当然だが父親と母親に右手が折れてるのを見られてしまう。
「ジークちゃん!? その腕どうしたの!?」
「ちょ、ちょっと遊んでたら転んで折れちゃって」
「申し訳ありませぬ、ジーク君の母君。本官がいながら……回復魔法はかけておきましたので、半月もあれば完治いたします。本当に申し訳ありません」
「い、いえいえ! 神父様にはいつもお世話になってますし! 回復魔法までかけて頂いてありがたい限りです! ジークちゃん、もっと気を付けて遊ばないとダメでしょ!」
母親のマリーはホッと息をついた後、俺を叱り始めた。当然だろうな、子供が遊んでて骨折ったら怒るに決まってる。
ここは子供らしく謝っておこう。
「ごめんなさい……次から気を付けます」
「本当に気を付けるのよ? 神父様が村にいらっしゃるなんて、本来ならすごい幸運なんだから。ましてやあのオガエル様なんですよ? 世界十杖に数えられる凄いお方なのよ?」
オガエル様とはオーガ神父様の本名だ。
神父様は実は想像より偉いお方で、なんと世界中の魔法使いで十本の指に数えられるくらいの腕前らしい。俺も初めて聞いた時は少し驚いた。
「ジーク君の母君。いくら肩書きがあろうとも、ここでは子供の骨を折ってしまった男に過ぎませぬ。大した者ではありませんよ」
「そんなことはありませんよ! 村の者は全員が神父様に感謝しています。貴方が村に滞在して下さらなければ、何人も怪我で死んでおりましたし……」
オーガ神父様は俺に色々と教えてくださりながら、村の人の助けにもなっているのだ。
彼は本当に優れた人格者で、その性格だけで尊敬に値する人物だ。というか俺のせいで謝らせてしまって本当に申し訳ない。
「それで母君殿。また手が治ったら、ジーク君を外に連れ出してもよろしいでしょうか? 彼にまだ教えたいことがありまして……骨を折ってしまった身ですが」
「もちろんです! どうかジークに色々と教えてあげてくださいな!」
オーガ神父様は村の人たちの尊敬を集めている。それはマリーが多少の事故があった後も、神父様に俺を任せることから明らかだ。
そうして俺は半月の間は、魔力の操縦訓練をサボろうとしたのだが……なんか無意識に体内の魔力を流してしまっていた。もうこれクセになってるなぁ……。
すぐに半月が経って右手が完治した俺は、再びオーガ神父様とともに平野に訪れた。
「ではジーク君、ゆっくり走ってみてください。もし足に違和感が出たら、その時点で止まってくださいね」
「はい」
俺は言われたとおりに軽いジョギングを始めた。そして数分ほど周囲を走り続けると、
「ではもう少し速く走ってください」
「はい」
言われたとおりにスピードを上げて軽く走り続ける。
「ではさらに速くしてください」
「はい」
何度かこんな感じのやり取りをして、さらに速く走り始める。でもまだまだ余裕があるな。全然本気で走ってる感じがしない。
「もう少し行けますか?」
「余裕です。だいぶ抑えてますので、もっと速く走れますよ」
「そうですか。ですが少しずつ速くしていくのでお願いします」
そうして何度かスピードを上げていく。なんかだいぶ速く走れてる気がするけど、周囲が平野で比較対象がないから速度が分からない。
だがまだまだスピードを出せる気がすると思いながら走っていると、
「……?」
少し足に違和感が出たので言われたとおりに足を止める。まだ息は切れてないのだが、思ったより長時間走っていて足が疲れたのだろうか。
などと考えているとオーガ神父様がゆっくりと歩いてきた。
「ジーク君、身体能力も異常なまでに伸びていますね。魔力によって身体が鍛えられたのでしょう。最後の方は大人でも追いつけない速さでしたよ」
「え? そんなにですか? まだまだ速く走れそうなのに」
まさかそこまで速く走っていたとは。五歳児の身体で、しかもまだ全然本気で走ってないというのに。
俺スゲーと思っていると、オーガ神父様は真剣な表情で俺の肩に手を置いてきた。
「……ジーク君。君は身体能力も魔力も、天才を超えた天才です。このまま成長してその力を万全に振るえたならば、世界最強も間違いないでしょう」
「ほ、本当ですか?」
「世界十杖として、世界の頂点を知る本官が断言します」
なんてことだろう。世界最強だなんて、男ならばきっと誰もが夢見る言葉だ。
「ありがとうございます」
「ですが……その強すぎる力は、自分の身体をも壊すでしょう」
「…………」
俺もなんとなく嫌な予感はしていた。
まだ俺は全力で走ってもいないのに、足に違和感が出てしまっている。先日の魔法のことを考えれば、これもまた身体が出力に耐えられていないと思うのが自然だ。
「ジーク君。貴殿には辛いことを言います。貴殿は天才だ。優れた騎士にも魔法使いにもなれるでしょう。ですが……無理をすれば必ず身体にガタが来ます。貴殿の身体は、出せる力に対して弱すぎるのです」
「…………」
車にどんなに優れたエンジンをつけても、その出力に耐えられない機体では意味がない。いやそれどころか負荷のかかった車体はすぐに壊れてしまうだろう。
俺はそんな状態に、なってしまっている。
「優れた剣士が全力で木剣を振るえば、木剣は耐えきれずにすぐに折れてしまう。貴殿の身体は輝く宝石のように恵まれた才を持ちますが、その強度は宝石に達していない。宝石でありながら割れてしまう、つまり……」
「…………ガラスの天才、ですか」
ガラスの天才、地球では主にスポーツ選手に例える言葉だ。超越した才能を持っているが、その代償か怪我が多い選手のことをそう呼ぶ。
「故に本官は提案します。その才能はなかったことにして、この村で安らかに暮らしませんか?」
「そ、それはちょっと……つ、常に全力を出さないようにすれば!」
「無理でしょう。貴殿はバッタを捕らえたことはありますかな?」
「ありますが……」
「バッタを十匹捕まえるとすれば、一匹くらいは足をちぎってしまうのでは? ようは手加減というのは難しいのです。バッタならば殺してしまったで済みますが、貴方の身体は壊れたらお終いです」
「神父様なのにバッタを殺していいんですか?」
「鬼神様の教えでは殺生は禁じられておりませぬので」
鬼神様の教え、本当に宗教なのだろうか。邪教では?
……いや現実逃避しても仕方ないな。
「……ちょっとすぐには決められません」
「でしょうな、存分に悩むとよいでしょう。本官は貴殿がどんな道を選ぼうと否定はしませぬゆえ」
俺たちは自宅に戻って、神父様は泊っている宿に帰られた。
すぐに夜になってテーブルで食事をしていると、同席している父親が話しかけてくる。
「おいジーク。どうしたんだい? 随分と落ち込んでるじゃないか」
「色々あって……」
「ははは。パパに言ってごらん? さてはなにか壊してしまったんだろう? パパもジークくらいの年では色々と壊して……」
「将来の展望が壊れかけてて」
「……そ、そうか」
「あらジークちゃんおりこうさんね!」
そうして家族団らんを終えて、ベッドで眠ることにした。
うーむ、かなりショックが大きいな。まさか魔法だけでなくて運動の方も全力が出せないとは。
それにオーガ神父様の言うことも最もだ。普段から全力を出さないように心がけても、ふとした拍子に出てしまうかもしれない。
その一回で俺の身体がどうなるか分かったモノじゃないし……あ、ダメだ眠い。子供の身体ってすぐ寝てしま……。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
俺は真っ白な空間にいた。
見渡す限り白でなにもない。いや正確に言うならば、
「ヒャッハー! てめぇをまた殺してやるぜぇ!」
【不条理】と【理不尽】と書いてある二つの旗を背中につけた、地球で俺を殺した男がいた。
そいつは金属バットを持っていて、俺に向けて襲い掛かってきた!?
「く、来るな!? というかなんでお前がこんなところにいるんだよ!?」
「ぐへへへへぇ! 俺は理不尽なんだよぉ! 待てやゴラァ!」
必死に逃げようとするが、何故かとっくに治ったはずの右腕が布で吊られている……これだと全力で走れないじゃないか!?
急いで右手を布から解放するが、その隙にゴミ野郎に追いつかれてしまった!?
「オラぁ! まずは右手だぁ!」
ゴミ野郎が金属バットを俺の右手に叩きつけてくる!?
「さらに右手! もうひとつ右手! オマケに右手だぁああああ!!!」
「お前なんで右手ばっかり狙うんだよ!? というかなんなんだよ!?」
「うるせぇ! 俺は不条理なんだよぉ! トドメだぁ! その右手は二度と使えないようにしてやらぁ!」
ゴミ野郎は思いっきり金属バットを振りかぶり、俺の右手に叩きつけてきてっ……!?
「や、やめろおおおおおおぉ!?!?」
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
「っ!?」
気が付くと俺はベッドの上に寝ていた。
……あ、夢か。そりゃそうだよな、あいつがこの世界にいるわけないし。
ああ、なんて嫌な夢だ……今の俺の精神状態が、あの時の理不尽を思い出させてしまったのだろうか。
右手が布で吊られていたせいでろくに走れなかった。あんなんじゃ全力で逃げることすら出来ない……夢なのになんで不自由なんだよ。夢を見せてくれよ。
……ん? 待てよ、全力で逃げられない……手が不自由……そうだ!
俺は急いで飛び起きると、家を出てオーガ神父様の元へと走ろうとして歩いた。いや怪我したら怖いし……。
するとオーガ神父様は村の広場に立っていらっしゃった。
「おやジーク君。どうされました?」
「神父様! どうか、どうか俺を……呪ってください!!!!」
「……はい?」
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