第4話 魔力吸収


 転生してから一年が経った。


 俺は絶賛、赤ちゃんとしておぎゃっている。まだハイハイでしか動けず、うまく喋れないのが辛い。


 あとは食事だ、母親の母乳というのはあまり美味しくない。それと母の容姿はけっこういいはずだが、おっぱい吸っても全然嬉しくなかった。


 やはり親族相手に欲情はしないのか、それともこの赤子の姿だから性的な欲求が死んでいるのか。どちらかは少し気になるところだが、この謎を解くには知らない美人の胸を吸うくらいしか分からないだろう。


 そんな機会はないし、俺としてもそこまでしたいとは思えない。ん? 思えないってことは赤子だから性的欲求が消えてるのかも。


 ただ最近は離乳食になってきて、まあ結局あまり美味しくはない。味が濃くて体に悪そうなジャンクフードが恋しい……。


 そして今日もハイハイして家の中を動き回っていた。立てないので机の上に置いてある物とか手が届かない。


 犬とか猫ってこんな視線なんだろうなぁ。あ、でもあいつらジャンプ力あるんだよな……平面移動限定の俺と違って。


「ほらジーク君、こちらへいらっしゃい。本官が抱いてしんぜよう」


 そしていつものようにオーガ神父がやってきたので、なんか懐いてる雰囲気を出して抱かれに行く。


 ちなみに彼は本来なら旅をしている神官なのだが、俺の面倒を見るために村に残ってくれているらしい。ありがたやありがたや。


 そんなオーガ神父は俺を優しく抱きかかえると、


【ジーク君。魔力の調子はどうですかな?】

【いつも通り問題ありません。しっかりと魔力を血管中に流し続けてますし、特によどみもないです】

【それは素晴らしい】


 俺はこの一年の成果としては、魔力を身体に流すのを特に意識せずにできるようになったことだろうか。


 ゲームで例えるならば、頭で考えなくても複雑なコマンドの技を打てるようになった感じだ。ようは無意識化でやれていると。


 そしてそのおかげでかなり魔力が上がっている、らしい。らしいというのは俺の中ではあまり実感がないのだが、オーガ神父様からそう言われているからだ。


【ところでそろそろ自分でトイレに行ってもいいですかね?】

【ふーむ。微妙なところですなあ】


 なお俺は両親の前では意識的に赤ちゃんとして振舞っている。


 というのも両親に転生がどうとか話すのはよくないと、オーガ神父様と話し合ったからだ。


 考えて欲しい。自分の息子に知らない男の精神が入ったなんて、親の立場からすれば嫌だろう。なので俺は無垢な赤子のフリをしている。


「あらまあ。ジークちゃんは本当に神父様が好きなのねぇ。カッコいいお方ですものね」


 母のマリーが俺を見て嬉しそうに笑っているので、俺は小さく手を振り返す。するとマリーは満面の笑みだ。


「ジークちゃん。お母さんはお外に行きますけど、お利口にしておいてねー」


 マリーは俺の頭を軽く撫でた後、部屋から出て行ってしまった。彼女にも色々とやることがあるのだろう。


【サービスとしてはこんなものですかね】

【そうでしょうな。さてでは今日も魔法の勉強を行いますかな?】

【それもいいのですが、ちょっと試してみたいことがありまして】


 俺はこの一年間、神父様に色々なことを教えてもらっていた。


 この世界の常識、文字の読み方、魔法の知識などなどだ。この神父様は見た目によらずかなりのインテリで、大抵のことは知っている凄いお鬼様だった。


 おかげで勉強も捗っていて、一年でかなりのことを学べたと自負している。


 例えば俺が住んでいるこの村は、バークーヘン王国のロアナ男爵領だ。だが複数の領地の境界線上にいて、頻繁に紛争が行われていてたまに所属領地が変わるらしい。


 ……正直あまり知りたくなかった情報だな!


【ふむ、試してみたいこととは?】

【魔力の殻を自分で作って、また吸収したいのです】

【……なんと】


 オーガ神父様は少し驚いておられるようだが、話を続けることにしよう。


【俺は魔力の殻を吸い込んだことで、魔力が強くなったらしいじゃないですか。その時に、魔力の殻がどんな感じのものか理解しました。なので自分で作っておいて、魔力が回復してから吸収したらどうかなと】


 魔力の殻を吸収して力を増したのは、ようは容量以上の魔力を体内に含んだからだ。なら自分で外に魔力の殻を作っておいて、体内魔力が容量一杯まで回復してから、また魔力の殻を入れたらいいのではと。


 そうすれば前の時と同じように、また魔力が伸びるんじゃないかと。


【う、ううむ。本官としてもちょっと答えられませんな。そもそも魔力の殻というのは、手作りできるようなものではありません。母が子を産む時に一緒に造られる奇跡の魔法なので、それ以外で魔力の殻が生まれる前例がありません】

【そうなんですか? 子供が産まれるときに卵に包まれてるんですよね? なら母親は好きに造れそうなものですが】

【無理ですな。人体はそう便利なものではありませぬ。魔力を固定するというのは、どんなに優れた魔法使いでも出来ておりませぬ】


 ふーん、人体というか生命の神秘ってやつだろうか。でもそれなら俺しか出来なさそうなのも納得だ。


 俺が魔力の殻を作れそうなのも、一年近く体の中で溶かして流していたから、感覚的にどんなものか分かったからだし。


【ということでやってみてもいいでしょうか?】

【う、うーむ。何故やってみたいのですか?】

【力が欲しいからです】


 赤子の姿で一年間過ごしてみて、やはり俺は日本で理不尽に殺されたのが許せなかった。


 俺は理不尽や不条理なことで、自分が不幸になるのは納得できないのだ。いや誰だってそうだろうけど、一度味わったからこそ二度は嫌と強く思う。


 痛い思いをしたからこそ絶対に避けたいのだ、あんな理不尽なことは!


 特にこの世界は盗賊なども普通にいるそうだ。なので当然ながら日本ほど治安がよくもない。

 

 あの平和大国日本ですら俺は理不尽に殺されたのだ。なら盗賊がいるこの世界だと全く安心できない。だから力が欲しい、襲われても撃退して逆にぶちのめせる力が。


 ……特にこの世界では両親も生きてるからな。もし俺が理不尽に殺されたら、絶対に悲しむだろうし。


【分かり申した。であればやってみるといいでしょう。本官に止める権利はありません】

【わかりました。では魔力の殻を出してみますね……えいっ!】


 俺は床にペタリと座り込んで、両手を前に突き出して魔力を外に出すイメージを浮かべる。


 すると紫色の光で構成された球体が出現して、ポトリと床へと落ちた。


「おおっ……!? こ、これは紛れもなく魔力の殻……!」


 オーガ神父様は驚きのあまりか、念話ではなく声に出してしまっている。


 どうやら本当に魔力の殻が作れたようだ。なら俺の魔力が回復しきったら、この殻を体内に取り込んでみるとしよう。


 でもこの殻、それまでどこに置いておこうかな……腐ったりしないだろうな? もし冷蔵庫があれば冷やしておくのだが。


 結局この殻は神父様が預かることになり、翌日に魔力が回復してから吸収してみたところ。


【おおっ! 吸えました! なんか心臓部に魔力が溜まってきました! 懐かしいですよこの感覚】

【ちゃんと流すのですよ。そうでないと爆死しますから】

【はい! 気を付けます! 必ず強くなってみせます!】

【いい心がけです。ただ……】


 オーガ神父様は言いづらそうに言葉を濁す。言うかどうか迷っている雰囲気がする。


【ただ?】

【…………確かに力のない者は、理不尽に流されるのみです。ですが優れた力を持つ者もまた厄介ごとに巻き込まれます。それを覚えておいてください】


 オーガ神父様の声はすごく真剣だった。言動こそフワッとしているが、なにか具体的な心当たりがあるかのように。


 だが聞いても教えてくれないだろう。この神父様は不確定過ぎることは口に出さないから。


 この鬼は神父様だけあってか、他人の未来を縛るのが嫌いなようなのだ。もちろん確証があれば伝えてくれるのだが、不確定な推論では言いたくないと。


 そうして魔力の殻吸収トレーニングが日課になった。

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