第15話 決戦
石通と英原の乗るヘリは東京都内を北上していく。
ヘリが到着するまで河原で石通が英原から受けた説明はこうだった。
目的は位置が特定出来ている特異個体を対クリプトビオシス試作兵器で撃破する事、その様子を撮影する事だった。インドネシア、中国の事例と今回の騒動での観察と微生物個体の実験で共同体の中に単独で行動する特異個体という種類が存在する事を認知した。
通常個体は鳥や魚と同様に群れを作りながら行動するのが多い傾向が見られた。
特殊個体だけは異なり、別行動で単独行動している。この特性を生かし、単独行動中に新型兵器を試すというのが英原の計画だった。
石通がいた地下鉄トンネル崩壊の際に現れた個体もこれに該当する物だった。
なぜ、単独行動を取っているのか不明だった。
クリプトビアビナントのクリプトビオシスもクマムシと同じメカニズムで行う。
対クリプトビオシス兵器は試作段階だった。
兵器は爆弾で爆発させることで攻撃粒子とクリプトビオシスを無効化する物質が拡散する。体内で防御化、自己再生を行うメカニズムを破壊する。
今回、実証性を証明する事が課題となる。
英原が独自に行動している側面が強く英原のグループの関係者に実証性を証明してから情報をあげる必要があった。
特異個体を実際に倒す瞬間を近くで撮影しなければならない。
英原が特定した特異個体は埼玉県にある地下施設にいるという事だった。ヘリは埼玉に向かっていた。
英原の所属するグループの全滅した別チームが特殊個体への発信器取り付けに成功した事で可能となった。
水上バイクは特異個体がいる地下施設に入るのに必要だった。
英原と石通と一緒に同行するのは後星という男性と富良野という男性だった。二人とも40代くらいの年齢。
ヘリの機内、英原は座席に置いてあったアタッシュケースから水中撮影に対応した小型カメラを取り出した。ダイバースーツの上から装備してるハーネスの肩にカメラを装着した。
夜空を飛ぶヘリは旋回する。住宅街と田園の境目までたどり着く。すぐ脇に大きな川が流れている。
広い敷地に建物と広いグランドが見えた。
「目的地、上空に到着」
ヘッドセットから富良野の声が聞こえた。
「了解。準備に入る」
「首都圏外郭放水路!」
「そう。日本最大の貯水層。今から入水状態の調圧水槽内部に突入する。職員は全員避難済みで最寄りの地方整備局事務所からリモートで制御を行ってる。ここには奴と我々しかいない」
「やっぱり自殺行為だ。貯水した状態の調圧水槽は死地です」
万が一、排水が始まった場合も生きては帰れないだろう。インペラに巻き込まれ粉々になり命はない。
「このチャンスを逃せば事態収拾の目処は先送りになり被害も広がる。地下神殿で邪悪な魔物を仕留めて決着をつける」
石通は返す言葉もなかった。
ヘリは移動し、敷地北側に移動する。
英原がヘリのドアを開けた。
「天窓の上に移動してくれ」
ヘリから下を見ながらヘッドセットで富良野へと指示した。
「ストップ。この位置で維持してほしい」
座席に置いてあった緑色のカバンを下へと落とした。
ヘリの下で爆発が起き、北側建物近くの天窓を破壊したのだった。
ヘリは南側、第一立坑側のグラウンドへと移動した。
「首都圏外郭放水路調圧水槽は年数回の定期清掃がある。川の水と一緒に蓄積した土砂を処理するためブルドーザーを搬入する必要がある。そのための搬入口から侵入する」
ヘリは十分なスペースのある広大なグランドに水上バイクを着地させた後、ヘリを着陸させる。
ヘリから英原と石通が降りる。
英原は石通に水上バイク近くに移動するよう指示し誘導した。
英原は搬入口の所に行く。
搬入口が開いた。
水上バイクは米海軍特殊部隊Navy SEALsでも使用されているヤマハ製を使用。
水上バイクは二人乗りになっており、荷台も取り付けられた大型のタイプだった。玉掛けに必要なフックを取り付け用の金具が設置してある。
ヘリから持ってきた、ボックス型のケースを荷台に積み、水上バイク後部にもカメラを取り付けた。
英原から防護服とボンベ、ハーネスを渡される。石通は渡された道具を身に着けた。
「バイクに乗ってくれ。命綱は水上バイクに取り付けられる」
石通と英原は水上バイクに乗る。英原は前部のシート、石通は後部のシート。
ハーネス型安全帯の命綱を水上バイクに取り付ける。
「吊り上げてくれ」
「了解」
少し離れた場所にあるヘリが離陸し、水上バイクは引っ張られ、徐々に浮遊する。吊り具のスリングベルトも次第に突っ張っていく。暗闇の中、ヘリのライトに照らされる。空中で地面に落ちないよう石通は座席で掴める所を掴んだ。
引き受けた事を改めてひどく後悔した。
これは手伝いではない。生贄も同然だったのだった。
ヘリは定期清掃口の真上へ移動する。
ヘッドセットに後星から連絡が入る。
「水位は着水可能水位です。台風で貯まった雨と今回の件でクリプトビアビナントの進出により生じた地下水の流入で十分な水位があります」
「了解。降下準備に入る」
ヘリは、位置を微調整しながら、定期清掃口に会わせ高度を下げ降下する。
搬入口の中へ入り、地面よりも下、調圧水槽へと降下し侵入していく。
茶色の水で浸水した空間内にギリシャ神殿を彷彿とする浮力を押さえつけるための巨大な柱が立ち並ぶ。
全部で59本。調圧水槽内部は長さ177m、幅78m、高さ18m。調圧水層に付属している第一立坑は地下70mまでの深さがあり、自由の女神がすっぽりと入る大きさだった。
ヘリの位置を下げホバリングしながら定位置を保ちヘリのクレーンが下降を始めた。調圧水槽内をどんどん下降していき、着水する。
「ストップ」
水上バイクが着水し、水上バイクを吊るスリングがたわんだ所で英原が伝達する。
英原と石通は近くにある計四カ所、それぞれ二カ所の水上バイクに取り付けられた金具と吊るスリングの先端についたフックを外した。
「行くぞ」
水上バイクにエンジンをかけ、移動する。柱をよけながら調圧水槽中央へと移動した。
特異個体の姿はなかった。
水の波打つ音と上空で待機するヘリのプロペラ音が聞こえる。
水が波打つが柱に定常運転水位という表示が見えた。
英原は水上バイクを調圧水槽中央で止める。
「問題の本質を解決する」
英原と石通が現在いる場所から少し離れた場所で水面が大きく波打ち、巨大な水分の塊が現れる。
塊は雄叫びとともに実態を表した。白い皮膚の体長10mの特異個体がクリプトビオシスを解き姿を現す。
大きな水しぶきをあげた。
「かかってこい化け物!!」
英原が勇み立つ。
こちら側の存在を認識していた。特異個体は水中へ再び潜水した。
英原は、タブレットで発信器の信号から特異個体の位置を見ていた。調圧水槽の見取り図に位置が表示される。
姿が透明のため水中及び、水面で特異個体が移動した痕跡を見逃さないようにする必要があった。
「奴が口を開けたときに爆弾を投げ込むんだ」
ボックス型のツールケースを開ける。中には起爆スイッチ付きのパイプ爆弾が大量に入っていた。その他にタイマー付きの箱形の物が一つあった。何も説明はないが高威力の物だと思われる。
水上バイクを移動させる。
茶色の水の中から特異個体はこちらを狙っていた。
特異個体がいると思われる近くの場所まで移動する。
しばらく待つと水面が荒々しく泡立ち、水面に透明の塊が姿を現した。
英原は、水上バイクを移動させた。
特異個体は姿を現した。波があるのと水分を吸い透明に擬態しているため確認しづらい。
柱をよけずに直線でスピードを出して移動できる場所を選びながら移動していく。
英原の狙い通り、特異個体は、英原と石通の後を追った。
石通は水上バイクで進行方向と逆の後ろ向く。
石通が、ボックス型ケースからパイプ爆弾を取り出した。
「爆弾は5秒後に爆発する」
英原は言った。
透明で姿ははっきりと確認出来ないが体長7m大型の生物が本能の赴くまま、獲物としてこちらをターゲットにしている事に改めて圧倒されて怯む。
水上バイクの後を猛烈な勢いで追撃しようと後を追う特異個体にタイミングを合わせて、爆弾の起爆スイッチを押し、放り投げた。
特異個体の後ろで水面で爆発が起きた。特異個体にダメージを与えられなかった。
水上バイクは、第一立坑側とは反対のインペラ排水機場側までたどり着きそうになる。排水のための羽根車、インペラまで言ってしまうと逃げ場がなくなるため、柱をよけながら折り返して、第一立坑側まで再び直線での移動を行う。可能な限り直線を進行する。
特異個体は再び潜水し、姿を隠した。
しばらく水上バイクの速度を落とし、様子を見た。
右側側面から特異個体が姿を現す。
水上バイクに体当たりしようとしたが速度を上げ、かわす。
直線を進行する。
再び、特異個体に追いかけられる。
透明の塊の中で穴が出来て中に茶色になっている箇所を発見した。特異個体の口を開いた。体の体積に対しては小さかった。
石通は、爆弾を投げ込んだ。
爆弾は特異個体の口腔内へと投げ込まれた。口の中で、数秒後に爆発する。
特異個体は、追撃をやめ、いったん潜水した。
水上バイクの速度を落とし、様子を見た。
特異個体は、潜水したまましばらく姿を現さなかった。爆発のダメージを受けてはいるものの死んでいないと思われる。
調圧水槽内は不気味な静けさに包まれる。
発信機が示す位置近くまで水上バイクを移動したが何も起きない。
姿が現れなかった。
近くの柱の陰から姿を現し、こちらに向かってきた。
急いで距離をとるものの、特異個体は追ってくる。
発信器の示す位置と違う場所から出てきた。
「奴は発信器を取り外してる」
特異個体を目視だけで発見しなければならなくなった。体内に埋め込まれた発信器を体外に排出した。再び潜水し、姿を消した。
特異個体は水の中にいて姿を潜めている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます