第8話 あっさりハンティング

「ッ!」


 人類最速を軽く超える速度。街灯2本分、距離にしておよそ60mは数秒の間に通過した。


「──!!!」

「──......」


 応するように魔物達も駆け出した。

 3本目の街灯、人工の白日のもとに、魔として生きる者の姿が照らし出される。


 もう一匹は、どこ行った?


「もう一匹は逃げたね〜。後で追えるから〜」

 ......らしい。手前のヤツに集中する。


 魔物の姿は、おおよそ犬と呼べるものだった。四足歩行で毛むくじゃら、特徴的なマズル、サイズはたぶん大型犬。

 だが異常に発達した爪も、剥き出した牙の大きさも、赤く怪しく光る瞳も、日常に有り得ないほど魔的である──


 走る勢いをそのままに、互いに光の届かない範囲へと踏み出した。

 ちょうど街灯と街灯の間、暗闇が横たわる位置で激突する。

 この暗さでは魔物の姿がハッキリと視認できない。計算して走っていたのか、それとも単に偶然か。


 どちらにせよ、何か仕掛けてくるようだ......!


「.......は、」

 興ざめの、息。


 ──赤い眼の残す曳光が、暗闇の中でくっきり浮かんでいた。

 今身を屈めた。これは大きく跳躍するための予備動作だ。狙いはオマエの首、すぐに食い破ってやるぞ──全て、魔物の眼が物語っている。スローで読み取れる。

 これじゃあ夜闇に紛れた意味がない。


「マジカル、」

 赤い光が飛び込んできた。

 予想通りの軌道。

 走りを止めるまでもない。

 左手でステッキを、右手で拳を握りしめた。

 首に牙が届くその寸前。


「アッパーーーッッッ!!!!」


 顎を撃ち抜くダッシュアッパー、綺麗に入るカウンター。

 コルパの言ってた通り、そしてわたしの直感通り。大した敵じゃあなかったな。


 ───────────────────


 カチ上げた魔物は、街灯の下にぼてっと落ちた。

 それきり動かない。生死は不明だけど、たぶん再起不能。

 走り殴り抜けた姿勢から速度を落とす。トドメ、刺した方がいいのかな。


「ほっといても夜中には消えるから、死体処理は考えなくていいよ〜」


 ......別の世界から来た魔物は、魔力を大量に消費し続けなきゃこの世界に居いれないんだ〜、と聞いてもない解説を始められる。

 人が水中で呼吸できないのと似ている。戦って酸素を消耗するだけで致命傷、ノックアウトでイコール死、らしい。


 倒せたならいいや。理屈とかには興味ないし、さっさと終わらせたいし、

「じゃ、追いに行きましょうよ。もう一匹」

「まだ話があるんだな〜」

「はい......」

 出てた。圧が。ちょっと。


 コルパが魔物の位置を把握できるのは、そうした魔力の消費を探知できるから、らしい。

 魔力って何?と聞けばそこは本題じゃないと帰ってくる。話を遮ってしまってスミマセン......


「......で、魔力の消費具合から、魔物のだいたいの強さとか、元気か瀕死かもわかるわけ〜。

 逃げたもう一匹〜、もう死にかけみたい」


 この意味がわかるか、と目で問うてくる。

 走った体力の消耗で死にかけてる......なんてマヌケなことはないだろう。

 時間帯的に、うっかり車に轢かれたとかも考えにくい。となると、


「誰か......ほかの何かに襲われた、ってことですか」

「そういうこと〜」


 ......あの魔物は確かに弱かったけど、常人が相手して勝てるようなものでもなさそうだった。その程度の膂力は実感済み。

 であれば、相応の力を持った何かに襲われたに違いない。


「言っとくけど魔物じゃないよ〜

 魔力探知に引っかかってるのは、死にかけ二匹だけ〜」

 そこの死にかけと、向こうの死にかけ。


 じゃあ、バイクを乗りこなす覆面変身ヒーローとか、普段は女子中学生をしている魔法少女とか、かなあ。何か。


 ............、

「帰りませんか?」「行ってみな〜い?」

 声がダブる。わたしの声とコルパの声。


「魔物はほっといても消えるんだし──」「キミってば、まだ〜」


「仕事はもう、終わりですよ」「やり足りないんじゃあ、な〜い?」


 コルパの言葉には、こちらを強制する意図はないようだった。

 これまでのような、言外に含んだ圧も放っていなかった。

 このまま帰りたいと押せば、実際帰らせてくれる。そういう確信がある。


 だというのに、


「......」帰らせてください。


 言おうとした言葉が、喉元をすぎる時にかき消えてしまう。

 口がわなわなと震えるだけ。そしてこの震えは、断じて恐怖からくるものでは、無い。


「無言は肯定と受け取るからね〜。じゃ、ついてきて〜」


 断ってもいい、ついて行かなくてもいい。理性の判断とは裏腹に、心は前に脚を進めようとしていた。


 心、わたしの心がわからない。脳には心がわからない。

 戦うなんてごめんだ。死ぬのも死ぬような目にあうのも嫌だ。やり足りないなんてそんなはずはない。──そう、りせいは言っている。


 じゃあ、わたしのかんじょうは。本当はなんて言ってるんだろう────

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