第7話 夜闇に紛れ


 早めにシャワーを済ませて、早めに寝る支度を済ます。こういう時、サッと乾かせる短めの髪で良かったと思う。肩上のボブカットがお気に入り。

 それから早めにベッドに潜りこんだ。

「......」


 けど寝れない。不安が頭の中でぐるぐるダンスダンス。

 内容はもちろん魔法少女に関すること。


 戦うなんて、危険な目に合うなんてごめんだ。今回はたまたま上手くいっただけで、次からも行けるとは限らない。それにミスをすれば死に至る可能性だってある。

 中学2年生が背負うにはあまりにも重すぎる役割......

 けど、やめたいなんて言ったらコルパが何をしでかすか分からない。

 今のところ「拒否権はない」と突っぱねるだけだったけど、同時に有無を言わさぬ圧も放っていた。どうしても言うことを聞かないのであれば、家族を人質に取ることも辞さない......そんな感じの圧、だ。


 やめたいけど、やめれない。なんとかしなきゃいけないけど、どうすればいいのかわからない。不安がダンスダンスぐるぐる。


 こういう時はアレしかない、気を紛らわすためにぴったりの趣味。

 明日もふつうに学校があるから、やりすぎにだけは注意して......


 ───────────────────


 深夜、午前1時。やりすぎた。


 夜の静寂しじま、なんて言葉があるけれど──


 ゲーム機のファン音と、コントローラーのガチャガチャ音。それからモニターから発せられるゲーム音。


 ──そんな言葉は無縁な様子。自室は音で満たされていた。


「ぜったい投げ重ねると思った!」

 ついでにわたしの声で。


 「こっちは投げをあと3回は耐えれる体力、だから1回ぐらいは投げを受け入れるだろう、なんて甘い考えはお見通し...!」

 逆択のりからリーサルだ。


「かちぃ!フーッ、フーッ!やっぱり格ゲーはたのしい......」


 ノルアドレナリンとかドーパミンとか、その辺の脳内物質がどっぷり満ちる。こんな時間にやっていいことじゃない。



 明日は明日の風が吹く。悩むなんて無駄無駄。さっさと遊び疲れて寝よう、なんて考え始めたそのとき......


「あんまり〜、深夜に叫ぶのは感心しないな〜」

「声に出さないと当たらないんですよ、読みぶっぱっていうのは......ってうわぁ?!!?!?」


 顔の横から、忘れようとした不安の種の声がした。

 白いカラス。わたしを魔法少女にした張本人。コルパだ。

 いつの間に肩の上に!?


「ど、どうやって家の中に!?」

「壁をこう、ぬ〜って」

 ぬ〜!?


「なんの用かは〜、大体察してくれるよね〜」

「わかんないですわかんないです!!!」

 嫌な予想にフタをする。見ないふり。そうでもしないと分かってしまうぐらい、コルパがくる理由なんて限られる......!


「じゃあ分からせてあげるね。仕事の時間だよ〜」

 ああほら、やっぱりそうだ......


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 今から出るから〜、ということで変身して窓から外へ。

 人除けバリアをわたしの部屋に残してくれたようで、家族にこの外出がバレることはまずないそう。

 当然拒否権なんてものはなかった。たすけてお母さん。


「にしても〜。君にあんな趣味があったなんてね」

「はい......」

「好きなの〜?対戦ゲーム」

「はい......」


 先の脳内物質分泌の反動で、なんだか返答が縮こまってしまう。有無を言わさぬ圧が、脳裏にチラついてるのもある。


「どのへんが〜?

 キャラ動かすのが好きとか〜、それとも心理戦?が好きとか〜」

「両方です......」

「ふ〜ん」


 ......最初に格闘ゲームを知ったのは、いつのことだか思い出せないけれども。初めて思い通りに動かせた時の喜びも、初めて読み合いで相手に勝ったときの喜びも、それぞれ手と脳に焼き付いている。

 度重なる転校で擦れていく、わたしの心の支えだったのは間違いない。


 なんて感傷に浸るのは、現実逃避したいからだろうか。逃げたいなあ、現実。


「......もうすぐ現場につくよ〜。魔物の反応は2体分だから、どっちも取り逃さないように〜」


 まだ数日も過ごしてない街の、夜寝静まった姿。

 日も灯りもほとんど絶えた暗闇の景色。

 わたしにとっては異界も同然だった。

 吹き通っていく風がやけに冷たく感じる。震えているのは寒さからか、恐怖からか。


「怖がるほどじゃないよ〜。朝のヤツに比べれば、格下も格下〜」

「そ、そうなんですか?」

「知恵も力も足りてないから、夜闇に紛れないと生きていけないのさ〜」


 だとしたらなんてものを初仕事にあてがってくれたんだ。最初のお仕事で。


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「......いた〜。前方およそ100m先、もうこっちを見てるみたい〜」


 等間隔で置いてある街灯達の、ここから3本目と4本目の間。

 照らしきれずに零れた闇から、赤い光がこちらを見ていた。二つが二対、計四個。おそらくあれが、眼。

 一本道のど真ん中。大きな横道も障害物もなく、逃げはできるけど隠れはできない。そんな感じの戦場。


 お互い見つめあったまま不動。


「......どうしますか、アレ。膠着状態みたいですけど」


 自分でも不思議なほどに落ち着いてる。コルパのおかげかも。


「キミから行ってもいいんじゃない〜?逃げても追いつけるし、向かってきても大したことないよ〜」


 ......わたしの感覚と合っている。だから、この言葉は信じていいのかもしれない。


 相手は動かないのではなく、動けないのだ。確たるエビデンスはないけどそう直感。場を動かす権利を握っているのは、間違いなくこちらだ。


 ふっ、と息を吐いた、身を屈める。

 赤い光が揺らめいた。

 3秒数えたら仕掛けよう。2、1......!


「ッ!!!」


 コンクリートを蹴り出す音が、すなわち戦いのゴングである。

 夜の静寂しじまは今、切り裂かれた。

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