第6話 帰ってきた日常

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 キーン、コーン、カーン、コーン。

 現在時刻、だいたい午後4時。

 チャイムの音。てことは放課後、だ。

 なんだか、昼休み途中から記憶が飛んでる気がする。


 えーっとなんだっけ。赤羽さんに校舎の案内してもらって......その途中で確か.....ショックなことを聞かされて......


「玄河さん?」

「ぅえぁ!?な、なんの御用ですか!!?!」


 本人が目の前に!というか顔が近い!!!まつ毛長!!!!!!!


「用ってほどじゃないんだけど、部活はどうするの?」

 この学校って確か強制だったでしょ、と。その話は事前に聞いていて、

「さ、最初の1ヶ月は免除してくれるって。転入手続きのときに......」

 免除期間の間に色々見て回って、それから決めろってことらしい。かくかくしかじか。


 それとなくじりっと距離を取る。


「ふーん。陸上部はどう?私も入ってるんだけど。なんならこれから見学来ない?」

 なんかめっちゃグイグイ来るなこの人......! 空けた距離もずいっと詰められる。


「あ、あの。運動苦手だから迷惑かけちゃうし...」

「未経験者でも歓迎よ。それにほとんど個人競技だわ」

「マラソンなんかは特に絶望的で......」

「短距離走に走り幅跳び、砲丸投げなんかもあるわ。一緒にやれそうなことを探しましょ、手取り足取り教えてあげるから」


 へ、蛇に睨まれた蛙...!絶対に逃さないという意志を感じる、それに善意100%で!!!

 裏のない笑顔が一周まわって怖い。純粋な親切でわたしのことを運動部にぶち込もうとしている。


「あ〜、あ!あと今日は!引っ越しの片付けしなきゃいけないので......」

 やんわり肩から手を外す。逃げるなら今しかない、席を立って駆け出す体勢へ!


「そう、なら仕方ないわ。

 ......帰り道。気をつけてね。

 今朝も事件、起きてたみたいだから。」


「そ、そうなんだ!また明日赤羽さん!」

 背中に別れの声を受け、ダッシュで目指す教室の外。



「あんな人だったんだ、赤羽さん......」

 他の人にはあんな距離感近くなかった気がする、んだけど。

 今日一日だけで印象が二転三転しすぎだ。


 ......結局、2限目どこに行ってたか聞きそびれちゃったな。明日また聞いてみようか。

 ......あした、明日はなんて言い訳しようかな。

 このままだと確実に陸上部に入部させられる未来が見える。芯の弱さゆえに流されて。


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 あれから何事もなく帰ってこれて、今は夕食の時間。

 今日のメニューはレトルトカレー。引っ越しのバタバタが終わるまで、ご飯は簡素なものになるわ、とは母の言。


「それでどう?鳥帳。学校、どうだった?授業、ついていけそう?」

 わたしのお母さん、玄河 美波みなみの優しい声。

「うん、大丈夫。授業はむしろこっちの方が進んでるぐらい。」


 お母さんと話してると安心する。

 日中は色んなことがあったし、新居の景色も匂いもまだ慣れていないし。

 対して耳で感じる母の声も、肌で感じる優しさも、子供の頃からずっと変わらない。

 知らずに張ってた緊張が、ゆるやかに解けるような。


「それなら安心だわ。どう?近くの席の子とは気が合いそう?」

「えっと......窓際のいちばん後ろの席になってて、右隣は空席なんだけど......前の子とは仲良くなったよ」

 よくよく考えたらすごい席の配置だ。前の子、とは言うまでもなく赤羽さんのこと。


「まぁ〜、まぁ〜、まぁ〜!今からお赤飯炊いちゃおうかしら!」

「そんな大袈裟な」

 途端に嬉しそうにする母。つられそうになったから照れ隠し。

「大袈裟じゃないわ〜。でも、無理だけはしちゃいけないから。」

「......うん。大丈夫。無理してないから」


 かつ、かつ、と皿とスプーンの衝突音。ラジオ代わりに流してるテレビの雑音。母の心安らぐ声。

 本当にようやく、平穏な日常に帰ってこれた気がする。

 魔法少女の件も実は悪い夢だったんじゃないかとも思えてきた。カラスが喋って、魔法が使えて、銃を持った相手に大立ち回りなんて現実的じゃない。


 でも、得てして現実は非情なものだ。

『次に、ニュースの時間です。今日午前10時頃、凶器を持った男性が西海岸公園付近で倒れていると、警察に通報がありました──』

「西海岸公園って、学校からそこそこ近いとこだったわよね。や〜ねぇ〜、鳥帳も気をつけるのよ?」

「......」


 冷水をかけられた、気分。

 時刻と場所、それから通報内容からして、あまりにも身に覚えのある内容。

 間違いなく、今朝わたしが殴り倒した男の人、だ。


 さっきまで緩んでいた頬に、変な力が入ってしまって笑えない。

 落とした視線の先、拳から生々しい肉と骨の感触が蘇ってくるような。

 目を覚ませ。何をヘラヘラしてるんだ。お前は命をかけて切った貼ったをしたんだぞ。そう突きつけられているような気がして、目眩。


 それから二、三会話をしたような気がするけれど、正直上の空だった。

 カレーの味が、急にくすんで泥のようになってしまったことだけは覚えている。


 ──当時は勢いで気づかなかったけど。

 とんでもないところに、わたしは足を踏み入れてしまったのかも、しれない.......

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