第9話 精霊結晶採掘場 出発の日

 魔力が回復し、体調も問題ないことから、ウェンダルは精霊結晶採掘場から出ることを決意する。しかし行き先は決まっていなかった。寝室にあるベッドで王国の地図を広げ、ウェンダルはため息を吐く。


「行先が決まっていないのなら、魔法都市に行くと良いよ」

「それはお前の本拠地だからだろ」


 ウェンダルの向かい側でくつろいでいるフェルトはお茶目にウインクをする。


「それもあるさ。けれど見てもらいたいものがあってね」

「見て……もらいたいものか。どういうものだ」

「そーれーは。お楽しみにって奴さ」


 楽しそうな魔術師に職人は考えることを放棄した。魔術師の世界は広くて深い。ウェンダルが知っている魔法はほんの一部でしかないためだ。


「そうだな。楽しみにしてるよ。我が友」


 行ったことのない魔法都市にウェンダルは柔らかい表情になった。


「そうそう。それじゃあ。行こうか。魔法都市へ」

「そうだな。コルトに伝えるから、少し待ってくれ」

「ああ」


 ウェンダルはコルトのところに行き、出発の報告をする。客が泊まる建物から出ると、朝日が丁度上がり、少しずつ空の色が明るくなっていた。


「良い朝だ」

「そうだな。今日も採掘場まで行きやすい。最高の日だ」


 既にコルトがいた。ウェンダルは思わず笑ってしまう。


「いたのか」

「見て回るのも俺の仕事だからな。出発するのか」

「ああ。魔法都市に向かう」


 行き先を伝えると、コルトは遠いところにある木の建物を見つめた。


「コルト」

「あ。いや。考え事をしていただけだ。フェルトと一緒か」

「そうだな」

「魔術師がいるなら、移動手段は空間転移になるだろうし、業者の連絡はいらないな。準備が出来次第、教えてくれ」


 時間はかからなかった。数分後にはウェンダルはコルトに報告し、荷物を持って、採掘場の外に向かう。その前に取引されているテントの下で報酬を受け取る。


「こんなに貰っていいのか。四つしか改造してないんだが」


 交わしていた契約書に記されていた量よりも多いと、ウェンダルは不思議そうに精霊結晶が入った袋を見る。


「俺らの命を助けてくれたお礼も入っているからな。臨時ボーナスという奴だな」


 コルトの説明が入り、ウェンダルはそういうことだったのかと納得する。


「だがまあ……無茶はするなよ」

「そこは俺が手綱を引くから安心してくれ」


 フェルトのさり気ない発言にウェンダルは不服そうな表情をする。職人の顔を見た採掘場の労働者は笑い出す。


「身体が資本なんだからな。どれだけ国を変えられるような人材でも、潰れたら元も子もねえっての」


 酒屋の娘の言葉にウェンダルは反論しない。ただ苦笑いをするだけだ。


「その辺りの管理はお任せを。行こうか。ウェンダル」

「ああ」


 返事と同時に、ウェンダルはフェルトの耳を引っ張る。八つ当たりに近い。いだだと痛そうにしながらも、フェルトは歩き始める。それと同時に、フェルズが飛び出す。


「おじさん!」


 子供の呼びかけに歩き出していたウェンダルの足が止まる。


「いつか! おじさんみたいな職人になるから!」


 その子供の宣言はベテラン職人の耳に届く。職人は振り向くことなく歩いているが、顔が少し緩んでいた。後継者が生まれるかもしれないという、この先の未来を考えて。

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