第3話 市民の被害

小魔王が避難してきたばかりだというのに、もう壁が壊されてしまった。それも、四箇所同時に。


嘘だろ……?これは夢だと言ってくれ。と思って頬をつねったが、痛い。つまり夢ではない。


私は階段を降り、下の様子を見る。やはり、下にいた四隅の難民たちが不安と恐怖に襲われていた。


彼らを落ち着かせようとそれぞれの小魔王が精神安定魔法を飛ばしながらすべきことを説いているが、数が多すぎてうまく効いていない。


「壁が壊された……もうおしまいだ!」

「ワタシたちは勇者終末論から逃げられないのね……」

「これから俺たちは死んでいくんだあぁぁぁ!」


収穫期のマンドラゴラ牧場の数倍はうるさいであろうこの騒音地獄に、私は大魔王城から供給される魔力の一部を使って魔法を唱える。


「ギガ・ラージ・リラクス!」


私がそういうと、あたり一面を光が包み込む。その光を浴びた魔族たちはみるみるうちに精神が安定し、それに伴って大魔王城がかなり静かになった。


「この魔力の量は大魔王様?小官どもの手間を省いてくださりありがとうございます」


「いや、礼はいらない。ここまでうるさいと対策を練ることに集中できないからやっただけだ」


「そうですか。ですが、それだとしても小官から礼は言わせてください。ありがとうございます」


アリファンは床に打ち付けられるかのような勢いでひれ伏した。


————


再び大魔王の玉座に座った私は、しばらく焦りながら勇者対策を考えた。


1、2分ほどして最初にやるべきことを思いついた私は、球体の浮遊する体に目だけがついた小型の使役魔物、眼魔オブザーバーを転移魔法で呼び寄せ、再び転移魔法で四隅の地区の隣に転移させた。


眼魔オブザーバーは高い視力を持つ種族であり、さらに使役することで視界を共有することができる特徴を持つ、品種改良された使役魔物の一つだ。


昔の魔族が偵察のために使用していたらしく、それなりの隠密能力もあるので、彼らを付き纏わせておけば勇者の動向も把握することができるだろう。


まずは東側に送っておいた眼魔オブザーバーから見ることにした。


————


目を閉じて東側の状況を見ることに意識を寄せると、その場の景色が見えるだけではなく、音も少し小さめだが聞こえてくる。


アリファンからの報告にあった五人のカラフルな兵士『戦隊ヒーロー』たちが、あちらこちらで魔族を蹴散らしている。身体能力が格段に高く、戦闘訓練も積んでいない魔族たちは次々と嬲り殺されていく。


さらには時折武器を取り出し、魔力を感じない謎の力で魔族を爆散させている。


血はほとんど流れていないが、それでも見るも無残な光景であることに変わりない。


————


次は西側の状況を確認する。すると今度は、戦隊ヒーロー同様にカラフルな、しかしソフトな色合いで可愛らしい印象のある衣装を着た少女たちがいた。


「魔女」と呼ばれる、伝承に残る魔法を使える人間も思い浮かべたが、あれと比べると若いようにも感じる。


彼女らもやはり手当たり次第に魔族を倒していっている。彼女たちは見たこともない魔法をただひたすらに繰り出し、光線や爆発も発生させる。その死体一欠片残さない圧倒的な火力に、魔族たちは怯えて隠れざるを得なくなっていた。


————


私は立て続けに南側の状況も確認する。


そちらでは先ほどの二つの軍とはまた違った独特な服装に身を包む、個性豊かで筋肉質な数人の男女がいた。


彼らは衝撃波で魔族たちを蹴散らしたり、目からビームを出したり、相手を浮かせて地面にぶつけたりと、さまざまな方法で市民を制圧していく。建物もボロボロになって崩壊しており、地形も平気で改変するその姿は災害というほかなかった。


————


最後に、北部の状況を見ておいた。


数百もの鉄の人型が謎の武器を持って押し寄せてくる。魔族たちは隠れてやり過ごそうとするも、なぜか探知されて武器から出る光線を撃たれ、直ちに爆散する。


壁の上から謎の空飛ぶ物体が見えていたため、壁が破壊される前に飛んだり魔法で逃げていた市民も多かったが、それでも大量の死傷者が出ていた。


————


……これが俗にいう四面楚歌というやつか。


私が大魔王に君臨してからこの単語が似合う事態に遭ったことはなかったが、さすがは『勇者終末論』だ。……いや、感心している場合ではないな。

これは空前の緊急事態。すぐにでも対処をしなければ、翌日にこの中の誰かによって私の首が人間界に持ち帰られて、魔界が滅びてもおかしくない。


「おーい、ズピノ!」


私はディラノとは別の側近であり、大魔王軍の総大将である大魔族ズピノをすかさず呼ぶ。


ちなみにディラノは伝達を担当し、民に正しい情報を伝えるという仕事がある。なお、お茶汲みなどはあくまで私の身の回りのことをやりたいという彼女の意思でやっており、賃金の発生する仕事ではない。


「なんでしょうか、大魔王様?」


耳のいい一族に生まれた魔族である彼は、呼べばディラノより短い時間で来てくれる。


「これより各方位の勇者への詳細な調査、および近隣住民の救出を行う。5000人いる大魔王軍のうち、1000人を勇者の元に派遣しろ。それぞれの勇者のもとに250人ずつだ。配属はお前に任せる。いいか?」


「はい、喜んで!直ちに集めてきます!」


「ああ、3日以内に頼む。間に合わなければ強制的に召集することも視野に入れるように」


「わかりました!」


ズピノはそういうと転移魔法でどこかに消えていった。


————


翌日。


今日は集まってくれた対勇者隊の隊員たちに演説をする日。


まさかこんなにも早く魔族が集まるとは思っていなかったので、台本を書き、読み上げ、練習するのに徹夜してしまった。


そんな私は眠気を抑えながら、対勇者隊のものたちを見下ろしながら大声で語り出す。


「よくぞ集まってくれた、大魔王軍対勇者隊の団員たちよ。これより我々大魔王軍は勇者との初戦を行う。お前らの目的は二つ。割り当てられた各勇者勢力の詳細な能力や特徴の調査と、襲撃を受けている住民の救出だ!まだ勇者の詳細がわかっていないため、真正面から衝突することだけは決して避けるように。それでは検討を祈る!」


大きく4つに分かれた兵士たちの足元にあらかじめ仕込んでおいた、大型の転移魔法陣が発動する。それによって兵士たちは各々の場所に瞬間移動した。

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